まあるく美味しい熱々粉もの8
「うむ、これは実に気持ちがいいな! うまく形を保ったまま顔を出してくると、なかなかに快感だ。それに、なんだか妙に美味しそうに見えるぞ!」
言いながら、次から次へとたこ焼きをひっくり返していくおぼっちゃま。
いや、本当に驚きました。
初めてとは思えないほど見事な手さばき。見様見真似でこれとは。
おぼっちゃまは何でもお上手、とは聞き及んでいましたが、こんなことまで得意とは。
やっぱり偉大な方なんだなあ、なんて私が呆けていると、おぼっちゃまがこちらを向いておっしゃいます。
「シャーリィよ、全部ひっくり返ったが、これはあとどれぐらい焼くものなのだ?」
「は、はい、おぼっちゃま。実はそこがキモなのでございます。たこ焼きは、このあと幾度か回しながら焼く時間で、かなり感じが変わってまいります」
せっかちな人は丸みがついた段階で取り上げますが、それだとお皿に盛った時べちゃりと潰れてしまいます。
それに、串やお箸で取ったときも非常に形が崩れやすい。結局、グズグズの状態で口に放り込むことになってしまいます。
とはいえ、焼きすぎてしまうと外が焦げて固くなり、中の水分も飛んでしまい微妙な思いをすることに。
そこを見極め、火加減も調整し、じっとタイミングを見計らう。
そこにたこ焼きの極意が詰まっていると言っても過言ではございません。
「かなり焼けてまいりましたので、ここからの数分で変わってまいりますが……おぼっちゃまは、中が固めと柔め、どちらがお好みでしょうか」
「うむ……そうだな。余は、ややトロけておるほうが好みだ。トロトロの生地が中の具材と混ざっておるものは、実に美味であった」
さすがおぼっちゃま、わかってらっしゃる。
そう、私もまさにそれぐらいが好みでございます。
ならばと火力を調整し、皿に盛っても丸みが保たれるギリギリのあたりで、私は一気にたこ焼きを取り上げます。
そして、じっと見ているおぼっちゃまの前で、ソース、青のり、カツオブシをトッピングしていく。
綺麗に並んで仕上がったそれに串を添えて、私は満面の笑みで言ったのでした。
「おまたせしました、おぼっちゃま! 次のたこ焼きにございます!」
「おお……」
目の前で出来上がったたこ焼きを見つめながら、感嘆の声を上げるおぼっちゃま。
そしてすぐに串で突き刺し、たこ焼きを口に運ぼうとなさったので、私は慌てて止めました。
「あっ、お待ち下さいおぼっちゃま! 出来たてですので、中はとても熱くなっております。そのままでは、お口の中をやけどしてしまいますわ!」
「むっ、そうか、そうであったな。むう……」
そう言って、おぼっちゃまは串を止め、恨みがましそうにたこ焼きを見つめました。
「どれぐらい待てばよい? 余は正直、今すぐ食べたいぞシャーリィよ! 多少やけどしてもこの際構わぬ!」
「えっ、あっ、え、ええっと……!」
まずい。まずいです。
おぼっちゃまは、さんざん焼けるのを待った後なのでもう我慢の限界のようです。
その気持ち、すごくわかります。
だって、私だって子供の頃に我慢できず、焼き立てたこ焼きを頬張って、無事口の中をやけどしてますから!
ですが、これからお仕事のおぼっちゃまのお口をやけどさせるなんて、とんでもないことです。
私は、一瞬迷って、ちらりとメイド長の方を見て、ええいままよ、と思い切った手に出ました。
「で、ではこうしましょうおぼっちゃま! 私が、ふーふーして冷ましますわっ!」
そう言って、ガバっとおぼっちゃまの隣にしゃがみ込み、たこ焼きを割り、そして私は、親が子供にするように、熱いたこ焼きをふーふーし始めたのでした。
「……」
視線を、感じます。ええ、感じますとも。
おぼっちゃまと、メイドの皆の驚きの視線はもちろん。
汚い物を見る目で私を睨みつける、メイド長の視線を……!
ここで止めが入るかと思いましたが、メイド長はぐっと堪えていてくれるようでした。
なら、やりきるしかない。必死にたこ焼きをふーふーし、いくらか冷めたぐらいの塩梅で、私はそれを持ち上げ、おぼっちゃまの前に差し出したのでした。
「おぼっちゃま、そろそろよろしいかと思いますわ! はい、あーんしてくださいませ、あーん!」
「なっ、なに?」
あっ、しまった……。
子供にやるように、そのままあーんして食べていただこうと思ったのですが、大人顔負けの知性を誇るおぼっちゃまにやるのは、まずかったかもしれません。
驚いた顔で固まっているおぼっちゃま。
どうしよう、ひっこめるべきか、と悩みましたが、やがておぼっちゃまは少し顔を赤く染めながら、可愛らしいお口を開いてくださいました。
「あ……あーん……」
やった! やりました!
ここぞとばかりに、そこにそっとたこ焼きを入れる私。
そして、おぼっちゃまはたこ焼きをあむあむとじっくりと味わった後、最高の笑みでおっしゃったのでした。
「美味しい! 先程より美味しいぞ、シャーリィ! 最高だ!」
よしっ!
そうですよね、なにしろ一緒に作ったんですもの。
美味しくないわけがない!
気を良くした私は、他のたこ焼きも割り開いてふーふーし、どんどんおぼっちゃまのお口に放り込み続けました。
おぼっちゃまは一つ一つ堪能しながら、うんうんとうなずいています。
「おいしいぞ、これが目の間で出来上がるのを待ったおやつか! 良い……実に良い!」
「それだけではありませんわ、おぼっちゃま。おぼっちゃまが一緒に作ってくださったたこ焼きですもの。美味しいに決まっております」
「うむ、そうであった。ふふ、僅かとはいえ自分で作ると、特別に感じるものなのだな。なんだか妙に愛おしいぞ」
なんて、おぼっちゃまったらなんとも楽しそう。
窮地に立たされ完全に暴走した結果ですが、結果的に喜んで貰えて良かった。
次を作り始めながらそんなことを考えていると、そこでアンがやってきてたこ焼きを並べました。
「つっ、次のたこ焼きにございます! おっ、おまたせして、本当に申し訳ありませんでした!」
「うむ、良い。気にするな」
そう言って、アンのたこ焼きを割り開き、熱すぎないかしっかり確認してからパクリと口になさるおぼっちゃま。
そしてあむあむと楽しんだ後、ふふっと笑顔を浮かべられました。
「うむ、美味しい、美味しいが余が作ったほうがさらに美味しいぞ。ふふふ」
なんて、すっかり料理人気分のおぼっちゃま。
もちろんいいのです、これで。たこパというものは、そういう楽しさを味わうのも醍醐味なのですから。
そして、おぼっちゃまはその後マヨネーズトッピングのたこ焼きも楽しみ、「月に一度はこのスタイルでたこ焼きを出すように」と、大満足してお仕事へと戻っていかれたのでした。
「はあ……やった……切り抜けたわ……」




