まあるく美味しい熱々粉もの7
私がおぼっちゃまの前にたこ焼き器をおいた途端、またメイドの皆がざわめきました。
「う、嘘でしょ……」
「しょ、正気とは思えないわ……おぼっちゃまに、料理を作らせるさせるつもり……?」
「さ、さすがにもうかばえないわよ、シャーリィ……」
その顔は、いずれも真っ青。
それはそうでしょう。言うに事欠いて、おぼっちゃまに調理をさせようなんて、言語道断もいいところです。
自分でも、顔が引きつっているのがわかります。
これで私のメイド生命は終わるかもしれません。
でも、もう止まれないのです。行くと決めたら、最後までやりきるしかない!
「……余自らが調理するというのか? たこ焼きとやらを?」
さすがのおぼっちゃまも、信じられぬと言ったご様子。
ですので、慌てて私はこう付け足したのでした。
「も、もちろん、基本的には私が作りますわ! ですが、目の前で出来上がっていくのを見るというのも楽しいものですわ、おぼっちゃま! なんでもずっと東の砂漠の王族は、料理人に目の前で調理させるのが大好きとかなんとか、行商人が言っていたような言ってなかったような。つまり他国では、できるまでの過程も料理の一部として扱うらしいのですっ!」
などと、あることないことまくしたてる私。
もちろんそんな王族の話なんて、聞いたこともありません。
ですが、できる過程を楽しむというのは、現代日本でも実際にあることでした。
鉄板を使い、肉やお好み焼きが出来上がるのを待つ時間は、それはそれは楽しいものでございます。
まあ私の場合は、いつもよだれをダラダラ垂らしながら「早く出来てー早く食べさせてー」と願っていたものですが。
とにもかくにも、この場は勢いでごまかすしかない。と、冷や汗をにじませながら思っていると、おぼっちゃまはこうおっしゃいました。
「なるほどな、そのような考え方があるとは。面白い! 良いぞ、試してみようではないか!」
と、子供らしい笑顔のぼっちゃま。
やった、やりました! なんとかゴリ押せました!
ならば、素早く焼き始めなければ。
ジョシュア特製の卓上コンロに火をつけ、温まったたこ焼き器にどんどん生地を流し込んでいく私。
ばっと生地が全面に広がると、それを見て不思議そうにおぼっちゃまがおっしゃいました。
「シャーリィ、生地が丸みから飛び出しておるぞ。これでよいのか?」
「はい、おぼっちゃま、今はこれでよろしいのでございます。まずはこの状態で焼き、中に具材を詰めてまいります!」
言いつつ、生地にねぎ、てんかす、そして自作のなんちゃって紅生姜を手早く入れていく私。
紅生姜は、赤梅酢が手に入らないので、特製の赤ワインビネガーで作ったものですが、これはこれで美味しゅうございます。
「なんと、驚いた。中にはこれほどたくさんの具材が入っておったのか」
「はい、おぼっちゃま。味が淡白にならぬよう、いろんなものをいれるのが、たこ焼きの美味しさの秘訣ですわ」
さらにタコの切り身を入れていく様子を興味深げに見ながら、そうおっしゃるおぼっちゃま。
おぼっちゃまが厨房に入ることなどまずないでしょうし、もしかしたら調理しているところを見るのも初めてなのかもしれません。
そして生地がある程度焼けてきたところで、私はびろんと一枚のように広がっていた生地を千枚通しで切り分けていきます。
更に飛び出した部分を丸みの中にすべて押し込み、確認してからくるりと回すと、真ん丸に焼けたたこ焼きが飛び出してきて、おぼっちゃまが驚きの声を上げました。
「おおっ、丸くなっておる。なるほど、こうやって作っておるのか!」
そのままくるんくるんといくつも回していく様を、おぼっちゃまは楽しそうに見ていましたが、やがてウズウズした様子でおっしゃいます。
「おい、シャーリィよ。そのくるくると回すのは楽しそうだな。余もやってみたいぞ」
「っ……いけません、おぼっちゃま! 王子ともあろう方が、そのようなっ!」
ですが、その瞬間、血相を変えたメイド長が声を張り上げます。
目の前で調理、までは仕方なく様子を見ていたようですが、ついに我慢の限界のご様子。
ひいっ、と私は千枚通しを握りしめて震えますが、おぼっちゃまはメイド長の方を見ながら、不満そうにぷうっと頬を膨らませました。
「なぜいかん。余の祖父君は豪胆な方で、狩りに出かけると自ら獲物の肉をさばいて焼き、皆に振る舞ったと聞いておるぞ。余もいつかはそういうことをするであろう。だから、多少なりとも学んでおきたい」
「それとこれとはお話が違います。調理はあくまで私どもの務め。王族の方の聖なるお手をわずらわすなど……」
「ええい、細かいことを申すな。余は、今とても楽しんでおるのだ。おやつの時間は余の時間である。つまり、好きにしてよいのだ。どれ、シャーリィ、それを貸すのだ」
そう言うと、おぼっちゃまは私の手から千枚通しをひったくり、靴を脱いで椅子の上に立ち、楽しそうにたこ焼き器を覗き込みました。
そして、「たしかこうしておったな」なんて呟きながら、つぷっ、とたこ焼きに千枚通しを刺し、ひらりと手首を動かします。
すると、くるんと見事にたこ焼きがひっくり返り、それを見ていたメイドの中から歓声が上がりました。
「すごいっ、おぼっちゃま! たった一回でそんなに綺麗にひっくり返るなんて! 私、できるようになるまでだいぶかかりました! お見事でございますわ!」
それは、アンの声でした。
向こうで、青い顔をして必死にたこ焼きを焼いていたアンが、援護射撃とばかりに声を上げたのです。
そしてそれを聞いたメイドの皆も、慌てて声を上げてくれます。
「さっ、さすがおぼっちゃま! お上手にございます!」
「なんて軽やかな手さばき! 素敵です!」
笑顔でおぼっちゃまを褒めちぎるメイド一同。
私達が助かるよう、せめてもの応援を送ってくれているのです。
なんだか、涙が出そうになりました。
すると、いくらおぼっちゃまが聡明な神童とはいえ、男の子ですから。
大勢のメイドにここまで褒められると、悪い気もしないようで、ふふんとお笑いになりました。




