ランチタイム・ウォー10
──そして。
またたく間に、一ヶ月が過ぎたのでした。
今日はついに、ローマンさんとの勝負の日。
王宮内にある、王族専用の広いダイニングルーム。
華麗な家具や装飾で飾り立てられたそこに、ローマンさん率いるシェフ軍団と、私達メイドが集まっていました。
隅にはメイド長と執事さんのお姿も。
役者は揃い、後はおぼっちゃまたちを待つだけでございます。
「ふん。途中で謝ってくるものとばかり思っていたが、本気で勝負をするつもりとはな。貴様らの愚かさには、心底驚くわい」
と、自慢の髭を撫でながら、嫌味を飛ばしてくるローマンさん。
それに連なる王宮シェフの皆様も、勝ちを確信した様子でニヤニヤと笑みを浮かべています。
「ずいぶんと自信満々ですね。今日のために、そんなに凄くて新しい料理を用意してきたのですか?」
「はあ? 馬鹿か貴様。なんで貴様らを相手にするのに、新しいものなど用意せねばならん。わしはいつも最高の昼食をお出ししている。変える必要がどこにある!」
私が尋ねると、そう答えて、ローマンさんはくっくっと笑い声を上げます。
「わしらがこの一月で練習したのは、デザートよ。なにしろ、今日からお前らに変わっておやつタイムを担当せねばならんからなあ。もうすでに最高のものを用意しておる、貴様らは安心して掃除に戻っていいぞ!」
それに合わせるようにして、シェフのみなさんがハハハと嘲り笑いをあげます。
それを聞いたメイドの皆は、ギリギリと歯ぎしり。
目にもの見せてくれる、と怒りの炎を燃え上がらせるのでした。
どうやらシェフの皆さんは、もう完全に勝ったつもりのようです。
ですが、私が尊敬するある人は、こんな言葉を残しています。
曰く──『相手が勝ち誇ったとき、そいつはすでに敗北している』、と。
はい。漫画の話です。
ですが、相手がこの一ヶ月で変化していないのなら、それはとってもありがたい話。
相手が動かないのなら、追いかける私たちと距離が縮まるのは自然の摂理。
私たちのこの一ヶ月が、どれほどのものだったか。
それを、今からご覧に入れましょう。
「ウィリアム殿下が、おいでになられます!」
そこで執事さんが声を上げ、うやうやしく扉を開きます。
一斉に頭を垂れる私たち。
それでもそっと顔を上げて覗き見ると、扉の向こうには、朝の仕事を終えてお疲れ顔のおぼっちゃまと、不機嫌そうなアシュリーお嬢様、そして警護のミア様のお姿がありました。
「おお。今日はなにやら特別な催しを用意したとは聞いておったが、随分と集まっておるな。お主ら」
ですが、私達の存在に気がつくと、おぼっちゃまの顔がぱっと晴れやかに。
食べることが大好きなおぼっちゃまですから、食に関する催しは大歓迎といったところでございましょう。
まあ、こちらはそれどころではないのですけれども。
「はい、ウィリアム殿下! 今日は、私どもシェフとメイドたち、双方が作ったランチの食べ比べをしていただきたく存じ上げます! ウィリアム殿下に仕える者同士の、交流のようなものでして、はい!」
おぼっちゃまにペコペコしながら、ローマンさんがへりくだって説明をいれます。
そう、表向きはそういうことになっていました。
「おやつタイムをかけた勝負だ、なんて言うとウィリアム殿下がお前たちの肩を持つかもしれん」なんてローマンさんが言い出したせいです。
「ほうほう、食べ比べとな。それはまた楽しそうだ。さて、だがメイドの者たちには慣れぬ状況であろうが……」
と言いつつ、おぼっちゃまの視線がすっと私の方に向いてまいります。
なので、私はニッコリと微笑んでお答えしました。
「はい、おぼっちゃま。今回のランチは、私が発案させていただき、メイド一同で最高のものを仕上げてまいりました。かつて味わったことのないランチをお約束しますわ、ご期待ください!」
すると、途端におぼっちゃまの目がキラキラと輝き出したのでございます。
「そうか! そうか、シャーリィのランチか! それは俄然、楽しみになってきたな! うむ、良い!」
そして、そのまま楽しそうに席へと着くおぼっちゃま。
それに続きながらも、お嬢様がぶすっとした顔でおっしゃいます。
「ふん。味わったことのないほど、不味いランチじゃなきゃいいけどね……!」
どうやらまだご機嫌斜めなご様子。
そして、お嬢様はそのまま小さな声で、ブツブツと何事かをつぶやき始めたのです。
「あんたらがクビになったら、パンケーキやチョコにアイスが食べられなくなっちゃうじゃないのよ! もう、バカ、バカメイド! 毎回楽しみにしてたのに……!」
それはよく聞き取れませんでしたが、多分お嬢様なりに私達のことを心配してくれているのだと思います。
おそらく、私たちが負けると思っているのでしょう。
でも、お嬢様。まだ勝負は始まってすらいませんよ。
そう、勝負とは、土俵に上がるまでわからないものなのですから。
「では、早速はじめましょう! さあさあ、まずは私どものランチです。いつもどおり、最高級の食材を使って最高のシェフが腕をふるいました! どうぞ、心ゆくまでお楽しみください!」
ローマンさんがそう言うと、シェフたちがワゴンを押して、一斉に料理を運んでいきます。
普段こういう仕事は執事の皆様が行っているのですが、今回は状況が状況ですので、当事者たちで行なうことになっているのです。
そうして、次から次へとおぼっちゃまお嬢様の前に並べられる料理の、豪華なことときたら!
