素敵なお昼のハンバーガーセット1
私がそう告げた途端、ダイニングには沈黙が広がりました。
ですが、やがて真顔だったローマンさんがゆっくりと口元に笑みを浮かべ、そして、ついには大声で笑い出したのでございます。
「くくく……くっくっく……ハーハッハッハ! なんと、これはたまげた! 貴様らに、まともなランチなぞ作れんとは思っていたが……まさかこれほどとは!」
そして、ローマンさんは私達が並べた皿の上のそれ……パンに肉などの具材を挟んだ料理、ハンバーガーを睨みつけて続けます。
「なんだ、この下品な料理は! パンに肉を挟んだだけの、原始的な料理! 信じられん! こんなものを、おぼっちゃまのランチにお出しするなど……正気か貴様ら! それに、そちらのそれ!」
そう言うローマンさんの視線の先には、皿に山盛り盛られたポテトフライが。
「まさか、芋を揚げただけのものか!? くだらん、くだらんぞ! 何でも揚げればいい、などという料理人は一番下賤なのだ! このメイドどもめ、本当に常識のない!」
どうやら庶民には馴染みのない揚げたお芋も、シェフにとってはとっくに知っている代物だったようです。
そのままローマンさんはズカズカと進み出ると、おぼっちゃまたちに一礼してこう言ったのでした。
「これではあまりに貧相、あまりに粗末。王族たるウィリアム殿下に相応しい食べ物ではございませぬ! このようなものしか用意できぬ者どもにランチを出させたのはわしの不徳。今すぐ片付けさせ代わりを並べますゆえ、どうぞお忘れくだされ!」
勝負あった、とでも言いたげなローマンさん。
自分の、最高級の技術が輝くランチとこんなものを比べられたくもない、とその顔には書いてあります。
ですが……どうやら、気づいていないようですね。
並べられた、ハンバーガー、フライドポテト、チキンナゲット、フライドチキンにホットドッグ。
そんな、ハンバーガーショップ・オールスターズとでも言うべき料理の数々を見つめるおぼっちゃまの瞳が、キラキラと、まばゆく輝いていることに。
「おおーっ……」
その料理の群れを一望したおぼっちゃまが、感動の声を上げます。
そして、鼻をヒクヒク、ジャンキーな香りをひとしきり楽しんだ後には、その口元からわずかによだれが。
慌てて私が拭うと、おぼっちゃまはこちらを見上げて、こう尋ねられました。
「シャーリィよ。これらの料理の食べ方を、余は経験したことがない。これは、どれから食べるものなのだ?」
「はい、おぼっちゃま! このランチのメインは、こちら、ハンバーガーにございます! 残りは、全てそれを取り巻くサイドメニュー。まずは、包んである布ごと手で取って、ハンバーガーをお召し上がりくださいませ!」
「なんと、異国ではメインから食べるのか。よし、承知した!」
そう言って、紙の代わりに綺麗な布で包んだ大きなハンバーガーを手に取り、お肉と多数の食材が挟まれたそれを目で楽しむおぼっちゃま。
厚みあるビーフパティと、トロけたチーズにカリカリベーコン。
さらに、綺麗に焼けたふかふかバンズ。
手の中で、触感としても味わえるそれをおぼっちゃまが口に運ぼうとすると、ローマンさんが慌てた様子で声を上げました。
「おっ、お待ちください、ウィリアム殿下! 本当に、そんなものを食べるおつもりですか!? 王子様ともあろうものが、そんな下劣なもの……!」
そして彼は私の方をギロリと睨むと、こう続けたのです。
「そもそも、なんだこの料理は、手づかみで食うなど! 先程の食事風景を見たであろう、あれこそが貴き皆様の正当なるお食事風景なのだぞ! 野蛮人でもあるまいし、ありえんぞ貴様!」
どうやらローマンさんは、手づかみが気に入らない様子。
しかしそこで、おぼっちゃまがふふんと笑っておっしゃいました。
「なんだ、ローマン知らぬのか。はるか東方の王国では、手で温度を感じながら食べることこそが一番美味しい食べ方とされ、マナーでもあるらしいぞ。貴様ともあろうものが、知識不足とは」
「ぬうっ!?」
私の吹き込んだでまかせをおぼっちゃまが披露すると、ローマンさんは声を上げてたじたじ。
そして、キョロキョロとあたりを窺った後、こうおっしゃったのでした。
「もっ、もちろん知っておりますとも! 国によって、マナーは千差万別。よっ、世の中には御手でお食事なさる王族もいらっしゃるらしいですな、はっ、ハハハハ……」
うーん、このおじさんも大概チョロい。
ですがこれで邪魔はなくなりました。
もういいか?と、目で確認した後、ようやくとばかりにおぼっちゃまはハンバーガーにがぶりと食いつき……そして、予想通りの反応をしてくださったのでした。
「……なんだ、これは……おい、しい! なんと、これは最高に美味しいぞ!」
はい。最高に美味しい、いただきました!
きっと……きっと、そう言ってくださると信じていました!
ハンバーガーって、美味しいですよねっっ!!
「何だこれは……単純な料理だと思ったが、ただ肉を挟んだだけのものではないぞ! 口の中でいくつもの味が混ざり合って、複雑怪奇、それでいて恐ろしく美味い! 余の口に、実に合うではないか!」
「んなっ!?」
黙々と食事を楽しんでらっしゃった先ほどとは違い、大きな笑みを浮かべながら嬉しそうに感想を口にしてくださるおぼっちゃま。
それを聞いたローマンさんは、あんぐりと口を開けて驚愕の表情を浮かべます。
「やった、やったわっ……! 通用してるわ、ハンバーガー……!」
「そうよね、私達もこれ以上ないってぐらい、美味しく出来たと思ったもの! そうよ、やっぱり美味しいんだわっ!」
後ろで、お姉さまたちがひっそりと、ただし喜びを隠しきれない様子で声を上げます。
ええ、ええ、そうですとも。
このハンバーガーは、私達全員の力を集結した傑作ですものね!




