素敵なお昼のハンバーガーセット3
「はい、なんでございましょうお嬢様」
なにか手違いがあったかしら、と慌ててお側にいくと、お嬢様は自分のハンバーガーを手にしたまま、困った顔をして言ったのでした。
「こ、これ、私の分。ウィリアム様のものと違うのだけど、なにか手違いではないの?」
たしかにお嬢様が手にしているハンバーガーは、おぼっちゃまとは違う種類でした。
ですが、それはわざとしたこと。私はにっこり笑ってこう答えたのです。
「お嬢様。お嬢様は野菜が好きだとお聞きしたので、それらも挟ませていただきました」
そう、お嬢様のハンバーガーとおぼっちゃまの物との違いは、野菜のあるなし。
おぼっちゃまの分は抜きましたが、私的にハンバーガーは野菜がしっかり入ってるほうが好みなのでした。
なのでお嬢様の分には、これでもかとそれらを盛らせていただいたのです。
その内容は、厚切りトマトにシャキシャキレタス、そしてたっぷりの刻みタマネギ。
それらが真っ赤なミートソースやチーズと絡まり、断面からのぞく風景は、中々に暴力的。
そう、こちらのバーガーは、かのモスバーガーを参考にして作ったものなのでした。
「ああ、そういうこと。……ふ、ふん。じゃあ、一口だけ……」
そう言って、そっと大きなハンバーガーにかぶりつくお嬢様。
もしかしたらトマトに抵抗があるかな、と思いましたが、大丈夫だったようです。
そして、じっくりと噛み締めた途端……その瞳が、キラキラと光を灯しました。
「っ…………! ん~~っ……!」
口の中が幸せでたまらない、とばかりに声を上げるお嬢様。
あられもなく椅子の上でバタバタするその姿は、完全に、大好きな物を初めて食べた子供の姿でございました。
まあそれはそうでしょう。
野菜好きのお子様が、このハンバーガーを食べたらそうなりますとも。
「なにこれ、おいっしい!! パンもお肉も美味しいし、野菜がそれにすっごくあってるわ! この赤い野菜、大好きっ! ほのかに何かが酸味を出してるのもいいし、それに、このソース、滅茶苦茶美味しいわ!」
たっぷり余韻を味わった後、大絶賛してくださるお嬢様。
やったぜ、と思わず手を握りしめてしまいますが。
そこで、ローマンさんが呆気にとられた様子で見ているのに気づいたお嬢様が、ハッと正気を取り戻しました。
「っ……。まっ、まあ、あくまで、あっくまで、まあまあだけどもねっ! ふ、ふん。で、途中でお芋をいただくのがマナーだったかしら?」
そう言ってポテトに手を伸ばしたお嬢様は、一口食べるなり、また目をキラッキラに輝かせたのでございました。
ああ、わかりやすい。
ですが、そこでふと。おぼっちゃまがお嬢様の方を見ていることに気づきます。
どうなさいましたか、と私が尋ねると、おぼっちゃまは少し困った顔でおっしゃいました。
「シャーリィ。あの、野菜を挟んであるハンバーガーはそんなに美味しいのか」
……ああ、なるほど。
そりゃ気になりますよね。
だって、お嬢様の分はおぼっちゃまの分とだいぶ違いますもの。
食いしん坊なら、当然気になります。
私だって、前世でレストランに行った時は、隣の人の食べているものが気になって仕方なかったですもの。
「はい、お野菜とのバランスも考えて調整してございますわ。……試してご覧になりますか?」
「……」
ものの試しに聞いてみると、おぼっちゃまはしばしお悩みになられました。
ですがやがてふるふると首をふると、こうおっしゃったのです。
「いいや、今はいらぬ。余には余の分がある。野菜はいつかでよい」
そう言って、自分のハンバーガーに戻っていくおぼっちゃま。あら、残念。
でも、お野菜に興味が出てきたのは良いことです。
いつか、そのままの野菜を挟んだハンバーガーを楽しんでいただけたらいいな。
なんてことを考えていると、そこで、おぼっちゃまがテーブルを見回し、こんなことをおっしゃったのです。
「……おや、飲み物が見当たらぬな。シャーリィよ、お主、これに合わせた飲み物は用意しておらぬのか?」
「っ……」
その言葉を聞いた瞬間、私は、自分の心臓がドクンと跳ねるのを感じました。
ああ……ですよね。ハンバーガーとポテトを食べていると、喉が渇きますよね。
もちろん……もちろんご用意してありますとも。
ですが、それを出すのにはかなりの勇気がいりました。
部屋の隅で控えているメイド長に、すっと視線を送ります。
すると、メイド長はこっくりとうなずいて、私にGOサインを出したのでした。
「……はい、おぼっちゃま、もちろん最高のものをご用意しております! 今、お持ちしますね……!」
やや上ずった声で答え、飲み物の入ったグラスをトレイに載せる私。
ああ……ついに、この時が来てしまった。
罪を犯す、この時が。
これを出すことは、本当はいけないこと。
そうわかっていても、出さずにはいられません。
だって、ハンバーガーセットにはこれが必要だから……ううん、それは言い訳でしょう。
ハンバーガーは、今できる最高のものを用意できたと自負しています。
ですが……それだけで、本当にシェフの料理に対抗できるかはわかりません。
だから。
(勝ちたいっ……! 私は、どんな手を使ってでも……!)
勝つために、全てをなげうちます。
皆と、笑っておやつタイムを続けるために。
そのために、私は──黒い悪魔と、契約したのでした。
「おぼっちゃま、お待たせしました!」
そう言って、私はおぼっちゃまの目の前に、黒くて、しゅわしゅわと音を立てる奇妙な飲み物が入ったグラスを置き。
そして、その名を告げたのでございます。
「こちら、コーラにございます……!」




