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【書籍・漫画化しました!】異世界メイドの三ツ星グルメ ~現代ごはん作ったら王宮で大バズリしました~【旧題・美食おぼっちゃまの転生メイド】  作者: モリタ


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まあるく美味しい熱々粉もの5


 その言葉に、周囲から「ええ……」という戸惑いの声が上がりました。

そう、たこ焼きを出そうと思ったのは、すべてはそれが美味しいから。

そして、その中身となるタコも間違いなく美味しいからなのです。


 さしみに煮物、酢の物に唐揚げ、そしてたこ焼き。

タコを使った料理はいずれも絶品で、この美味しさを知らないなんて勿体ないにもほどがあるのです。


 だから私は、ただただ、純粋にそのことをお伝えしたかっただけなのです。

おぼっちゃまと、自分が大好きな美味しいものを共有したかった。


 そして……食べてもらった後にタコの外見について突っ込まれても、でも、美味しいですし!って押し切れると思っていた。

それが、いけなかった。


 おぼっちゃまにたこ焼きを食べていただきたい! 美味しさを共有したい! ただその一念に駆り立てられ、私はいろんなことから目を背け、そして……暴走してしまったのでした。


 世の中には食文化というものがあり、それから外れたものは忌避されるのが習わし。

私だって、虫料理を美味しそうだとはなかなか思えません。


 イナゴの佃煮やハチノコは食べたことがあり、とても美味しゅうございましたが、それでもなんの虫でもOKというわけでもなし。


 自分だってやや偏見のある食材がある以上、その事を考えるべきでした。

市場の皆さんの言葉や、アンの不安そうな様子。

それらに目や耳を傾けていれば、その危険性に気づけたはずなのに。


「美味しいから、か」

「はい、おぼっちゃま……。私は、このタコを使った料理が大好き。とりわけ、このたこ焼きは最高に美味しいと信じておりました。ですが申し訳ありません、私の独りよがりだったようでございます。この度は、とんでもない粗相をしてしまいました……。どのような処分も謹んで受けさせていただきます。こちらはすぐにお下げして……」


 言いつつ、私はたこ焼きの皿を取って下げようとしました。

ですが……そんな私の手を、おぼっちゃまの手が、ガッと掴んだのでございます。


「おっ……おぼっちゃま?」

「待たぬか、シャーリィ。誰が、下げて良いと言った? 余は食べぬなどと申しておらぬぞ」

「おぼっちゃま!?」


 その言葉に、珍しくメイド長が驚きの声を上げます。

とんでもないとばかりのメイド長、ですがおぼっちゃまは平然とおっしゃいました。


「別に毒があるわけでもあるまい。そもそもだ、不気味だ不気味だと言うが、食料というものは他に不気味なものが沢山あるではないか。動物の肉やキノコが不気味ではないとでも申すのか?」

「っ……」


 おぼっちゃまのその言葉に、私は心がぱあっと晴れるのを感じました。

そう、そうですおぼっちゃま! 世の中には、他にも不気味だけど美味しいものがたくさんありますよね!


 それをおいしそうだと思うのは、それを食べてきていて、おいしいと知っているから。

ただそれだけの違いなのでございます。


「おぼっちゃま、ですが……」

「クレアよ。今までさんざん余を楽しませたシャーリィが、これほど言っておるのだ。悪いもののわけがあるまい。余は食すぞ。それに、だ」


 言いつつ、おぼっちゃまは串でたこ焼きを一つ取り上げ、じっと見つめて。


「シャーリィが美味しいと言うものを食べ逃してしまっては、余は気になって仕事に戻れぬ」


 それを、ポイとお口の中に放り込んだのでございます。


「っ……」


 周囲から、音のない悲鳴が上がりました。

おぼっちゃまがもにゅもにゅとたこ焼きを食す姿を、固唾を呑んで見守る一同。

私も気が気ではありません。もし、お口に合わなかった時は、私は騒ぎを起こした上にまずいものを出してしまった、とんでもない駄目メイドです。


 その時は、クビもやむなし。

祈るように審判の時を待つ私。

そして、たっぷりと味わった後……おぼっちゃまは、目を見開いてこうおっしゃったのでした。


「……美味しい! なんだこれは、信じられないぐらい美味しいぞ!」

(よしっっ!)


