まあるく美味しい熱々粉もの9
深々と頭を下げておぼっちゃまをお見送りした後、その場にへたり込んでしまう私。
とんでもない時間でした。もう、自分のしたことが自分で信じられないぐらい。
いくつタブーを犯しましたっけ。怖くて数える気にもなれません。
王宮に上がったばかりの頃は怖いもの知らずで、ケチャップつきのフランクフルトを毒味と称しておぼっちゃまの前で食べる、なんていう馬鹿なこともやりました。
ですが、今や私も立派な王宮の一員。
守りたいものもたくさん出来て、今回の一見は心の底から震えました。
でも、なんにしろ、おぼっちゃまに楽しんで頂くという最低限の条件はどうにかクリア出来たと思います。
「しゃ、シャーリィ、大丈夫……?」
アンもほうほうの体でやってきて、私の隣にへたり込みます。
ああ、アン。アンのことがありました。
私が、青い顔をしているアンに語りかけようとした、その瞬間。
上から、重い重い、言葉の塊が降ってきました。
「シャーリィ班。今すぐ私の部屋まで来なさい」
それは、言うまでもなくメイド長の言葉でございました。
鬼のような形相でこちらを睨みつけているメイド長。
私は、カタカタ震えながら必死に立ち上がり、引きつった顔で答えたのでした。
「はっ、はい、ただいま……」
◆ ◆ ◆
結論から、申し上げます。
クビには、なりませんでした。ええ、クビには。
そのかわり、メイド長のお部屋でねちねちねちねちねちねちねちねち長時間に及ぶお説教を喰らいました。
その間、私とアンは身じろぎ一つすることを許されず、拷問のような時間を過ごしたのです。
そして、最後に「今後新しい食材を使う時は必ず私に届け出るように」と厳しく言いつけられ、ようやく私達はメイド長の部屋から開放されたのでした。
「はあ、まいった……まいったわ……」
ガクガクする足を引きずり、廊下をトボトボ歩きながら呟く私。
こんなに辛かったのは、本当に久しぶりです。
早くキッチンに戻って、メイドの皆に不手際を深く謝罪した後、甘いものを食べて元気を補給したい。
そんなことを考えていると、私の後ろを歩いていたアンが声を張り上げました。
「しゃっ、シャーリィ! わっ、私、あのっ!」
その切羽詰まった声に、私は思わずビクリとしてしまいます。
今回、私が一番迷惑をかけてしまったのは間違いなくアンでした。
私の暴走に付き合わせ、地獄のような思いをさせてしまった。
もしかして、「あなたの班なんてもう嫌よ、私やめさせてもらうわ!」なんて言い出すんじゃないかと思って、サーッと血の気が引きます。
「私っ……ご、ごめんなさいっ!!」
ですが、私の予想に反しアンはそう謝罪の言葉を述べ、バッと頭を下げたのでした。
その目には、大粒の涙が光っています。
「私……もしかしたら、今回の食材は危ないんじゃないかって気づいてた。黙って出したら、怒られるんじゃないかって……。でも、迷っちゃって、どうしても言い出せなかった……。しかも動揺して調理を忘れるなんて、クビになってもしょうがないぐらいの大ポカしちゃった。私、あなたの仲間失格だわ……ごめんなさい!」
「……」
なんということでしょう。
青い顔をしたアンは、ずっと、私への申し訳無さに苦しんでいたのです。
今回のこと、アンは何も悪くありません。
彼女は、私の間違いに気づいていたけど、私に気を使って言い出せなかっただけなのです。
どうしても前世に感覚が引きずられている私には、タコがあれほど嫌われるなんて考えもしなかった。
ですが、あの様子では、おぼっちゃまに食べていただいた後に中身が知られれば、この程度では済まなかったことでしょう。
結果的におぼっちゃまは許して食べてくださいましたし、怒らなかったかもしれません。ですが、メイド長が許してくれたかどうかはわかりません。
そう、私は、アンの気持ちに気づくことができなかったのです。
本当は、アンだってタコを触るのも食べるのも嫌だったはずなのに。
「謝るのはこっちの方よ、アン。私、あなたにすごく苦労をかけちゃった。本当にごめんなさい」
そう言って、私はアンに深く深く頭を下げました。
「それに、あなたの気持ちに気づかなくてごめんなさい。クビだなんて、とんでもないわ。もう嫌かも知れないけど、どうかこれからも一緒にやって、私が暴走した時は止めてほしいの。私には、あなたが必要よ」
「……シャーリィ!」
そこまで言ったところで、感極まったアンが胸に飛び込んできて、私は慌てて受け止めました。
「ごめんなさいっ……ごめんなさい! 私、あなたのすることならきっと大丈夫だと思って、でも、ずっと不安で、言い出せなくてっ……。ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……!」
私の胸にすがりついて泣きじゃくるアンを抱きしめながら、私も涙が出てしまいます。
私は、なんて駄目なメイド頭なのでしょう。自分の大事な相棒を、こんなに悲しませてしまうなんて。
ただ、美味しいだけでは駄目なんだ。
宮廷で、王子様におやつを出すことの意味をもう一度胸に刻み込まないと。
こうして、たこ焼きは私にとって苦い経験の残る料理になってしまったのでした。
……それでも、心の底から大好きですけどね。たこ焼き。
◆ ◆ ◆
「あはははははは! それでつまり、奇っ怪なゲテモノをおやつに出したせいで大目玉を食らったってわけかい! いやあ、シャーリィ、君の話は本当にいつでも面白い! 最高だよ、君は! はははははは!」
と、薄暗い石造りの部屋に豪快な笑い声が響き渡りました。
声の主は……言うまでもないでしょう。塔の魔女こと、ジョシュアでございました。
「笑い事じゃないわよ、もう! 滅茶苦茶焦って、何度も心臓が止まるかと思ったんだから。生きた心地がしなかったわよ!」
と、卓上コンロでたこ焼きを焼きながら言うのは、もちろん私、シャーリィ。
あのたこ焼き騒動から数日。いろいろと落ち着いてから、結果報告も兼ねてジョシュアにたこ焼きを振る舞いにきているのでした。
時間は、夜。場所はもちろん、ジョシュアの部屋です。
……ちなみに、ジョシュアも今日はちゃんと服を着ています。私が着せました。
部屋も、調理をしてもいいぐらい綺麗です。私が徹底的に掃除しました。
ホコリだらけの部屋で素っ裸で過ごして、ジョシュアの体が悪くなったら困りますしね。
長生きしてもらわなくてはいけません。彼女には。
「ははは、悪い悪い。いやあ、なるほど、偏見ね。食に対する偏見というのは、なかなかどうして根深いものだからね。以前ボクが読んだ本には、食肉文化のないところで育った少女が肉を食べている人々を見て、こいつらは化け物だと思ってしまうというエピソードが書かれていた。それほど、食文化の違いとは根深いものだということだよ」
それを先に聞きたかったです。
でも、たしかに妙なものを食べる人種が他から恐れられる、なんて話は前世の世界でもありました。
そのあたりのことを考えられなかった私は……いえ、やめておきましょう。
後悔も、反省ももう山ほどしました。過ぎたるは及ばざるが如し。
失敗を記憶にとどめ、次に活かしましょう。
それに、たしかに今回は失敗しましたが、それはあくまでやり方の問題。
この国には、まだまだ未知の美味しい食材が眠っているのです。
それを諦めるつもりはありません。
いかにして偏見を乗り越え、新しい味を楽しんでもらえるか。
それが、今後の私の課題になりそうです。




