ランチタイム・ウォー8
私がそう言った途端、お姉さまたちから、わっと歓声が上がりました。
「さすがシャーリィ! あなたなら、きっとアイデアを持ってると思ったわ!」
「さあ、今日からシャーリィを中心に頑張るわよ! 目にもの見せてやりましょう!」
盛り上がるお姉さまたち。
それを私はニコニコ笑顔で見ていましたが、そこでアンがすっと私の顔を覗き込み、心配そうに言ったのです。
「シャーリィ、大丈夫なの? 手、震えてるわよ」
……しまった。隠したつもりでしたが、見破られました。
さすがアン。毎日毎日、ずっと一緒にいるだけあって、私のことは何でもお見通しです。
ええ、まあ。そりゃ、不安ですもの。
だって、どこの女の子が、宮廷料理人と料理勝負することが決まって、平静でいられるでしょうか。
人生二度目でも関係ありません。怖い。
いえ、私自身が負けることよりも、もっとずっと怖いこと。
それは……負けたら、お姉さまたちに、とんでもない恥と迷惑をかかせてしまうことでした。
でも……でも。
「大丈夫。大丈夫よ、アン……私、やってみせる!」
ふん、と気合を入れて弱気を吹き飛ばします。
怖がったり落ち込んだりすることなんて、後でいくらでもできます。
今は、自分の「美味しい」を信じて前に進むしかありません。
だって、それだけが私の取り柄なんですから!
そして、そんな気合を入れている私のもとにクリスティーナお姉さまが来て、こうおっしゃったのです。
「シャーリィ。ごめんなさい、あなたに重いものを背負わせてしまったわね……。責任は私が取る。だから、お願い。一緒にやってちょうだい」
「お姉さま……」
その瞳からは、私に対する申し訳無さと、そして信頼が読み取れました。
そして、隣に並んだメイド長もこうおっしゃいます。
「万が一の場合は、私の進退にかけてどうにかします。おまえは、おまえの思うように、おぼっちゃまに最高のランチをお出ししなさい」
そう言うメイド長の目にも、ほのかな期待が見て取れました。
そう、そのとおり。大事なのは、勝負に勝つ以上に、食べていただくおぼっちゃまに最高のものをお出しすることです。
それだけは、ブレてはいけない私たちの思い。
その上で、こいつなら、もしかしたら。
メイド長はきっと、そう思ってらっしゃるのでしょう。
ええ、ええ。やってみせますとも。
私を育ててくれたお姉さまと、ここに連れてきてくれた、メイド長の信頼に答えるためにも!
そして、私は元気よく言ったのでした。
「メイド長! ランチのために、用意していただきたいものがあります!」
「いいでしょう。できうるかぎり便宜を図りましょう。何が必要なのですか」
「はい! 実は、こういうものが必要で……」
私がそれに関する話をすると、メイド長は最初困惑した顔をしましたが、最後にはOKしてくださいました。
さあ待っていてください、おぼっちゃま、お嬢様。
この私が、今まで味わったことがない、素晴らしい昼食をご用意してみせましょう。
◆ ◆ ◆
「……とは言ったものの。ああ、不安だわ……」
なんて、奮起したはいいものの。
それから数日が経った昼休みの時間に、私は自室で休憩しながらそう呟いてしまったのでした。
こちらが目指す方向はすでに決まっていて、それはいいのです。
ですが、肝心の相手に関する情報が一切ないのが問題なのでした。
なにしろ相手は宮廷料理人。
ちょっと食べ比べしたいので試食させてください、なんて言うわけにもいきません。
ですが、実態のわからない相手を追いかけるのは中々にキツいこと。
頭の中で相手の料理がどんどん勝手にグレードアップしていき、その背中が見えなくなってゆく。
私たちは、本当にこれでいいのかしら……なんて、不安にさいなまれる日々でございます。
「せめて、どんなものを出しているのか知りたい……。こうなったら、厨房に侵入して盗み食いしてやろうかしら」
なんて、ろくでもないことを思いついてしまう私。
なんだかそれがすごく良いことに思えて、本当に実行に移そうか悩み始めたとき、突然部屋にノックの音が響いて、私は飛び上がってしまいました。
「ひゃっ!? はっ、はい!?」
まさか思考を読まれて、未然に犯行を防ぐために誰かがきたのかしら、なんてバカなことを思いながら扉を開ける私。
すると、そこには銀色のトレイを手にした、執事服のおじいさんが立っていたのでした。
「どうも、休憩中に失礼。君がメイドのシャーリィだね? ある方の指示で、これをお持ちしました」
見事な白髪と白いひげを完璧に整えたその方は、私の知っている方でした。
たしかおぼっちゃま付きの執事さんで、とても偉い方です。
役職的には、メイド長よりさらに位が高いはず。そんな方が、どうして私の部屋に?
疑問に思っていると、彼は堂に入った仕草で、私にトレイを差し出しました。
何事かわからぬまま、条件反射でトレイを受け取って、私はその上に乗っているものを見てびっくりしてしまいます。
「うわあ、豪華な料理……!」
そこにあったのは、皿の上に華麗に盛られた肉料理に、透き通るようなスープ、こんがりパンに大きなエビの炒めもの。
高級レストランで出てきそうな見事な品揃えに、思わず目をキラキラさせてしまいますが、そこではたと気づきました。
「あのう……これって、もしかして……?」
と、私が上目遣いで尋ねると、執事さんはこっくりとうなずいて、こうおっしゃったのです。
「ランチシェフの、ローマンが作ったものです。お客様にお出しするからと、少々嘘をついて作らせました」
なんと!
これが、知りたいと願っていたローマンさんのランチ!?
まさに渡りに船で、ありがたい限りなのですが、でもどうしてこんなことを?と私が目で問いかけると、執事さんはニコリと穏やかに微笑んで、こうおっしゃったのでした。
「アシュリーお嬢様の付き人の、ミア嬢の依頼でお持ちしました。きっと困っているはずだから、せめて目標を明確に、と」
「……ミアさん……!」