完璧に焼きあがった子羊のソテーに、見ただけでぷりぷり食感が伝わってくる海老のフリッター、透き通るような貝のスープに、かぐわしき白身魚のムニエル。
ええっ、ランチでこんな贅沢を!?と思わず叫びたくなるような素晴らしいメニューが、次から次へと出るわ出るわ。
私が前に口にしたもの以外にも、実に豪華な料理が山盛りでした。
そして、静かにそれを召し上がり始めた、おぼっちゃまとお嬢様の、見事なテーブルマナー!
おやつタイムには、いつもマイペースにわしわしとおやつを召し上がるおぼっちゃま。
ですが、今は一部の隙もない優雅さでナイフとフォークを巧みに操り、芸術的に食べ進めていきます。
それもそのはず、王族や貴族の皆様にとって、食事とは技術のひとつ。
誰かと食事を共にすることは、大事な公務の一環なのでございます。
その場で情けない仕草を見せた者は格下扱いをされ、侮蔑の対象となってしまう。
それゆえ、幼少の折より徹底的に仕込まれるものなのだとか。
そしてその横に並ぶお嬢様も、当然のごとく一皿一皿を美しく召し上がってゆく。
さすがは大貴族のご令嬢、その仕草はまるで華麗なる演奏のよう。
そして、彼女は穏やかな表情でこうおっしゃったのです。
「さすがローマンね。相変わらず、素晴らしいランチだわ。ねえ、ウィリアム様」
「うむ、そうだな。さすが我が王宮のシェフだ」
口々に料理を褒めるお二人。
それを聞いたローマンさんは、ビシッ!と深く頭を下げて言いました。
「ははあっ、ありがたき幸せ! このローマン、毎日毎時、厨房を預かる身として最善を尽くしておりますっ!!」
そして、頭を下げたままローマンさんがこちらをチラリ。
すると、そのお顔は……びっくりするほど、にやけていたのでした。
「ふん、どうだメイドども。これが本物のシェフの腕前だ。貴様らに、こんな真似ができるか? ん? おぼっちゃまたちのお口を汚す前に降参せえ、馬鹿者が」
……口でこちらの戦意を失わせる作戦ですか。
本当に、わかりやすい人だなあ。
しかし、なんとこれが効果てきめん。
大いにひるんだメイドの皆は、ひそひそと心配そうな声を上げはじめたのでした。
「ほ、本当に大丈夫なのかしら、あんな料理で……」
「わっ、私達、何か間違ってたんじゃ……」
それは、これからお出しする私達のランチを不安視する声でした。
ううっ、そう言われると責任者である私も不安になってきます。
本当に……本当に、あんな豪華なランチに対抗できるのでしょうか。
ですが、そんな空気を断ち切るように、クリスティーナお姉さまがおっしゃいました。
「みんな、出す前からそんな調子でどうするの。私達のこの一ヶ月を、努力の時間を信じなさい。私達は最善を尽くしたわ」
「っ……。そうですよね、お姉さま! 大丈夫、私たち頑張りましたもの!」
ぱっと表情を明るくして、皆で頷きあいます。
そうです、私達が、私達の料理を信じないでどうしますか。
それにもう、調理は終わっているのです。後は、信じて出すだけです!
その時、ふと心配そうなミア様と目が合い、私はコクリと頷きました。
大丈夫。ミア様の心遣いは確かに受け取っています。
それを元に、私たちは今日まで用意を進めてきたのですから。
「うむ。堪能した。では、メイドたちのものをいただこう」
シェフたちの作った料理をひとしきり味わい、おぼっちゃまが改めておっしゃいました。
その目には、らんらんと期待が輝いています。
お任せください、おぼっちゃま。そのご期待に、答えてみせますとも。
私達は、ワゴンを押していざ出陣とばかりに進み出て、テーブルの上に料理を並べていきます。
しかし……それを見た、おぼっちゃまにお嬢様、それにローマンさんたちシェフはびっくり顔。
呆気にとられている皆様に、私は深く頭を下げて、そして、その料理名を告げたのでした。
「おまたせしました。こちらが、私達のご用意した、異国のランチ──その名も、ハンバーガーセットにございます!」




