塔の魔女とクラブハウス・サンドイッチ1
そして、その日の夕刻。
私は王宮の端にある、古ぼけた石造りの塔へと足を運んだのでした。
元々は監視塔だったらしいのですが、王宮が改築されていくとともにその役割を終え。
放置されていたものを、今では魔女様が好き勝手に使用しているとのこと。
それゆえ、塔に住まう魔女……つまり塔の魔女と呼ばれるようになったらしいです。
「うわー。このあたり、夜に来ると結構不気味ね」
塔の周りには照明がないので、頼れるのは手元のランタンだけ。
そのやや頼りない明かりで照らしながら、入り口の扉を押すと、それはギギィ~っとなんだか恐ろしげな音を立てながら開いていきました。
そっと内部を覗き込むと、そこは薄汚れていて、上に向かう螺旋階段が伸びています。
「おじゃましまーす」
一応挨拶をして、ランタンと、食事の入ったバスケットを手に階段を上がっていく私。
そう、私は無事お姉さまに交代してもらい、塔の魔女様へと夕食を届けるお仕事に来ていたのでした。
「そうね。あなたなら変人同士、気が合うかもしれないし」
とは、代わりが見つかってホッとしているお姉さまの弁でございます。
そうか、あのお姉さまも私のことはちゃんと変人だと思っていたのか……。
などと思いつつ、明かりのついてない階段を頑張って上がってゆきます。
静かな塔の中にカツンカツンと自分の足音だけが響いていて、なんとも不気味な雰囲気。
(まあ、私は怖いのとか結構平気だけどね)
前世でホラー映画を見に行った時も、友達たちがぎゃーぎゃー怖がっているのを他所に、私だけもりもりとポップコーンを食らっていました。
友達に無理やり引っ張られて男女混合で行った遊園地でも、お化け屋敷でピクリとも驚かないので男の子に呆れられたものです。
なんて前世を思い返しているうちに、やがて階段は扉に突き当たりました。
私はちょっと緊張してしまい、大きく深呼吸。
おばけは怖くないですが、塔の魔女様の不興を買うのは怖いです。
嫌われぬよう、気をつけてご挨拶しなければ。
意を決し、恐る恐る扉をノックしますが、中からは何の返事もありません。
(あれ。もしかして寝てらっしゃるのかしら)
それだと迷惑になってしまうかも。
そうは思いましたが、試しに押してみると、扉に鍵はかかっておらず、あっさりと開きました。
「し、失礼しまーす」
声をかけ、中へと入る私。
すると、そこは広い空間に所狭しと物が詰め込まれていて、まるで倉庫のよう。
部屋は薄暗く、置かれているのは、金属や木製のよくわからないものばかり。
ガラクタかしら、と思いましたが、よく照らして見てみると、それはなにかの装置のようでした。
塔の魔女は、発明の魔女。
珍品をこさえては王族の皆様に献上するのがそのお役目。
ならば、これらはおそらく彼女が作った物なのでしょう。
しかしそれらはあまりにも雑然と置かれ、部屋のあちこちにほこりも溜まっている始末。
こんなところに本当に人が住んでいるの?と疑問に思いましたが、しかしよく見ると、部屋の中央だけはロウソクの明かりで照らされていました。
そして、そこには大きな絵を描くためのキャンパスが置かれていて、その前には毛玉のようなものが転がって……。
いえ、違います。よく見るとそれは、人でした。
どなたか、ボサボサの赤い髪をした方が毛布にくるまったまま椅子に座り、一心不乱に、キャンパスに何かを描いているのでございます。
(……この方が、魔女様かしら)
その方は、描くのに夢中で私が入ってきたことにすら気づいていないご様子。
なので、私はわざとらしく咳払いを一つ、そしてこう声をかけたのでした。
「失礼します。お夕飯をお持ちしました、魔女様」
そして、じっと返事を待ちますが、その方は忙しそうにペンを走らすばかりで、何の反応もしてくれません。
聞こえてなかったのかしら、と思った矢先。
そこで、お返事がきました。
「ああ、ありがとう。今は忙しいから、そこに置いておいてくれたまえ。後でいただく」
それは、ややハスキーな女性の声でございました。
彼女は振り返りもせずにそう言うと、また描く作業に戻ってしまいます。
なんとつれない態度でしょう。
ですが、こちらもそう言われて、ハイそうですかと帰るわけにはいきません。
彼女にしっかりと食事をさせるのが今回の私のミッション。
放っておくと、きっとまた手を付けてくれないことでしょう。
なので、私はそっと近寄って近くにあった小さなテーブルを運び、そこに彼女のために作った夕飯を広げました。
それは、研究に夢中で食事を忘れるという彼女が、片手間で食べられるように工夫したもの。
そう……色とりどりの、サンドウィッチでございました。
「見てください、魔女様。お夕飯のサンドウィッチにございます。頑張って作ってまいりましたわ。美味しいですよ」
「……」
「お好きな食材はなんですか? お肉、お魚、それともお野菜でしょうか。手軽に取れるよう、いろいろサンドしました」
「すまない。言っただろう、今良いところなんだ。放っておいてくれたまえ」
ようやく返事をしたと思ったら、やっぱりつれない。
魔女様は描くことに熱中していて、やはり私の方を見てもくれません。
むう、と不満げな声を上げつつも、そこでじっと彼女を観察する私。
毛布にくるまった彼女は、インクで汚れてはいますがなかなか男前(女性に対して言う言葉ではないですが)の顔立ちをしていました。
歳は多分、私より二つか三つ上でしょうか。それでもまだ少女と言ってよいはずです。
こんな方が、すでにバリバリ働いていて、この世界で、自力で冷蔵庫やコンロを開発してるなんて。なんて凄いんでしょう。
魔女の力もあるでしょうが、それだけであんな凄い物はできないはず。
類まれな才能の持ち主であることは間違いありません。
ですが、その体つきは毛布の上からでもわかるぐらい細いものでした。
痩せてる、を通り越してほとんど栄養失調までいってそうなぐらい。
本当に、ほとんど食事を取らずに生活しているようです。
食べるものも食べず、こんな調子で好き勝手な生活をしていては、体が持ちません。
物事を継続するために必要なのは、ちゃんとした栄養補給と睡眠。
その一つである食事を疎かにする者に、未来はないのです。
かといって、言って聞いてくれるような方ではないご様子。
ならば、致し方ありません。強硬手段をとるだけです。
「わかりました。どうしても忙しくて食べる時間がないというのでしたら、私が横から食べさせて差し上げますわ! はい、あーん」
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