ランチタイム・ウォー7
「……なにい? 正気か、貴様」
クリスティーナお姉さまのそのお言葉に、ローマンさんは驚いた顔でそう答えましたが、やがてにやりと笑みを浮かべます。
「勝負だとぉ? それは、どういう方法でだ。まさか、お互いにおやつを出し合って勝負だとでも言う気か?」
「いいえ、それでは私達が有利すぎます。互いに、半分……そう、ランチと、そのデザートで勝負といこうではありませんか」
「ちょっ……」
二人の話を聞いていたアシュリーお嬢様が、戸惑った様子で声を上げます。
ですが、お嬢様がなにか言うより早く、ローマンさんが高笑いをはじめました。
「ガハハハハ! これは面白い! 貴様ら料理人もどきが、このわしと、ランチで勝負だとぉ!? 身の程知らずが何をどう勘違いしたものか、これは面白い! ガハハハハ!」
「……了承、と受け取っていいのですね?」
「良いとも、良いとも! ぜひやろうではないか! ただぁし!」
そして、ローマンさんはギロリと私たちを睨みつけ、上機嫌で言い放ったのでした。
「わしが勝ったら、ごめんなさいではすまさんぞ! その場合はおやつの時間も、わしらシェフが担当するものとする! 貴様らは、今後掃除だけすることになるぞ……それでよいか!?」
うっ。負けの代償が、重い……。
さすがに怯んだ空気が流れましたが、クリスティーナお姉さまは皆を代表し、はっきりと答えたのでした。
「わかりました、その条件で結構。ですが、私達が勝った場合は、二度とおやつのメニューに口を挟むことは許しません。私達を侮辱した言葉も全て取り消して、同等の料理人として認めてもらいます。それでいいですね?」
「いいだろういいだろう! それだけじゃない、すいませんでしたと土下座して、なんなら貴様らにランチを出す権利も明け渡してやるわ! 天地がひっくり返っても、そんなことありえんがな! ガハハ!」
絶好調のローマンさんは、ここに来て更に言いたい放題。
それほど自分の腕に自信があるのでしょう。
メイドごときに、このわしが負けるわけがない、と。
そしてローマンさんは、予想外の展開に驚き慌てているアシュリーお嬢様の方を振り返ると、ニコニコ笑顔で言ったのでした。
「お嬢様、こういうことになりました。たしか、次はひと月後にいらっしゃるのでしたな?」
「えっ?え、ええ、そうね……その予定、だけども……」
「では、その時を勝負の日といたしましょう! 王子様とお嬢様に、わしらシェフとメイド共でランチとデザートをお出しして、評価していただく。あ、もちろんこやつらの料理などお口に合わないでしょうから、一口だけで結構ですぞ、一口だけで!」
そして、ローマンさんはもう一度こちらを振り返って、勝ち誇った表情で言います。
「さて。では、貴様らはせいぜい経験のないランチでも必死に練習することだな。人生を料理に捧げてきた、王宮のシェフたるこのわしに勝てると思うのならな!」
「……いいでしょう。後で吠え面をかかないことですね」
「かかせて欲しいものだなあ、せいぜい一ヶ月、無駄なあがきをすることだ! それでは、わしはこれで失礼しますぞ、お嬢様! ひと月後を、楽しみにしております! ガハハハハ!」
こうして、勝負が決まり。
お嬢様に頭を下げたローマンさんは、上機嫌で去っていったのでした。
「……よくもまあ、あんなに調子に乗れるものね……! 許せないわ!」
「こてんぱんにしてやる! 今日からランチメニューの研究をするよ!」
「ええ、やってやりましょう。料理人もどき、なんて二度と言わせないわ!」
彼が去っていったほうに敵意の籠もった視線を向けながら、とってもやる気になるお姉さまたち。
ですがそこで、私達と同じように取り残されたアシュリーお嬢様が、慌てた様子で声を上げます。
「ちょっ、ちょっとあんた達、本気なの!? 相手は、王宮のシェフなのよ! あんたたちが、ランチで敵うわけないでしょ! なにやる気出してるの、馬鹿なの!? わっ、私がとりなしてあげるから、今からごめんなさいしなさい!」
それは、予想外の言葉でした。
まさか、私達をかばうような事を言ってくださるとは。
お嬢様的に、ここまでの大事にする気はなかったのでしょう。
ミア様と勝負になった時、負けたら私達をクビにするとアシュリーお嬢様はおっしゃいました。
ですが、あれから幾度かおやつタイムを共にし、いくらかは私達のことを認めてくださっていたのでしょう。
ですが……遅い。遅すぎました。
なにしろ、もうお姉さま達についた炎は、消しようがないほど燃え上がっているのですから。
「お嬢様。こうなっては、私達も下がれないのです。おやつメイドの誇りにかけて、一矢報いる所存です」
「えっ……」
「敵う、敵わないではないのです。私達は、おぼっちゃまにおやつを出させていただいている身として、全力で戦わなければなりません」
「うっ……」
決意が決まりまくったお姉さまたちの言葉に、たじたじのお嬢様。
助けを求めるようにミア様の方を向きますが、彼女はふるふると頭を振って、悲しそうに言ったのでした。
「お嬢様。ローマンは、あまりに深く切り込みすぎました。こうなっては、もはや誰にも止めることはできません」
「~~っ……!」
すると、お嬢様は顔を赤く染めて泣きそうな顔をし、ギロっと私達の方を見て、こう叫んだのでした。
「なによ、せっかく言ってあげてるのに! バカ、バカメイド達! あんた達なんか、全員仕事を失っちゃえばいいんだわ! バカ、バーカ!」
そのまま、廊下をずんずんと行ってしまうお嬢様。
残されたミア様は、私達に深々と頭を下げ、こうおっしゃいました。
「このようなことになり、申し訳ありません、メイドの皆様。なにもできませんが、ご武運をお祈りいたします」
そして、彼女は私の方を見て、目で「すまない」と伝え、お嬢様の後を追って行ったのでした。
「……さて。このような結果になりましたが……お前達、勝算はあるのですか」
ようやく私達だけになり落ち着きが戻ってくると、メイド長が心配そうに言います。
冷静を取り戻したお姉さまたちも、少し困った顔をして言いました。
「勝負はせざるをえませんでした。ですが、相手は最高級のシェフ。普通では、勝てないでしょうね……」
「ええ、普通では」
そう言いつつ、やがて、どこか期待するような視線が私の方に集まってきます。
ええ。ええ。わかっております、お姉さま方。
今回の騒動、元々の発端は私。お姉さま方は、私をかばってくださったのです。
ならば、そのご恩に報いなければ。
それに……私だって、許せない。
お姉さま方の、お菓子にかける情熱を。
そして、脈々と受け継がれてきたおやつメイドを。
……それを、偽物だなんて。
言わせたままには、できません。
なので、私はスカートの裾をつまみ、深々と一礼しながらこう言ったのでございました。
「お任せください、お姉さま方。──私に、秘策があります」




