塔の魔女とクラブハウス・サンドイッチ2
そう言って、私はサンドウィッチの一つをがしっと掴み、ぬっと魔女様の顔の前に差し出します。
すると、魔女様はぎょっとした顔をし、ようやくキャンパスではなく私の方を向いてくれました。
「おいおい、何の真似だい? 放っておいてくれと言ってるだろう」
「お邪魔をして申し訳ありません、魔女様。ですが、私は必ず魔女様にお食事をとっていただくよう申し付けられております。しかるに、これならば手を動かしながらお食事をしていただけますでしょう。名案だと思いませんか? これこそ利害の一致というやつでございます」
「……変わってるな、君は。まあいい」
そう言って、魔女様は描く作業に戻りつつも、私の差し出すサンドウィッチにかぶりついてくださいました。
すると、焼いておいたパンがカリッと鳴り、さらに中に挟まれたレタスがしゃきしゃきと音を立てます。
そのまま興味もなさそうにもしゃもしゃすること一度、二度。
そして、三度噛み締めたところで、魔女様はぎょっとした顔をなさいました。
「……なんだこれは。君、今ボクに何を食べさせた?」
と、驚きの声を上げる魔女様。
一瞬、怒ったのかと思いましたが、その視線は興味深げに、自分のかじった跡がついているサンドウィッチに向いています。
どうやら、単純に自分が食べたものがなんなのか知りたいだけのようなので、私はこう答えたのでした。
「クラブハウスサンドにございます」
クラブハウスサンド。
アメリカ発祥であるらしいそれは、サンドウィッチの一種、と言っていいでしょう。
その最大の特徴としては、パンをトーストしてあることが挙げられます。
その間に挟むものにさほど細かいルールはないようですが、今回はパンに厚くバターを塗り、新鮮レタスに目玉焼き、厚く切ったローストビーフ、カリカリベーコン、そしてとびきりのトマトを載せ、さらに私の作った特製ソースをたっぷりと付けてサンドしました。
さらにそれを、ついでに作っておいてもらった型焼き機、ホットサンドメーカーでこんがりトースト。
それを半分にカットしたものを、私は持ってきたのでした。
なので、正確にはクラブハウスサンド風ホットサンドと言ったほうがよいのかもしれませんが、まあ細かいことは言いっこなしです。
「クラブハウスサンド……? 聞き慣れない名前だ。それに、なんだ今の味は? 凄まじく複雑な味がしたし、おそらくボクが知らないものがたくさん入っていたぞ。ちょっと失礼!」
そう言って、魔女様は私の手からクラブハウスサンドを奪い取り、しげしげと観察を始めました。
断面を観察し、次にパンを剥がして中を一つずつバラし始めます。
「レタス、卵、ベーコン、それと何かの肉……おそらく牛肉かな。ここまではわかる。だが、この赤い物はなんだ? 食べたことのない味がするし、真っ赤だ。野菜の一種かな。だがなにより、このかかっているソースだ。このソースは何だい?」
どうやら、ソースに特に興味を持たれた様子。
なので、私はニッコリと微笑んでこう答えたのでした。
「オーロラソースでございます」
ここで言うオーロラソースとは、ケチャップとマヨネーズを組み合わせたソースのことを指しております。
これがもう本当に色んな料理に合う素晴らしいソースで、クラブハウスサンドに入れると、とても味わい深くなるのでございます。
なお、フランス料理で使われる本来のオーロラソースは、ベシャメルソースにトマトを加えたものらしいのですが……まあ、そのあたりはいいでしょう。
なんにしろ、ケチャップもマヨネーズもこの世界の人達には未知のもの。
私が前世から知識を持ち込んで、おそらくこの世ではじめて作っているのですから。
それらをさらに混ぜ合わせてあるとなれば、それはもう不思議に思うのも当然でございます。
「オーロラソース……。奇妙な名だが、なるほど、面白い味だ。とりとめのない具材を、これが一つにまとめ上げている。実に興味深い……」
などと言いながら、食べもせずジロジロと観察を続ける魔女様。
どうやら、食欲以上に知的好奇心が刺激されたご様子。
なるほど、一度気になると調べずにはいられない性格のようです。
「基本はサンドイッチだが、こんな複雑で奇妙な種類は見たことがない。なるほど、これを作った人は、なかなか独創的な人物のようだ」
散々バラバラにして確認し終わった後、感心した様子で魔女様はおっしゃいました。
そして一つ一つ丁寧に元通りに組み立て、自分の手でかじりつき、ウンウンと納得したように何度も頷きます。
「複雑なパーツを組み合わせ、一つの大きな味を完成させている。まるで精巧に組み上げられた装置のようだ。いつも運ばれてくる、なんの面白みもない食事とは大違いだ。これなら、食べる価値がある」
「えっ。では、いつもの料理には食べる価値がないから手を付けずにいた、と?」
「ああ、そうさ。つまらないものを口にするなんて、時間がもったいないだろう? それに、つまらないものをお腹に詰めると、ボク自身もつまらなくなってしまう。それならお腹が空っぽのほうがまだマシというものさ。驚きのない食事の時間ほど、無価値なものはないよ」
……驚きました。普通は、食事は生きていくために必要なことであり、つまるとかつまらないとかそういうものではないはずです。
なのに、彼女的にはつまらないものを食べるぐらいなら餓死したほうがマシみたいです。
天才の考えることは、わかりません。
「だが、このクラブハウスサンドとやらは、ボクの食に対する常識を揺るがしてくるね。ただ焼いただけとか、ただ美味しく作っただけとかじゃない。これには、こう組み合わせてこういう味を目指すという”設計”がある。実に素晴らしい。こういうものなら大歓迎だよ」
「はあ……」
そういうものでしょうか。
まあ、いろいろと理由をおっしゃってますが、結局は「口に合う」ということでございましょう。
たったそれだけのことに、いくつもの理由をつけ熱弁を振るう。
どうやら、塔の魔女様はそういう方のようでございます。
なんにしろ、食べてもらえて安心しました。




