シャーリィの忙しくも穏やかな一日1
「おぼっちゃま。コーラは、一日一杯にしてはいかがでしょう」
おやつタイムにメイド長がそう提案した時の、おぼっちゃまの反応は予想以上のものでした。
なんとおぼっちゃまは、絶望的な表情を浮かべ、こう叫んだのでございます。
「そんな! 余に死ねと申すか!?」
……そこまでですか、おぼっちゃま……。
「おぼっちゃま、コーラにはたくさん砂糖が入っております。ただでさえおやつでたくさん砂糖をとっておりますし、とり過ぎはよろしくないかと」
渋い顔で理由を告げるメイド長。
なにしろおぼっちゃまは、私がコーラを出したあの日から、一日に何杯もコーラを飲み続けているのでございました。
しまいには自室に冷蔵庫を設置し、コーラをいつでも飲めるようにせよというのでそれは慌てて止めました。
おぼっちゃまの歯は、専用の歯磨き係さんたちがいつも徹底的に綺麗にしてくれていますが、寝る前にコーラなど飲んでしまっては意味がありません。
これから何十年も健康に生きるはずのおぼっちゃま。
その大事な歯を駄目にしてしまっては、私は合わせる顔がなくなってしまいます。
そして私たちの必死の説得により、しぶしぶおぼっちゃまは「仕方ない。では、一日三杯、食事の時間だけにする」と譲歩してくださったのでした。
それを聞いて、私はホッと一息。食事時に三杯ぐらいなら、まあ大丈夫でしょう。
砂糖の多いコーラ以外にも楽しんでいただけるよう、ドリンクの開発も進めていかないといけないわね。
そう思いながら、その日のおやつは終わったのですが。
その後、私はメイド長に呼び止められ、こんなことを言われたのでした。
「シャーリィ。お前の班にランチを頼みたいと、貴婦人の方々からお声がけがありました」
「えっ、うちにでございますか?」
その言葉に、私は思わず驚いてしまいました。
王宮で貴族の皆様に出すお食事は、シェフがすべて承っているはず。
メイドにそれを頼むなど、聞いたことがありません。
「……おまえたちがランチシェフのローマンに勝った、という噂がすでに高貴なる皆様の耳にまで伝わっているようなのです。それで、あのローマンを倒し、おぼっちゃまの舌を唸らせたランチを是非に、というお申し出です」
不思議そうな顔をしている私にメイド長がそう補足を入れてくれて、ああ、と納得しました。
ローマンさんたちとの勝負が終わって、半月。
あれから、王宮はその噂でもちきりなのでした。
廊下を歩けばどなたかがうわさ話をしていて、どこかに顔を出せばその話をするようせがまれる。
なんと、話してもいないのに私の父までもが知っていて、手紙でどんな料理を出したのか聞いてくる始末でした。
メイドが宮廷料理人をやっつけた、という話は聞く側には面白く、人の口に乗りやすい様子。
……そのようなことを思いっきり広められているローマンさんの気持ちを考えると、ちょっと可哀想ですけれども。
「どうしますか。おまえの本業は、あくまでおやつメイド。忙しいというのならば、お断りしますが」
と、気遣いを見せてくれるメイド長。
それはありがたいお申しなのですが、私は少し考えた後、こうお答えしたのでした。
「いえ、せっかくのお申し出ですので、やらせていただきますわ。ですが、もしおぼっちゃまのおやつ作りに差し障りがある、とメイド長が感じられた時は、その場でお止めください」
「そうですか。わかりました、では励みなさい」
私の返事にメイド長は満足げに頷き、そう言ってくださったのでした。
こうして、私の忙しい一日に、ランチをお出しするという重要任務が増えたのです。
◆ ◆ ◆
それからしばらく後。
王宮の一室に、華麗なドレスで着飾った貴婦人の皆様の声が響きました。
「まあ、驚いたわ! なんて原始的な食べ物なのって思ったけど、食べてみると、すっごく美味しいわ! すごい、なるほどこれがウィリアム様のお気に入りなのね!」
「ええ、ほんと! 手づかみで、しかも複数のお皿に手を伸ばすなんてお行儀悪いと思ったけれど、なかなか楽しいものだわ! これが異国の宮廷料理スタイルなのね!」
「ええ、らしいですわ。片手にハンバーガー、片手にポテト。それが最高に麗しい食事スタイルなのだとか。それに、この奇妙な飲み物! まるで違う世界に来たような感覚ですわ。刺激的で最高に楽しいですわね!」
なんて、やいのやいの言いながら、ハンバーガーのセットを楽しむ貴婦人方。
貴族の皆様というものは、とにかく王宮に来て、お仲間とあれやこれやと話したがるものでございます。
そうすることで派閥が形成され、横のつながりが強くなる、ということのようですが、そのぶん常に話の種に飢えているのだとか。
そこに降って湧いた、メイドの出す奇妙な料理の噂。試してみたいと思うには、十分な内容だったようでございます。
しかし、さすがに華麗なる貴族の皆様にハンバーガーは合わないんじゃないかな、とちょっと不安だったのですが。
今回は合わないことが逆に刺激となり、素敵な調味料として機能しているようでございます。
「ねえ、シャーリィ、上手くいってるわね……! まさかお偉方のご婦人まであんなにハンバーガーを喜んでくれるなんてね!」
と、私と同じように壁際に下がり、その光景を見ていたアンが囁いてきます。
私はよく知らないのですが、こちらの貴婦人方は貴族の中でも上位に当たる方々の奥様なのだとか。
子供も産み、豪華な生活もひとしきり楽しんで、暇を持て余している奥様方。
その話題作りと一時の楽しみに貢献できたとあれば、私たちが送り出したハンバーガーくんたちも本望でございましょう。
「ねえ、あなた、この赤い野菜美味しいわねえ! もしかしてだけど、この赤いソースもこれから作ってたりするのかしら?」
「はい、奥様、ご明察にございます! そちらは、トマトという最先端のお野菜と、ケチャップという世にも珍しいソース。王宮で作られた最高のトマトから、特別な製法で作ったものがそちらになります!」
声をかけられ、満面の笑みで答える私。
やはりご婦人方はいい肉やパンは食べ慣れているので、人気があるのは珍しいトマトとソースです。
トマトに対する偏見も、王宮の食卓に上がったとなれば雲散霧消。
むしろ、興味の対象となったご様子。
それを見越して、モスバーガー風のハンバーガーにして正解でした。
そう、ここからはトマトとケチャップの晴れ舞台。
なら適当でもいいので、美辞麗句でその道を飾り立ててあげねばっ!
「やっぱり! すっごく口に合うわ、持って帰りたいぐらい! でも、王宮で採れたものを欲しがるなんて、いけないことかしら」
なんて言いつつ、ちょっと期待の籠もった視線を向けてくるご婦人。
なので、私はここぞとばかりに答えたのでした。




