アイス・アイス・ドリーミン7
「おっ、おぼっちゃま!? 大丈夫でございますか!?」
「おぼっちゃま、しっかり! しっかりなさってください!」
メイド全員が一斉に悲鳴のような声を上げ、中庭は蜂の巣をつついたような大騒ぎ。
私を弾き飛ばして、心配そうな顔でオロオロとおぼっちゃまを取り囲みます。
「おぼっちゃま、しっかり!」
「こ、この痛がりよう、まさかご病気……!?」
「いえ、それよりまさか……なにか悪いものを食べてしまわれたのでは……!?」
「まさか、毒!? シャーリィ、あんた、何を食べさせたのよ!」
苦しんでいるおぼっちゃまに声をかけつつ、ついには私に非難の声を飛ばしてきます。
やばい、こういう状況は想定していたのに、出遅れてしまいました……!
「ちっ、違います、これにはちゃんと理由があるんです! おぼっちゃま、おちついてこちらをお飲みください! すぐに良くなりますから!」
慌ててメイドの波をかき分け、おぼっちゃまの元にたどり着き、あえてぬるくしたお茶を差し出します。
私に言われるまま、すがりつくようにお茶をぐいっと飲むおぼっちゃま。
すると、その顔色がみるみる良くなり、やがてケロッとした様子でおっしゃったのでした。
「……なんと。頭が痛いのがぴたりと治ったぞ。不思議だ」
そのお言葉に、私を含めたメイド全員がホッとした顔をします。
そして、メイド長が固い声で私を問いただしました。
「これはどういうことですか、シャーリィ。説明なさい」
「はっ、はいっ。おぼっちゃまは頭が痛くなったのではございません。アイスのせいで喉が冷えてしまい、それを頭痛と勘違いなされたのですわ。よくあることにございます」
そう。それは冷たいものを一気に食べた時に起きるもの。
喉頭が急激に冷やされ、それにより頭痛のような痛みを感じてしまう症状……その名も、”アイスクリーム頭痛”。
……いえ、本当なんです。私の作り話やホラではございません。
冗談でもなんでもなく、これが医学的な正式名称らしいです。
冷たいもののせいで喉頭の神経が刺激され、間違った信号が送られたりするのがその原因だとかなんとか。
ですので、冷たいものを一気に食べすぎて頭痛を感じた時の対処は二つ。
舌を喉に押し当てて温めるか、温かい飲み物を飲むかでございます。
「なんと、そのようなことがあるのか。アイスは、美味しいだけでなく危険な食べ物でもあったか……」
「申し訳ありません、おぼっちゃま。先にお断りしておくべきでしたわ」
「いや、よい。余も少し慌てて食べすぎた。よくよく考えれば、体とは本来温かいもの。そこに冷たいものを一気に詰め込めば、おかしくなるのは道理だ」
しゅんとした私が頭を下げると、おぼっちゃまはそうおっしゃってくださいました。
ああ、なんて聡明でお優しい方なのでしょう。
そして、そんな私達を見てメイド長がおっしゃいます。
「おぼっちゃま。今後、冷たいおやつは少量で区切ってください。お体を悪くされては、元も子もありません」
その顔には、「ただでさえ食べ過ぎなのですし」と書いてありましたが、メイド長はあえてそれを口にはされませんでした。
「うむ、そうであるな。残念だが……アイスを腹いっぱい、というのは避けたほうが良さそうだ」
と、まだ残っているアイスを見ながら、口惜しそうにおっしゃるおぼっちゃま。
そのお言葉に、私もほっと胸をなでおろします。
ああ、良かった。おぼっちゃまがお腹を下される前で本当に良かった。
これからは、やはりアイスは付け合せとして使うこととしましょう、と私が考えていますと。
そこでおぼっちゃまが、少し意地悪そうな顔でおっしゃったのです。
「しかし、シャーリィよ。お主は随分とアイスに詳しいな。さては、お主。毎日、これを自分でも楽しんでおるな」
その核心を突いたお言葉に、ぎくっ、と私の動きが固まります。
「いっ、いえ、そのようなっ……。た、たしかにおぼっちゃまにお出しするための研究を日々重ねておりますが、け、決して自分が楽しむなどっ」
視線をさまよわせ、すっとぼけようとする私。
おぼっちゃまはそんな私をあえて追求したりはしませんでしたが、しかしニコリと笑ってこうおっしゃったのです。
「そうか。まあよい。では、お主が考える、このアイスが一番美味しく楽しめるタイミングはどこか?」
「えっ、そ、それは……。その……。食後か、風呂上がりにございます……」
「そうかそうか。実は余もそう考えておった。ではシャーリィよ、お主はこれから毎日、余が風呂上がりに食べるためのアイスを用意するように。良いな?」
ええええええっ、そんなっ!
