塔の魔女とクラブハウス・サンドイッチ6
私の話が、真実でも嘘でもどっちでもいいと言うジョシュア。
どういう意味です、と尋ねると、彼女は大仰なポーズとともに答えます。
「つまりだね、これが本当でも、君が思いついた嘘でも、どっちでもボクにとっては素晴らしいってことさ! これはまさに、インスピレーションの塊だ! これが全部君の作り話だとしたら、君は間違いなくボク以上の天才だよ。なにしろ、どれもこれも理に適っているんだからね。その発想に触れられただけで、ボクには十分すぎるってわけさ!」
「そ、そんなに凄かった?」
「ああ、凄いなんてもんじゃない! 燃焼機関、という発想はボクにもあった。だがまさか、それを雷の力を生み出すために使うなんて、まさに奇想天外だ! 世界中の誰がこんなこと、思いつくもんか! しかも、その電気を、荒ぶる力をすべての庶民の家で利用できるよう、完全に制御するだって!? これはもう神の技術だよ! ああ、いま君から聞いた話をすべて消化するには、ボクの人生が十回以上は必要になるだろう。ああ、ちくしょう、人生が有限であることをこんなに悲しく思ったのは初めてだよ!」
……なるほど。
どうやら、私が話した科学のことだけで、彼女にとっては莫大な価値があったということのようです。
そして、彼女はどこかでそれが可能だと理解できたのでしょう。だから、真実でも作り話でもどっちでもいい、と。
実に研究をやっている人らしい考え方ですが、そこで私はふと考えてしまいました。
「あれ、でも冷蔵庫やコンロはジョシュアが作ってくれたのよね? 電気やガスなしで、あれらをどうやって動かしてるの?」
そう、たしかあれらは魔女様の発明だったはずです。
私が不思議そうに言うと、彼女は、ああ、とつぶやいてつまらなさそうに言いました。
「あれはね、ズルをしているんだよ。ボクは魔女だからね。力があるんだ。ボクの力はね、”保存”なんだよ」
「保存……?」
「そう、保存さ。冷気や熱気を物の中に留めておけるんだ。たとえば冷蔵庫だが、アレの中には、少しばかり混ぜものをした氷が入っているんだ。氷の冷気なんてものは、本来はほんの数時間で失われてしまうものだが、ボクがそれにちょいと細工をすれば長い期間、冷気を放ち続けるというわけさ」
なんと。そういう構造だったのですか。
いつでも冷えてて凄いなー便利だなーって思ってましたが、そんなオカルトチックなしくみだったとは。
……ん?
あれ、ちょっと待って下さい。
その、特製の氷はいつまでもは持たない。と、いうことは……。
「つまり、ボクが死んだ後はアレは使えないということさ。不便だろう、個人の能力なんかに頼った道具なんてものはさ」
えー!
嘘でしょ、それは知らなかった!
じゃあ……じゃあ、彼女が栄養失調で死んだりしたら、キッチンから冷蔵庫やコンロが失われる……ってコト!?
とんでもないことです。
それだけは阻止しないと!
彼女には、私より長生きしてもらわないと困ります!
こうして、私は固く誓ったのでした。
必ず彼女をブクブクと健康的に太らせて、たっぷり長生きさせてやると!
などと私が一人で熱く盛り上がっていると、ジョシュアはまたメモを見つめ、満足そうに呟きました。
「しかし、凄い。本当に凄い。人生の目標が、いきなりフルコースで飛んできた。ぜひ作ってみたいものばかりだ。ヒコーキを完成させるのにも、大いに役立ってくれるだろう。ただ惜しむらくは、前世の君があまり興味がなかったせいか、細かい仕組みがわからない点だが……まあいい。そこはボクの頑張りで補おう」
「…………」
それを聞いて、私は不思議に思ってしまいました。
彼女は、すでに完成されている物の話を聞いて、それを真似するつもりなのだろうか、と。
彼女は空を飛ぶ夢を叶えるため、自力で飛行機の製作を目指していたようです。
なのに、今私が持ってきた、いわば”答え”をすんなりと受け入れるのは、どうしてなのでしょう。
普通、自分が好きで研究していたことなら、そんなものに頼らず自分で完成させたいと思うものではないでしょうか。
考えてもわからないので、私は素直にその事を質問してみました。
すると、彼女は小さく笑ってこう答えたのです。
「なんだ、そんなことか。そんなこと全然気にしないよ。そもそも、ボクがなにかを作ることに傾倒し始めたのは、人の影響をうけたからだからね。これだって同じことさ」
「えっ、そうなの?」
「ああ。さっきも言ったが、ボクは貧しい農家に生まれた。だけど毎日、生きるためだけに働くということがどうしても合わなくてね。親父に殴られても、仕事をサボってよく妄想にふけっていたものさ。空を飛んだり、誰も行ったことのない大地の果てまで旅したり、そういうのをね。ボクにとって、それはただの夢物語に過ぎなかった。だけど……ある日、出会ってしまったのさ」
「だ、誰と?」
身振り手振りを加え、朗々と語り続けるジョシュア。
私は話に引き込まれ、早く続きを知りたくて急かしてしまいました。
「とある老婆と、さ。彼女は、ある日ふらりとボクの村にやってきた。腰の曲がった、年老いたおばあさん。だけど不思議にも、その瞳はまるで少女のよう。そんな彼女を、村の大人たちはいたく歓迎し、尊敬とともにこう呼んでいたのさ……”森の大魔女様”と」
「……森の大魔女!」




