ランチタイム・ウォー6
「ローマンさん。あなた方シェフが、私たちメイドがおやつを出すのを快く思っていないことは知っていました。ですが、怒鳴り込んできて私達を散々に侮辱するとは、あまりといえばあまりではありませんか」
「ふん。貴様らが悪いのだろう。おやつですむ領分を侵し、わしらへの敵対ともとれる行為を繰り返しおって。おやつメイド風情が、われらと同じ土俵で戦えるとでも思ったか! 今すぐ本物のキッチンにきて、わしを含むシェフ全員に頭を下げい!」
「……そうですか。どうしても争うおつもりですか。なら、私の方からも言わせてもらいますが」
……そして、お姉さまは軽く一呼吸入れた後。
致命的な、一言を放ったのでした。
「おぼっちゃまは、私達の作るものを楽しみにして、お昼を減らしてらっしゃるのでしょう。それはつまり……あなたの作る料理より、私達の作るおやつのほうが美味しいというだけなのでは?」
「なっ……」
ああっ……言ってしまった。言ってしまいました。
それは、宣戦布告でございました。
舐めるなよ。文句があるなら、料理でかかってこい。
それはつまり、そういう意味なのでございます。
「そもそも、何をどれぐらい召し上がるかはおぼっちゃまの自由。取られて悔しいのならば、もっと美味しいものを出せばよいだけです。私達に文句を言うのは、お門違いもいいところですわ」
「そうよ、文句を言って威嚇しようなんて、最低ね!」
「ランチシェフも知れたものね、そのメイド風情に負けてるんだから!」
「なにを、調子に乗りおって、この料理人もどきどもがっ……!」
口々に口撃を始めるメイドの皆。
これにはローマンさんも、顔を真赤にして大激怒。
ですがメイドの皆も一歩も引きません。
このままでは、取っ組み合いの喧嘩でも始まってしまいそうな空気でしたが、そこでひどく冷静な声が割って入ってきました。
「何事ですか。騒々しい」
それは、メイド長の声でした。
いつものとおり涼しい顔をしたメイド長がやってきて、ローマンさんと私たちの双方を睨みつけたのです。
わあ、やっぱこういう時はこの人が頼りになるぅ!
「誰かと思えば、ランチシェフのローマンではありませんか。このようなところで何をしているのです」
「ふん、文句を言いに来たのだ、クレア! 貴様、部下共にどういうしつけをしておる! こやつら、殿下に馬鹿みたいに重いおやつを出しおって、ふざけるなと言ったらわしの料理を馬鹿にしてきおった! このメイドどもが!」
「……なんですって?」
そう呟くと、こちらを向き直るクレア様。
すると、メイドの皆が口々に言いました。
「この方に、掃除女の汚い手とか言われました」
「料理人もどきと言われました」
「下品な料理でおぼっちゃまの舌を騙していると言われました」
「…………」
それを聞いたメイド長は、最初は眉一つ動かしませんでしたが、やがてローマンさんのほうを向くと、ドスの利いた声でこう言ったのでした。
「ローマン、随分と私の部下たちを馬鹿にしてくれたようですね。死にたいのですか?」
あっ、駄目だ。この人が、一番沸点が低かったです。
冷静そうなのは見た目だけ。一瞬にして誰よりもブチギレたようです。
ええ、まあ。あなたはそういう人ですよね、メイド長。
「なっ、なにをっ……」
「そもそも、私たちのおやつがどうとか、どうしてあなたが知ってるのですか。私たちのことなど興味もなかったくせに。誰の入れ知恵ですか」
若干怯んだローマンさんに、ぐいぐい詰めていくメイド長。
その迫力は、王宮で長く生き延びてきた百戦錬磨の古強者のもの。
私たちノーマルメイドの比ではありません。
その後ろで、いいぞメイド長、たまには役に立てと無言の声援を送るメイド一同。
しかし、その攻勢は、廊下から響いてきた可愛らしい声によって、あっさりと断ち切られてしまったのでした。
「──私よ。私が、ローマンに教えてあげたの」
その声の主が誰であるか気づいた途端、メイド長が動揺の声を上げました。
「アシュリーお嬢様……」
そう、その声の主とはアシュリーお嬢様だったのです。
彼女は困り顔のミア様を伴い、ニヤニヤ顔でメイドキッチンに入ってきました。
「このローマンは、元々はうちのコックだったのよ。腕がいいから推薦して王宮に上がらせたのだけど、最近困ってるみたいでね。だから、事実を教えてあげたってわけ」
ああ……ああ。
なるほど。納得がいきました。
全ては、アシュリーお嬢様が仕組んだこと……つまり、お嬢様がおやつタイムに微笑んでいた理由が、これなのでしょう。
お嬢様は、私がおぼっちゃまと仲よしなのが気に食わない。
だから、ちょっと嫌がらせをしてやりたい。
けど、おやつは毎回美味しいので文句も言えない。
そこで、手を変えてこのような形で波乱を起こすことにしたのでしょう。
(そもそも、ローマンさんが強気すぎたのが不思議だったのよね……)
彼は名の知れたシェフなのでしょうが、それでも出はおそらく庶民。
それに対して、おやつメイドのほとんどは貴族や豪商の娘です。
そんな相手に喧嘩を売るなんて普通は怖くてできませんが、アシュリーお嬢様という後ろ盾がいればそれも問題なし。
なにしろ、アシュリーお嬢様のロスチャイルド家はこの国でもトップの貴族様。
それに比べたら、あんまり言いたくありませんが、お姉さまたちのお家はさすがに格で負けてしまいます。
どれぐらいかというと……虎と、子猫ぐらい。
ローマンさんが元から気に入らなかったであろう、おやつメイドの存在。
それをアシュリーお嬢様の保証付きで叩けるとあって、ここぞとばかりに叩きに来たのでしょう。
「それにね、あなた達ちょっと調子に乗りすぎだもの。あくまでこの王宮の台所は本物のシェフが担っているの。自分たちがおまけであることを理解しなさい!」
「そういうことだ! これに懲りたら、二度と調子に乗らんことだな! ガハハハハ!」
なんて、二人して高笑い。
その姿は、まさに悪役です。
アシュリーお嬢様、あなた、それでいいんですか……。
しかし、とにかくわかりました。
やはりお嬢様の目的は、私にマウントを取ること。
今もチラチラこっちを見て、「さあ、私に許しを請いなさい!」という視線を送ってきています。
ですが……ですが、お嬢様。
これは、失敗でございます。
そこまで言われたら……私はともかく、他の皆様が黙っていられるわけないのですから。
「……なるほど。お話は、よくわかりました。つまり、こういうわけですか。『おまけであるおやつメイドがでしゃばってすいませんでした。二度と迷惑はおかけしません』と、私たちに謝れと」
それはクリスティーナお姉さまのお言葉でした。
その固い口調に、ローマンさんが少し驚いた顔をします。
「う、うむ、そういうことだ。お主らは前と同じく、サクルだけ作っておれば……」
「お断りします」
きっぱりと拒絶すると、クリスティーナお姉さまがメイド全員を振り返ります。
そして、全員が決意の籠もった瞳で見つめ返すのを確認し、こうおっしゃったのです。
「これほど侮辱されては、私達も黙っていられません。いいでしょう。私達が、あなた達シェフより劣っているかどうか……勝負を、しようではありませんか」




