塔の魔女とクラブハウス・サンドイッチ5
「──と。こういうわけなのです。私が飛行機を知っているのは、そのせい。そして、私はこの世でかつての味ともう一度巡り合うために、メイドとして奮闘しているわけでございます」
ひとしきり話し終え、私はそう締めくくります。
私に前世の記憶があることも、前世の世界がここより遥かに進んだ世界であることも、そして私が前世での食べ物を再現するために頑張っていることも、すべてお話ししました。
「……なんと。これは……なんというか」
聞き終えた魔女様は、しばらく呆然とした様子でしたが、やがてそう呟きます。
彼女は私の話に時折口を挟み、また時には熱心にメモを取り、とても真面目な顔で最後まで聞いてくれたのでした。
「なんというか、そう……どう言えば、いいのか……」
じっとメモを見つめながら、口ごもる魔女様。
それはそうでしょう、こんな突拍子もない話を聞かされて困惑しないほうがどうかしています。
ですが、私の方は初めて人に秘密を話せてすっきりしました。
信じてもらえないのはしょうがないです。まあこの話はなかったことにして、気持ちを切り替え、今後も魔女様にしっかり食べてもらえるよう頑張りましょう。
……そう、思ったのですが。
しかし次の瞬間、魔女様はがばっと椅子の上に立ち上がると、大きな笑みを浮かべてこう叫んだのでございます。
「そう……これは、最高だ! なんて最高なんだ! ああ、ボクの脳がビリビリ痺れるほど、とっても刺激的な話だった! なんて、なんて凄いんだ異世界! ありがとう、君! 君は素晴らしい!」
「えっ」
予想外の展開に、戸惑う私。
ですがそんな私を置いてけぼりにして、魔女様は頬を紅潮させ興奮した様子で続けます。
「ああ、何十人を同時に乗せて飛ぶヒコーキに、地上を高速で走り回るクルマやデンシャ! 世界中を繋ぐインターネット! 宇宙に、星に、宇宙船! そして、それらのエネルギー源として使われる燃焼機関に、電力発電! 凄いぞ、天才すぎる! 天才だらけなのか、異世界! 凄いぞー!」
「おっ、落ち着いてください! 椅子から落ちますよ!」
「これが落ち着いていられるものか! こんな刺激、そうそうないぞ! そうだ、この感動を歌にしよう! ラララー!」
と、椅子の上でくるくる周りながら歌い始める魔女様。
しかしその時、毛布がハラリと落ちて、私は驚きの声を上げてしまいました。
「ちょっ、ちょっと! なんで毛布の下、裸なんですか!?」
そう、毛布の下からは彼女の裸体がこんにちわ。
なんと、彼女は素っ裸の上に毛布を纏っていただけなのでした。
慌てて毛布を拾い上げかぶせると、彼女はこともなげにこう言ったのです。
「ああ、実は服をなくしてしまってね。この部屋のどこかにあるのは間違いないのだが。まあいいだろう? 毛布があるんだし」
良くない。ちっとも良くないです。
どういう考え方ですか、それ。
というか、自室で服をなくさないでください!
しかし、これではっきりしました。
塔の魔女様。彼女は、とっても変わっていて、そして……とっても、生活能力がない人なのでした。
そう、誰かが介護してあげなくちゃいけないぐらいに。
私は慌てて部屋中を引っ掻き回し、用途のわからない道具たちの中から、どうにか彼女の服を見つけ出したのでした。
なぜか、全部男物でしたが。
「ほら、しっかり着てください! ちゃんと袖を通して!」
「やれやれ、面倒だなあ。服なんて着るのは面倒だし窮屈だし、いいことなんてなにもないよ。……いや、待てよ、君の前世とかいうその世界では服も進化してるのかな。一瞬で着れたり、洗う必要がなかったり。そこのところどうなんだい」
「残念ながら、服はあまり変わっていません。ああもう、この服よれよれじゃないですかもう」
洗濯は出しておけばお世話係がしてくれるはずなのに、この体たらく。
おそらく服をカゴに出すことすら億劫だったのでしょう。
なんてダメ人間。持って帰って、後で私が全部洗濯するしかないでしょう。
そして、どうにか男物の服を着せ、彼女の興奮が落ち着いてきたところで、改めて私達は会話を再開したのでした。
「しかし、君のこの話は……あー、えっと。……失礼。そういえば、君の名前をまだ聞いてなかったね」
少しバツが悪そうに魔女様が言います。
どうやら、ようやく私を個体認識する必要性を感じていただけたようです。
なので、私はまっすぐに立ち、深々と頭を下げながら今更な自己紹介をしたのでした。
「私、新人……というには少々時間が経ってしまいましたが、とにかくメイドのシャーリィにございます。よしなに」
「シャーリィか。素敵な名前だね。君に似合っている。ボクは、ジョシュア。塔の魔女、なんて呼ばれてるらしいが、正式には創造の魔女という名を頂いている。よろしく、シャーリィ」
塔の魔女様、もとい創造の魔女様は微笑んでそう答えてくださいました。
ですが、ジョシュア、という名前を聞いて私は少し驚いてしまいます。
(ジョシュアって、この国では男の人の名前、よね……?)
たしかそうであったはずです。
女性につくこともあるのかしら、などと考えていると、ジョシュア様はニヤリと笑って説明してくれました。
「いやなに、ボクはもともと貧しい農家の生まれでね。父は、働き手になる男の子が欲しかったんだ。なのに、細っこい女の子、つまりボクが生まれたもんだから、父は意地になって男の名前をつけ男として育てようとしたのさ。ボクにはどうでもいい話だけどね」
それは、まあ、なんともはや。
まさか子供にそんな理由で名前をつけるとは。
ちょっとひどいな、と思いましたが、まあジョシュア様が気にしていないなら別にいいでしょう。
「では、ジョシュア様。どうぞよろしくおねがいします」
「様、はいらないよ。ジョシュアでいい。あと敬語もいらない」
「わかりま……わかったわ、ジョシュア」
「うん、それでいい。君にはこれからたくさん前世の話をしてもらうことになるからね。堅苦しいのは抜きにしよう」
え。
私的にはもう十分話したんですが、まだまだ話さなきゃいけない感じですか?
これって、もしかしなくても私がもっとも警戒していた”前世のことを洗いざらい白状させられる”コースなのでは……。しくじった……。
「で、でもですね、本当に信じてくださるのですか? こんな突拍子もない話を」
「信じるとも。いや、信じるというか、ボクにとっては真実でも嘘でもどっちでもいいと言ったほうがいいかな」
ジョシュアがまた何か理解に苦しむことを言い出しました。




