まあるく美味しい熱々粉もの10
「でも、逆に言えばタブーの食べ物は未知の味なわけで、食べてもらえればインパクトはあるってことね……おぼっちゃまは喜んでくださったんだし。ねっ」
と、私を慰めるように言うのは、隣でたこ焼きを焼いているアンです。
今日は、ジョシュアに紹介しようと人を連れてきていたのでした。
アンと、もう一人、畑の魔女のアガタを。
ただ、アガタのほうは、最初に挨拶したっきりずっと椅子の上で固まっていて、まるで借りてきた猫のようですけども。
「それはまったくそのとおり。君の料理は、未知ゆえの美味しさというのも大事な要素だろうしね。しかし、そのタコとやらはそんなに毛嫌いされるぐらい不気味なのかい。ボクは山の方の出身だから、偏見はないなあ」
「そう言うと思って、持ってきております」
「ヒッ!?」
待ってましたとばかりにまるごと茹でたタコをでん、と皿の上に載せると、ジョシュアが女の子らしい悲鳴を上げて飛び上がりました。
「こっ、こっ、こっ、これは、予想以上だなあ……! なかなかショッキングなビジュアルだよ! 気色の悪い赤色に、クルンと丸まってつぶつぶがたくさんついてる足、そしてブルンブルン震える頭と醜悪な顔……! あ、悪魔だね、たしかにこれは! これを王子様に食べさせようなんて、正気じゃあない!」
椅子の後ろに隠れるようにしながら、タコをこき下ろすジョシュア。
なんてひどいおっしゃりようでしょう。
でも、そんなジョシュアがなんだか可愛くて、私はつい(さっき笑われた仕返しという意味も込めて)意地悪を言ってしまいました。
「あら。ジョシュアは、驚きのあるものは食べる価値があるとか言ってなかったかしら。そんなに驚いてるタコの味を、調べてみなくてもいいの?」
「っ……!」
ジョシュアは、しばらく水を引っ掛けられた猫のような顔でこちらを見ていましたが、やがて引きつった笑みを浮かべると、タコの元へと歩み寄りナイフを手にしました。
「言ってくれるじゃあないか、シャーリィ。なるほどね、たしかにそうだ。こんな奇妙な生き物が、果たしてどんな味をしているか……確かめてみるとしようじゃあないか!」
そう言ってタコの足をぶった切り、震える手で口に運ぶジョシュア。
ですが、やがてくわっと目を見開くと、叫び声を上げたのでした。
「馬鹿な……美味い! 美味い、だと! 何だ、この繊細な味は! 見た目と違いすぎる! シャーリィ、君、これになにかしたのか!?」
「なにも。塩で揉んで茹でただけよ。タコは元から美味しいの。ちなみに、生でも食べられるわよ」
「……これを、生で食べるだって!? 冒涜的すぎる! 人類の常識を逸脱してるぞ! ちくしょう、でも美味しいなあこれ!」
悔しそうに言いながら、タコをあむあむとかじり続けるジョシュア。
どうやらハマったようです。
ただ、生で出すのは……やめておきましょう。たしか、雑菌があったり吸盤が喉に張り付いたりと、素人が出すにはハードルが高いと聞いたことがあります。
そんなこんなで、そろそろたこ焼きが焼き上がるかな、なんて思っていると、そこでまだアガタが固まったままなのに気づきました。
「どうしたの、アガタ。ずいぶん大人しいじゃない」
なんて側に寄って聞いてみると、アガタはちょっと困った顔で答えます。
「……ここだけの話なんだけど。私、塔の魔女のことをちょっとライバル視してたのよね……。凄い道具を作ってる、超一流の魔女だっていうから。私も負けてられないぞ、なんて思ってたん、だけ、ど……」
そして、ちらりと大騒ぎしているジョシュアの方を見て、ため息とともに言ったのでした。
「あんな、愉快な人だったなんて。どこか不気味に思ってた自分が馬鹿みたいで、拍子抜けしちゃって」
「あー……」
その気持ち、痛いほどわかります。
私もジョシュアと知り合うまでは、正体不明の怖い魔女を想像してましたから。
「でも、凄く良いヤツよ。これから、仲良くして欲しいな」
「わかってるわよ。あんただけじゃ大変だろうから、たまに私も果実や野菜を差し入れに来るわ。不健康そうだしね、あの人」
それは本当に助かります。
ジョシュアは、放っておくとどんどん弱る生活力ゼロの女なので、人の助けが必ずいります。
そう、まるでこまめに世話をしてあげないと死んでしまうゲームのキャラみたいに。
なので、たっぷり世話をして肥え太らせなくてはいけません。
