ランチタイム・ウォー5
「ひゃあっ!?」
地面に落下しそうなプリンを、必死にバランスを取って押し留める私。
どうにか落とさずにすんで、ふうと安堵のため息。
ええい、一体誰がこんなことを!?と振り返ると、そこには真っ白なコック服を着て、奇妙なほど長い口ひげをしたおじさんが立っていたのでした。
「…………」
ひげのおじさんはむっつり顔で、キッチンの中を睨みつけています。
どうやら、かなりご機嫌斜めの様子。
メイドの皆は私と同じく驚いた顔をしていましたが、やがてクリスティーナお姉さまが恐る恐る進み出ておっしゃいました。
「これはどなたかと思ったら、ランチシェフのローマンさんではありませんか。このような場所に来るとは珍しいですね。どうかなさいましたか?」
ランチシェフ。聞いたことのある役職です。
たしか、王宮でお出しする食事のうち、ランチを取り仕切るシェフををそう呼ぶのだとか。
王宮の食事を任せられているということは、国内でもトップクラスの料理人であるということ。
つまり、このローマンさんとかいう神経質そうなひげのおじさんは、かなりの腕を持った人だということです。
(うわあ、凄い。一体どんな料理を出してるのかしら。私も食べてみたい!)
そういえばせっかく王宮に来たのに、まだ一度も宮廷料理というものを口にしたことがありません。
もちろん庶民の私がそうそう口にできるものではないのですが、まかないでもいいから食べてみたいなあ、なんて、完全に他人事と思っていた私。
しかし、続くローマンさんの一言で、それが大間違いだと知ることになるのでした。
「どうもこうもあるか! 今日は文句を言いに来た。なんでも貴様ら、最近おぼっちゃまのおやつに、とてつもなく重いものを出しておるらしいな!」
えっ。
えっ。えっ。
あれ。これ、もしかして、やばいやつなのでは……?
なんて私が焦ってる間にも、ローマンさんは怒りの言葉を投げつけてきます。
「前はサクルだけ出しておったくせに、最近は下品な揚げたお菓子や、やたらと甘いパン菓子に、それだけは飽き足らず肉やチーズを使ったものまで出しておると聞いたぞ! ふざけおって、どういうつもりだ!」
……あ、これ完全に私の出してるものですね。
つまり、ローマンさんが怒鳴り込んできた理由は、私、と。
はい。
「……」
無言のままメイドの皆の視線が集まってきて、私はだらだらと冷や汗を流し始めます。
そして、こわばった笑顔でこの場からの逃亡プランを練り始めたのでした。
「おかげで、ウィリアム殿下が昼食をあまり召し上がってくれんのだ! わしは毎日毎日精魂込めて最高の昼食を作っておるのに、貴様らのせいで台無しだ! これは立派な越権行為だぞ! この始末を、どうつけるつもりだ!?」
「……シェフ様がお怒りの理由はわかったよ。けど、おやつタイムになにを出すかは私達メイドに一任されてるはずだよ。その内容に口出ししてくることこそ、越権行為じゃないのかい?」
「なぁにい!?」
すごい剣幕でがなりたてるローマンさんに、強気なクラーラお姉さまが言い返します。すごい勇気!
ですが、それが火に油を注ぐ形となってしまいました。
「なにをいっちょ前に料理人のような口を聞きおるか、メイド風情が! そもそも、偉大なる殿下のおやつを、貴様らのようなド素人が取り仕切っておるのがおかしい! 掃除女は、掃除だけしておればよいのだ!」
「なっ……」
あまりといえばあまりの言い草に、メイドの皆の間をざわめきが走ります。
これはいけません。色んな意味で、問題発言です。
私の前世のSNSでこんな発言をしようものなら、二度と立ち上がれないぐらい滅多打ちにされることでしょう。
「……なにこの人、いくらなんでもひどすぎじゃない?」
「ありえないわ、私達のことを掃除女、ですって!」
「私、こんな侮辱を受けたの初めてだわ……!」
あちこちから、そんなささやき声が漏れ聞こえてきます。
メイド全員から一斉に敵認定されるローマンさん。ですが、彼は怯むどころかますます調子に乗って罵倒を続けたのでした。
「ふん、伝統だかなんだか知らないが、王室のおやつを掃除女の汚れた手で作らせるなど話にならん! 下品な料理で殿下の舌を騙しおって! 貴様らは、おとなしく馬鹿の一つ覚えのサクルを作っておればよいのだ!」
うわあ。
いくらなんでもここまで言いますかね、ってぐらい絶好調のローマンさん。
さすがに耐えかね、いつもはおっとりとしているエイヴリルお姉さまが、すっと目を細めて言い返します。
「……いい加減にしてくださるかしら。いくらあなたが王宮のシェフだとしても、そこまでバカにされたら私達も黙っていられないわ」
「そ、そうよ! 黙って聞いていれば、言いたい放題……! 私達はこれでもおやつメイドとして日々頑張ってるの、馬鹿にしないでちょうだい!」
ジャクリーンがそう続き、ローマンさんとメイド多数でにらみ合い、まさに一触即発。
それを見ながら、私とアンはあわあわしっぱなしです。
ど、どうしましょう、これって私のせいですよね?
おぼっちゃまに仕える者同士、私は喧嘩なんかしてほしくありません。
なら、私が名乗り出て怒られれば済む話。
この安い頭ぐらい、いくらでも下げましょう。
そう思い、私は声を張り上げました。
「お、お待ち下さい! おぼっちゃまにピザやらたこ焼きやらドーナツやらを出していたのは私でございます! 怒るのなら、この私にっ……」
うわあ、こうして並べてみると、たしかに調子に乗って好き勝手なもの出してきたなあ私!
そして、私がそう言った途端、ローマンさんがこちらをギロリと睨みつけました。
「貴様が犯人か」と言わんばかりの視線に思わず肩がすくみますが、ここで下がるわけにはいけません。
しかし、そこでクリスティーナお姉さまが、私をかばうように前に出てださったのです。
「待ちなさい、シャーリィ。あなたは悪くないわ。おやつメイドは、全力でおぼっちゃまを楽しませるのが仕事。それを遂行して、何が悪いものですか」
「おっ、お姉さま……」
「それに……彼の今の発言は、私たちメイド全員を侮辱するものよ。もう、あなただけの問題ではないの」
そう言って、ローマンさんをにらみつけるお姉さま。
あわわ……。これは、とんでもないことになってきました。




