ランチタイム・ウォー3
「申し訳ありません、ローレンス様。助けていただいただけではなく、荷物を運ぶ手伝いまでしていただいて」
と、荷物の入った木箱を抱えて王宮の廊下を歩きながら言う私。
すると、私の三倍ほどの荷物を抱えたローレンス様は、朗らかな笑顔で言ってくださいました。
「気にするな。君にはいつも世話になっているからな。残りの荷物も、部下と共に私が運ぼう。力仕事は我らの得意分野だ、遠慮することはない」
ああ、なんて良い人なのでしょう。お忙しいでしょうに、女の身にこれだけの量の荷物は辛いだろうと一緒に運んでくれているのです。
貴族にして騎士団長という身分でありながら、この気配りと優しさ。
人気があるわけです。
まあもっとも、私達メイドは一日中パンを捏ねたり重い鉄製の調理道具を振り回したりしてるので、筋肉ムキムキでこんな荷物軽いものですが。
正直、アルフレッド程度なら腕相撲で瞬殺する自信はあります。
(アルフレッドといえば、ちょっと可哀想なことをしたかしら)
なんて、ふと別れ際のことを考えてしまいます。
大急ぎで荷物を降ろしたアルフレッドは、半泣きになりながら「僕は諦めないからな、シャーリィ!」なんて叫んで去っていったのでございます。
大事な荷物を運んできてくれたのだし、一応幼馴染みで、お父様のところで頑張っているというのだし。
もうちょっと優しくしてあげてもよかっただろうか、なんて一瞬考え、すぐにそれを否定しました。
(いや、駄目よ。あいつはちょっと優しくするとつけあがるんだから。自分の身を守るためにも、距離は最大限取らなくちゃ)
そう、それに変に勘違いをさせるのも可哀想です。
私はあいつの恋人になる気なんてない……いいえ、誰とも付き合ったりする気はありません。
そう、私は料理命。美味しいものが私の全てなのですから。
まあもっとも、どうしても誰かと結婚しなくてはならないとしても、アルフレッドだけは選びませんけど。
それだけは、どうあっても曲げられない真実なのでした。
「しかし、これはなかなかの重量だな。箱の中身はなんだ?」
と、木箱を見ながらローレンス様がおっしゃるので、私はニッコリと微笑んで答えます。
「ほとんどが、はるか東方で栽培されている香辛料や種ですわ! クミンやわさびに、それになにより……大豆!」
そう。今日の荷物は、お父様に頼んで、とにかく東方のあれこれを買い付けてもらったものなのでした。
この大量のブツが届く前に、すでに見本として少量を受け取っていたのですが、私の知る大豆や香辛料にかなり近くて感動してしまいました。
ああ、やっぱりあったんだわ。この世界にも、大豆たちが。凄い。
ですがもちろん、お父様の部下が直接そこまで行ったわけではありません。
それらは、東方の商人たちが「西方の王族が高く買ってくれるらしいぞ」という話を聞いて送り出し、旅商人の手を渡りつぎ、遠路はるばる旅してきたものたちなのです。
もちろんそれだけの道を辿ってきたのですから、値段は相当に張ります。
私のお給料だけでは、とてもとても買い付けられません。
ですが、とても嬉しいことに、料理の研究のためだと言えば王宮がお金を出してくれるのでした。
それに、一度種を仕入れてしまえばアガタが栽培してくれるという強みもありますし。
ただ……本当に残念なのですが、今回もお米を手に入れることはできませんでした。
おかしい、元の世界のアジアでは広く栽培されてたはずなのに。
やはりそこは異世界、ということでしょうか。
でも、あんまり心配してはいません。
だって、私は自分とお米との縁を信じていますから。
きっと、いつかは出会えるはず。ええ、きっと。
それに、それでも今は幸せな気持ちでいっぱいです。
だって、大豆が手に入ったんですよ、大豆が!
大豆があれば、本当に、本当にたくさんのことができるのです。
醤油に味噌などの調味料はもちろん、豆腐や納豆も大豆から作る食品です。
他にも枝豆はそのまま大豆のことですし、大豆もやしなんてものもあります。
本当に、大豆は日本人の生活に深く深く突き刺さっている食材なのでした。
(ああっ……大豆さえ増やせれば、本物の醤油が手に入るし、豆腐のお味噌汁も、納豆もまた口にできるっ! 凄い、凄いわっ! ああ、なんて幸せなのかしら!)
しかも、大豆は栽培が比較的簡単だと聞いたことがあります。
だからこそ大豆製品は安いのだと。
なら、畑の魔女たるアガタならたやすく増やしてくれることでしょう。
ただ、長い旅をしてきた種が無事に芽を出してくれるかはわかりません。
この後、急いでアガタのところに持っていって相談しよう……なんて、幸せな物思いにふける私。
すると、そこでローレンス様がこうおっしゃいました。
「そうか。私にはよくわからんが、君がそこまで喜んでいるということは良いものなのだろうな。……ところで、シャーリィ。少しいいだろうか」
と、人通りが少なくなってきたところで、周囲を伺いながら小声になるローレンス様。
そして、少し困った顔で続けたのでした。
「実は、その……備蓄が、心もとなくてな」
備蓄。ローレンス様が私におっしゃる備蓄とは、甘い物の事を指しています。
ドーナツの一件以降、私は定期的にローレンス様の元を訪れ、甘いものを差し入れしていたのでした。
それをローレンス様はお部屋に隠し、人目をはばかりながらも密かに楽しんでくれているのでございます。
「ふふ、そう思ってそろそろお持ちしようと思っていたところです。今度は、新作をご用意いたしますわ」
「新作……」
そうつぶやいた途端、ローレンス様の顔からすっと表情が消えました。
失望しているわけではないでしょう。
新作、という言葉が嬉しすぎたのだと思います。
長年、求められるキャラクターを演じ続けてらっしゃるローレンス様は、感情が大きく動くと、それを隠すため自動的に無表情になるようなのでございます。
二人きりの時はそうでもないのですが、ここは廊下ですし、誰が見ているかわかりません。
なので表情を消したのでしょうが、それなりに一緒に過ごした身ですので、隣りにいると嫌でも幸せそうな気配が伝わってきました。
おそらく、新作がどのようなものかと思いを馳せているのでしょう。
そう、外から見ると真面目で堅苦しいローレンス様ですが、その中身は甘いものが楽しみで仕方ない、可愛らしい方なのでございました。
どことなく、そのあたりはおぼっちゃまと似ているかもしれません。
これは新作も気合い入れて作らなくちゃ。そう思い、ちょっと笑ってしまいます。
これではまるで、子供のために頑張っておやつを作る母親です。
どうやら、案外私にも母性本能というやつがあったようですね。
そんなことを考えながら、ローレンス様と並んで、私はえっちらと廊下を行ったのでした。