そうすれば、あらよっとすごい発明をしてくれて、私の料理人生にさらなる発展をもたらしてくれるかもしれませんし。
(ふふ……それに、王宮の二人の魔女とお友達になれたなんて最高よね。どっちもとっても良い子で、とっても凄い人だからこれからが楽しみだわ)
最高の食材を提供してくれるアガタと、素晴らしい発明品を作り上げてくれるジョシュア。
みんなで一緒に、これからどんな美味しい料理を作ることができるのか。
楽しみでなりません。
ああ……それにつけても、クビにならなくて良かった。
こんな時間を、私は失うところだったのですから。
「ふうっ、焼けたわ! 会心の出来! さあ、食べて食べて、心を入れ替えて焼いたアン特製のたこ焼きよ!」
と、そんなことを考えていると、アンがたこ焼きを仕上げ満面の笑みでテーブルに並べ始めました。
ええ、もちろんこの最高の相棒であるアンも一緒ですとも。
そして、私達は共にテーブルを囲み、たこ焼きを食べ始めます。
最初は抵抗があった様子のアガタとジョシュアも、すぐに美味しい美味しいと喜び始め、やがて二人も自分で焼き始め、トッピングで用意したチーズやエビ、イカやお肉なんかもいれてアレンジたこ焼きを始め……。
夏が終わり、秋が訪れようとしているある日の夜。
こうして、私達は魔女の住まう塔で、最高のたこパを楽しんだのでした。
◆ ◆ ◆
「うーん……。おかしい、おかしいぞ」
王宮の中にある、大きな厨房。
メイドキッチンではない、本物の厨房で、コックの衣装を身に纏った男性が唸るようにそう呟きました。
痩せ型ののっぽで、立派な髭を蓄えたその中年男性の名前は、ローマン。
王宮の、ランチシェフ……つまり、おぼっちゃまことウィリアム王子に昼食をお出ししているシェフでした。
「最近、ウィリアム様がお昼に食べる量があまりに少なすぎる。前の半分ほどになってしまった。これはどういうことだ……?」
そう、彼には、最近悩みがありました。
お料理を出している王子が、あまりランチを食べてくれないのです。
いえ、もちろん大食漢の王子のことですから、それでも常人の数倍は食べます。
それでも、以前と比べるとあまりにも少食と言わざるを得ません。
「おかしい、料理の味は落ちていないはずだ。毎日毎日、俺は最高のランチをお出ししている。ウィリアム様が気に入ってないとは思えない」
ローマンはたいそうな自信家でしたので、そこには疑問がありません。
ランチの味は、間違いなく国で一番だと自負しています。
それに、味がよくないならすぐにわかるはずです。
なにしろ、王子は美味しくなければ絶対に食べてはくれないのですから。
「こちらの問題ではないはずだ。まるで、ウィリアム様が自ら食べる量を加減しているような……」
健康のためにそうしているのなら構いません。
以前から、王子の食べすぎを心配していましたから。
しかし、見ているとお腹がいっぱいでもう食べられない、というわけでもなく、王子は「ここはこれぐらいにしておくか」という様子なのです。
それはまるで、後の楽しみに胃袋をとっておくか、とでもいうような様子で、ローマンは不思議でなりません。
ディナーまでは、数時間。
それを楽しみにしているにしても、大食漢の王子には長すぎます。
はて、これはどう受け止めればいいのか。
ローマンが首をひねっていると、そこで誰かの可愛らしい声がかかりました。
「──教えてあげましょうか? 理由を」
「なにっ?」
突然の声に驚き、振り返るローマン。
すると、そこには小柄な少女が立っていたのです。
「こっ……これは、アシュリーお嬢様! こっ、このような場所に足を運んで頂くなどっ……」
そう、そこにいたのは大貴族の娘、アシュリーお嬢様。
本来ならば、厨房になど顔を見せるような立場の人ではありません。
驚き慌てたローマンは慌てて厨房の床に平伏しようとしますが、それをアシュリーが止めました。
「やめなさい。そういうの、いちいちいらないわ。面倒だもの。……それより」
そして、にやりと怪しく笑うと、アシュリーはローマンにそっと囁いたのでした。
「教えてあげるわ。どうして、王子様があんたの作ったランチをあんまり食べてくれなくなったのか」
そして、その囁きが、シャーリィたちをとんでもないピンチに陥れることになるのですが……。
続きは、次のお話で。




