まあるく美味しい熱々粉もの1
「風が気持ちいいわ! どう、最高でしょうアン!」
と、私はギコギコとペダルをこぎながら、後ろの座席に座っているアンに声をかけました。
すると、彼女はぎゅっと私のお腹を抱きしめながら、半泣きの声で叫びます。
「こっ、怖いわシャーリィ! 急に倒れたりしないでしょうね!? なんでこの仕組みで走れてるのか、私はまだ理解ができないわ! ていうか、街の人達が全員こっちを見ていてすごく恥ずかしい! ああ、もう消えてしまいたいぐらいよ!」
なんてアンが言うので、ちらりと周囲に視線を向ける私。
すると、自転車で二人乗りをかましながら道を突き進む私達へと、皆様の視線がたしかに集まっておりました。
「あー、大丈夫大丈夫。みんな自転車が見慣れないから見てるだけよ。人の噂も七十五日よ、気にしちゃ駄目よアン」
「ウソ、七十五日もこの辱めを受けるの!? 嫌よ、私もう嫌! もう二度とアンタとこれには乗らないから!」
ぎゅっと抱きついてきながら、ギャーギャー文句を叫んでくるアン。
本当に可愛いやつです。
せっかく完成した自転車でこうして街に繰り出しているのだから、もっと楽しめばいいのに。
今私がこいでいるこの木製の自転車は、飛行機に組み込むものの試作品として、ジョシュアが作ったものでした。
そう、飛行機に動力として組み込むために私は自転車を提案し、そしてその前段階として独立した試作品の製造を勧めたのです。
結果、仕上がったのがこの自転車。
木製、と言ってもそれはボディの話で、チェーンとペダルはアントンさんに頼んで作ってもらった金属製、そしてタイヤはゴム製でございます。
ジョシュアが以前ゴムを研究したことがあってよかった。
確か前世の世界では、ゴムチューブは比較的近代に作られていた気がしますが、完成品を知る私と、魔女の力を持つジョシュアが組めばこれこの通り。
石畳の上を、私達を乗せた自転車は軽快に走り抜けてくれています。
もちろん前の世界のハイレベルなものとは比べ物になりませんが、かなり凸凹している馬車道でもなんとか走れています。
(とはいえ、まだまだ改良の余地はあるわね。木製のボディはギシギシ鳴って頼りないし、サスペンションがないから揺れが凄いわ。ペダルは重いし、スピードも出ない。でも……前世ぶりに乗る自転車、サイコー!)
なんてことを考えながら、ご機嫌に街をゆく私。
正直、前世ぶりの自転車をちゃんと乗りこなせるのか不安だったのですが、試してみると最初こそヨタヨタしたものの、すぐに乗りこなせるようになりました。
やはり、成功体験をすでに得ているということと、一度掴んだ感覚というのは体が変わっても失われないものなのかもしれません。
ただ、ジョシュアはそんな私を見て「信じられん……。設計を聞いた時は、こんなものを人間が乗りこなせるわけがないと思ったのに」と呆然と呟いていました。
たしかに、たった二つのタイヤで支えもなしに走る姿は、知らないと奇術の類に見えることでしょう。
ついでに言うと、ジョシュアはその後「これをヒコーキに組み込むのなら、ボクも乗れるように練習しなくちゃいけないということか? ゾッとするな!」と叫んでいました。
それはさておき。
こうして無事自転車を手に入れた私が向かう先は、港にある市場です。
以前、メイドになる前は足繁く通っていた市場。今日はそこで買い物をすべく、私は自転車を駆っているのでした。
王宮から港まではかなり距離があり、歩いて買い物に行くのは流石に辛かったのです。ですが、自転車ならばなんてことはありません。
「あー、風が気持ちいい! 久しぶりに自分の手で仕入れができるなんて、最高だわ!」
「でもシャーリィ、食材ならいつでも最高級のものが勝手に入ってくるじゃない! 自分たちで行く必要がどこにあるというの!? メイド長に外出許可をもらうのも大変なのに!」
私が嬉しそうに言うと、アンが後ろから不満そうに言ってきます。
そう、私達メイドが王宮の外に出るにはいちいち許可がいるのでした。
鬼のメイド長に理由を伝え、許可を求めに行く気まずさといったら、もう。
ですが、今回はそれを我慢してでも、どうしても欲しい物があるのでした。
私は不敵な笑みを浮かべ、ガバっと立ちこぎを始めながら答えます。
「今日は、王宮に入ってこない食材が目的なのよ! さあ、飛ばしていくわよアン!」
「えっ、ちょっ、待って、うわあああーーーーっ!?」