私だけ、これから毎日、もう一つおやつをお出しする役割が増えるんですかあっ!
……と、一瞬うげえっとなりましたが、しかしおぼっちゃまに命ぜられれば喜んで働くのがメイドでございます。
ああ、げに恐ろしきは宮仕え。私は深々と頭を下げて、「喜んでやらせていただきます、おぼっちゃま!」と答えたのでした。
……まあ、アイスは作り置きできますし、どうせ自分の分を作るからそこまで大変じゃないですけどね。
◆ ◆ ◆
「はーやれやれ、どうにか凌ぎきったわ……」
こうして無事に難題を乗り越え、どっと疲れてメイドキッチンに戻る私。
色んな人の力を借り、本当にどうにかです。
とにもかくにも、しばらくの間私の頭を悩ませていた問題が解決しました。
それにこれからもアイスを出すならば、作っていただいた型焼き機も無駄にならないですし。
となれば、ここはいっちょ自分用のお菓子でも作って盛大にお祝いせねば!などと一人でニヤニヤしていた私ですが、しかしそこで、お姉さまのお一人が困ったような声で呟いているのが聞こえまてきした。
「はあ、本当に困ったわ……。また手を付けてくれないなんて。どうすればいいのかしら……」
そんなお姉さまが手に持つお皿の上には、美味しそうなパンとチーズとソーセージが。
気になって「どうしたんですか、お姉さま」と尋ねると、彼女は困った顔でこう答えたのです。
「ああ、シャーリィ。実は私、今、塔の魔女様にお食事を出す係をしているの。でも、出しても出してもほとんど食べてくれなくて困ってるのよ」
塔の魔女様! 塔の魔女様、ですか。
そのワードは、何回か聞いたことがあります。
いわく、この王宮には二人の魔女がいると。
その一人は、もちろん我らが畑の魔女、アガタ。
そしてもう一人、私がとっっってもありがたく使わせていただいている冷蔵庫やコンロを作った魔女様がいる。
それが、塔の魔女様。
珍品を発明する魔女である、と。
「食べない、って気難しい方なのですか?」
「そういうわけではないの。話せばフランクな方なのよ。でも食べることに執着がないみたいで、いつでも研究に夢中で、今忙しいから置いておいて、って言ってそのままにしちゃうのよ」
彼女に興味津々な私が尋ねると、お姉さまはそう答えました。
なんともまあ。どうやら塔の魔女様は、何かを作るのは大好きだけど、食べる喜びは知らぬ方のようでございます。
「ただでさえ痩せてらっしゃるのに、これではいつか倒れてしまうわ。ああ、どうしようかしら……」
困り果てた表情で、ふうとため息をつくお姉さま。
なるほど、どうにもお困りのご様子。
それは私的にどうにかしてあげたいところです。
というのも、実は私、このお姉さまには結構お世話になっているのでした。
三班のメイドさんなのですが、心優しく、時々こっそり私達の班を手伝ってくれたりも。
以前アシュリーお嬢様のお出迎えに遅れそうな私を呼んでくれたのも、彼女なのです。
そんな彼女が困っているのなら力になりたい。
それに、私自身も塔の魔女様に会ってみたい。
そういう思いから、私は彼女にこう提案したのでした。
「なるほど、お困りの内容はよくわかりました。では、僭越ながらお姉さま。……私が、やってみましょうか?」
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