ランチタイム・ウォー2
「ふふっ、いつか大物になる僕と釣り合うよう王宮に勤め、さらに僕らの間に生まれるであろう可愛い子どもたちを喜ばせるため、料理道を邁進するなんて。ほんと、君はよく出来た許嫁だ。安心しなよ、世界中の美女が押しかけてきたって、僕の正妻の地位は君のものさ!」
「……」
ああ。頭が、痛い。
本当に。本当に、こいつと話すのは時間の無駄です。
楽しい気分は完全に台無しになりました。
とっとと荷物を受け取ってさよならしよう。
そう思い馬車に近寄りますが、しかしそこで突如としてアルフレッドがにじり寄ってきて、あろうことかガバっと私の肩を抱いてきたのです。
「わっ……ちょっと、なにするの! 離して!」
「おいおい、そうつれないこと言うなよ。本当に久しぶりな恋人同士の再会じゃないか。思い出話に花を咲かせつつ、王宮での日々でも教えてくれよ、なっ」
なんて、ニヤニヤしながら言ってのけるアルフレッド。
ああ、なるほど。そういうことですか。
どうやら、こいつは私から王宮の情報を引き出したいようです。
うまくやれば、商機を掴めるとでも思ってるのでしょう。
なんていやらしい。
ふざけんなと思いながらぐいぐい押し返しますが、しかしアルフレッドは手を離してくれません。
ああ、もういい。もういいでしょう。我ながらよくここまで我慢しました。
殴ります。
王宮に勤めるメイドとして暴力は控えたかったのですが、世の中にはそれでしか意思を伝えられない相手もいるのです。
こんなやつには、聖人様でも助走をつけてドロップキックをかますことでしょう。
久しぶりに、この拳に血を吸わせる時が来た。
なんて、振りかぶった瞬間。
そこで、背後から鋭い声が飛んできました。
「おい、貴様、なにをしている! その者が王宮に仕える身と知っての狼藉か!」
「ひえっ!?」
声とともに甲冑姿の男性が駆けてきて、アルフレッドを一瞬にして地面に引き倒してしまいました。
そのままがっちりと手首を固められ、身動きを封じられたアルフレッドが悲鳴をあげます。
「いっ、痛い、痛い! おっ、折れるぅ! ちっ、違うんです、許して、許してぇ!」
「黙れ。何が違うか、この不埒者め! ……シャーリィ、怪我はないか?」
と、アルフレッドを押さえつけながら心配そうに言ってくれたその方は、なんと騎士団長のローレンス様でした。
彼は、私が暴漢に襲われていると思って駆けつけてくれたのです。
「はいっ、ローレンス様、助かりました! 私、とっても怖かった……その男は、縛り首にしてください」
「ちょっ、ちょっと何を言ってるんだシャーリィ! しゃ、洒落じゃすまないって! とっ、友達なんです、僕たち! 悪ふざけしていただけなんです、なっ、そうだよなシャーリィ!?」
「……こう言っているが?」
「いえ、そんなやつ全然知りません。ローレンス様、悪者というのは、そういう嘘をついて逃れようとするものですわ」
「ちっ、ちがっ……痛い痛い痛い! ごめんなさい、もうしないから許してくれシャーリィイイイイ!」
この野郎とばかりにローレンス様が腕を絞り上げると、アルフレッドが絶叫を上げます。
ああ、本当に情けない。
仕方なく、本当に仕方なく、私はローレンス様に事情を説明したのでした。
「……なんと。君のお父上の、使いか。どうやら早とちりしてしまったようだな」
そう言って、申し訳無さそうにアルフレッドを開放するローレンス様。
いえ、早とちりではありません。こいつは悪いやつです。
と答えたかったですが、これ以上事態がややこしくなるのも面倒なので黙っておきました。
「いててっ……。ひどいじゃないか、シャーリィ。幼馴染みにこんな……うおっ」
そこで、ローレンス様を見たアルフレッドが驚きの声を上げます。
そして、まじまじと見つめた後、揉み手をしながらこう言いました。
「へっ、へへ、誰かと思ったら騎士団長様でしたか……。お、お噂はかねがね。す、すいません、お騒がせして。へ、へへ、これはただの、恋人同士のじゃれつきってやつでして」
「……なに?」
どうやら、どれほど愚かなこいつでも国中の女性に人気 (らしい)ローレンス様に容姿で勝てるとは思っていないようでした。
ですが、それを聞いたローレンス様は顔を歪め、私の方を見ながらこう言ったのです。
「恋人だと。真か? シャーリィ」
「そんなわけありませんわ、ローレンス様。この子は、いわゆる幼馴染みというやつなのですが……その、少し妄想と現実の区別がつかない子でして」
「ああ……」
と、納得した様子で言い、私と一緒に哀れみの目を向けるローレンス様。
それに耐えかねたのか、アルフレッドが叫び声を上げます。
「だあっ、そんな目で見ないでくれ! ていうか、シャーリィ、君その方と随分仲良しだなぁ!? なんだい、僕というものがありながら!」
そして再びこちらににじり寄ってきたので、私は慌ててローレンス様の後ろに隠れました。
そして、ローレンス様ごしに、べっと舌を出して言ってやったのでございます。
「ローレンス様は、以前私が危ないところを助けてくださったのよ。あんたみたいな、妄想狂のろくでなしとは違うの。わかったら、もう二度と私に近づかないでよね」
「ひっ、ひどいっ……。そんな、僕は君が僕のことを好きだって信じていたのにっ……! うわああん、あんまりだ!」
どこをどう見ていれば、そう思うのでしょう。本当に不思議です。
とにもかくにも、半泣きでそう叫んだアルフレッドが荷馬車に飛び乗り、去っていこうとしたので私は慌てて引き止めました。
「待って、アルフレッド!」
「しゃっ、シャーリィ……! やっぱり止めてくれるんだな!」
ぱあっとアルフレッドが表情を明るくしますが、私はそんなことより大事なことを必死に伝えたのでした。
「荷物! あんたはどうでもいいけど、荷物は置いていって! お父様からの大事な荷物なんだから!」