そんな、メイド服で自転車の立ちこぎをかます私と、必死にしがみついているアンの姿を、すべての通行人のみなさんが驚きの表情で見つめていたのでした。
◆ ◆ ◆
「こんにちは、おじさん! お久しぶりです!」
露店が立ち並ぶ海鮮市場にたどり着き、自転車を押しながら、私はとあるお店の前までやってきました。
そこは色んな種類の魚や貝がずらりと並んだ、お魚屋さんです。
すると、店長のおじさんが私の声に気づき、振り返ってニッコリと微笑んでくれました。
「おー、シャーリィちゃん! 久しぶりだねえ、君が王宮づとめになったって聞いて、おじさんびっくりして飛び上がったぜ! よく生きてたなあ、ちゃんとやれてんのかい!」
「ええ、正直何回もクビが飛びそうになったけどどうにかやってるわ。メイド長にはいつも睨まれてるけど!」
なんて軽口をたたき合い、アハハと笑い合う私達。
すると、ペダルをこいでもいないのに、ぜえぜえと肩で息をしていたアンが言います。
「随分と仲がいいみたいね……。知り合いなの?」
「うん、ここは他のお店では扱ってないような物も売ってくれるからね。便利でいつも利用していたの」
「シャーリィちゃんは、誰も食べないようなものを欲しがるからねえ。ほんと変わった子だよ、ガハハ!」
と、豪快に笑う店主さん。
そう、ここは王宮に上る前に私が贔屓にしていたお店なのです。
なぜかと言うと、ここが漁師さんの経営している店で、『網にかかったのはとりあえず並べる』お店だからなのです。
たとえ、売れないからと漁師さんのほとんどがすぐに捨ててしまうようなものであっても。
「それで、今日はアレありますか? 手持ちは殆ど使っちゃって、新しいのが欲しいの」
「ああ、網にかかっちまったやつがあるが……いつも思うが、こんなもんどうするんだい。こんなの持ってくのは、君以外には貧乏暮らしのばーさんぐらいだぜ」
と不思議そうに言いながら、おじさんは店の隅っこに捨てられたように置かれていた物を持ってきてくれました。
それは、緑色でびろびろの、ねっとりとしていて海に生えているアレ。
この国の人々が、食べ物とすら認識していない海藻。
そう、昆布でございました。
「シャーリィ、なにそれ? 海藻じゃないの。そんなものどうするの?」
「なにって、食べるのよ。決まってるじゃない」
アンにそう答えながら、昆布の状態がいいのを確認して、ニンマリと笑みを浮かべる私。
こいつは良いお出汁が出そうです。
しかしそんな私の後ろで、アンは「えっ、嘘でしょ!?」と驚きの声を上げました。
その反応は、まあこの国では普通と言えるでしょう。
そう、この国の人はほとんど昆布を食べません。
昆布のことを完全に、海に生えてる汚いなにかとしか思ってなくて、食べるなんて発想が湧いてこないようです。
(ほんと勿体ないわね。こんなに良い昆布なのに)
エルドリア近海のミネラルたっぷりの海で育った昆布には、これでもかと旨味が詰まっていて、しっかり乾燥させて料理に使うと最高のお出汁が出るのです。
今嫌そうな顔で昆布を見ているアンだって、これを使った料理を何度も美味しい美味しいと食べていたのでした。
知らぬが仏、というやつです。
「よし、これで今日の目的の半分は確保したわ。後は……」
昆布と一緒に買ったとある魚も買い物かごへと大事にしまって、私はさらにキョロキョロとお店の中を見回します。
すると、店の奥の方で店員さんが話しているのが聞こえてきました。
「うえ、こいつまた網にかかったのかよ。うねうねしてて、気持ちわりー」
「”悪魔の魚”なんて呼ばれて気味悪がられてるのに、なんでこんなもんまで持ってくるかね。とっとと海に捨てりゃいいのによお。船長の勿体ない精神にも困ったもんだ」
あっ、これはもしや。
ピンときた私は店内をずんずんと歩いていき、店員さんたちが見ていた生け簀を覗き込みました。
すると、そこにはうねうねと蠢く予想通りのあいつが。
触って確認したところ、状態も実に良し。ウンウンと一人で頷いている私に、背後からアンが恐怖の籠もった声で尋ねてきました。
「しゃ、シャーリィ!? あ、あなた……なにしてるの!? それをどうするつもりなの! ま、まさか……」
「どうって、決まってるじゃない。もちろん」
そして、私は振り返り、にやーっとほほえみながら答えたのでした。
「おやつの材料に使うのよ。当たり前でしょう、私達はおやつメイドなんだもの」