 その反応に、私は思わず心の中でガッツポーズをしてしまいました。

やった、やりました! 逆転勝利!

満塁逆転サヨナラホームラン!


 私シャーリィ、ダイヤモンドに虹のアーチを描ききりましたわ!


「この丸い生地の部分は……小麦粉か? モチモチしつつも、よく焼けていてまずここが美味しい。しかも、中はトロトロで食感が違う」


 二個、三個と口に放りこみながら、驚きの声を上げ続けるおぼっちゃま。

生地は、小麦粉がメインですが、それだけではありません。

それに、出汁、塩や卵などを加えた特製のたこ焼き粉を使用しております。


 本来は醤油も少量加えるのですが、大豆がないのでそれは作れず。

今回は、魚から作ったお醤油……私特製の魚醤で代用しました。


 そして、今日のは水分を多めにしたトロトロタイプのたこ焼き。

外はカリカリ、中はトロトロを再現するのは本当に骨の折れる作業でした。

今日お出しするまでに、生地だけでどれほどの回数試したことか……。


 ですが、それだけの苦労をした甲斐はあった様子。

私が大好きな、縁日の屋台や駅前のたこ焼き屋のトロトロたこ焼き。

それを、無事この世界に生み出せたようです。


「それに……この、上にかかっておる黒いものがすごく美味しい……余は、大好きだ。シャーリィ、これはまたお主が作ったものか?」

「はい、おぼっちゃま! そちらは、ウスターソースと申します!」


 ウスターソース。みんな大好きな、あの真っ黒なにくいやつ。

お店に行けば棚いっぱいに種類が並び、揚げ物や粉物、色んな物にかけて皆様が日々楽しんでいる素敵なアレ。


 ですが、その原材料と作り方まで知っている人は、意外と少ないのではないでしょうか。

あの真っ黒なソース。実はあれは、いくつもの野菜や果物と香辛料を煮込んで作られたものなのでございます。


 玉ねぎ、トマトにりんごやにんにく。

シナモン、クミンやナツメグ、さらにローリエなどなど。

それこそ無数の食材を煮込み、砂糖や塩、お酢などを加え、煮込んで煮込んで、煮詰めたものがウスターソースの正体なのでした。


 とはいえ、残念ながらこの国では手に入らなかったものもあったので、色々と省いたり代用したりした結果、やや甘すぎるウスターソースになってしまいましたが……そこはやむなしというもの。


 なに、作り方を周囲に伝えれば、きっと技術が洗練されていって、いつか完璧なウスターソースがこの世に生まれることでございましょう。


「うむ、ウスターソースと申すか。余は、これが大好きだ! お主の作る調味料は、本当に美味しいな。だが、それだけではない。この、うねうね動いているカツオブシとやらと、緑色のものも味を構成しておるようだ」


 じっとたこ焼きの頭頂部を見つめながら、そうおっしゃるおぼっちゃま。

そう、まさにそのとおり、さすがわかってらっしゃる!

削ったばかりの風味豊かなカツオブシと一緒に降り掛かっているのは、そう、青海苔なのでした。


 カツオの旨味が凝縮されたカツオブシと、海苔の旨さが引き立った青海苔。

小さいながらパワフルな味わいを発揮してくれる彼らは、たこ焼きには欠かせません。


 ……なお、青海苔は私が海岸で拾ってきた海苔から作ったものですが……黙っておきましょう。今、これ以上この場が荒れるようなことは言いたくありません。


「そして……そしてだ。それらが美味しさを発揮する中で、中にたしかな触感がある。柔らかいようで歯ごたえがあり、噛めば噛むほど味わい深い、なにか。これが……タコとやらの味か」


 あむあむとたこ焼きを噛み締め、しっかりと味わうぼっちゃま。

そして。


「中に、これを入れておる意味がわかった。食感と味わいのために、これは是が非でも必要な食材なのだな。何が、悪魔だ……こやつは、天使のように美味しいぞ」


 ニッコリと微笑み、おぼっちゃまはそう言ってくださったのでした。

ああ……おぼっちゃま。天使だというのなら、あなたこそがそうですわ。

あなたは私の、天使様。

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