アイス・アイス・ドリーミン2
「ふーん、見た目よりしっかりと硬いのね。どれどれ……」
脱衣所に置かれた長椅子に並んで座り、アイスを食べ始める私たち。
アガタはそれをつんつんと突いた後、スプーンですくい上げ、ぱくりと食らいつきました。
そして、口の中でもごもごと味わうこと数秒。
アガタの目が、ぱあっと輝きました。
「冷たい! 美味しい!」
「でしょうね」
自分の分に手を付けながら、私は冷静に言います。
アイスを初めて食べた時の感想なんて、冷たい、美味しい、に決まっています。
「うわ、ほんとだ、氷は食べてみたことあるけど、それとはぜんぜん違う……! なにこれ、口の中で冷たいのがふわっと溶けて、すごく新鮮な感覚だわ! 凄い!」
「うわ、端っこから溶けてきてる! はやく食べないと……あ、でも少し溶けてる部分も美味いわ!」
女の子らしくきゃいきゃい言いながら盛り上がっている、アンとアガタ。
なにしろ、王宮に上がってくるいい卵や牛乳に砂糖を使ってるので、その出来たるや我ながら最高の一言です。
この反応も当然でございましょう。なんて、少し天狗になってしまう私。
やがて私たちはタオル姿のままアイスを綺麗に平らげ、ふうと長椅子にもたれかかります。
そして、放心した様子の二人に、私はこう言ったのでした。
「今、『次はいつ食べられるかなあ』って思ってるよね?」
「っ……!」
二人が飛び起き、驚愕の表情を浮かべます。
図星だったのでしょう。
そう、これがアイスの恐ろしさなのです。
一度この至福を味わった以上、もう前には戻れないのです。
二人の人生には、もうアイスという呪縛が深く深く刻み込まれてしまったのでした。
「忘れられなくなるって、こういうこと……! たしかに、明日も風呂上がりに食べたいって思っちゃってるわよ! ああ、なんてこと、お風呂上がりにこんなもの食べるなんて貴族様か王族の皆様ぐらいよ! あんた、なんて贅沢を教え込んでくれたの!」
「だから言ったじゃない。ちなみに今のは基本のバニラアイスだけど、他にも柔らかいタイプのソフトクリームも美味しいし、チョコ味、イチゴ味とか味のバリエーションも無限にあるわ」
「やめて、知識を埋め込まないで! 頭の中で想像だけが膨らんじゃうじゃない! あああ、どんな味になるのか気になって眠れなくなる……!」
頭を抱えるアン。そうでしょうそうでしょう。
私も王宮に上る前はそうやって苦しんだのです。
なにしろ、アイスだけは冷蔵庫がなければ再現が不可能でしたから。
いろんなお店のアイスやソフトクリームがいつでも味わえた前世の街の、なんと豊かであったことか。と、いつも枕をよだれで濡らしていたものです。
この、アイスをいつでも食べられる権利のためだけでも、私は意地でも王宮にへばりついてみせますとも。ええ。
「ああもう、そのやわらかいやつってだけでも食べてみたいわ……。でも、たしかにあんたの言う問題ってのもわからないでもないわ。これ、冷たい上に元はほとんど水分ね?」
「うん、牛乳をベースに、砂糖と卵のいつものメンツにバニラエッセンスを加えてあるの。溶けたらただの甘ったるい牛乳みたいよ」
そう、アガタの言うとおり、それが問題なのです。
牛乳を飲みすぎてお腹を壊すのはよくあるお話。
しかも、それが冷たいとなると言うまでもありません。
「たしかに、少量ならともかく、おぼっちゃまの勢いで食べたらお腹が冷えすぎちゃうのは間違いないわね……。なにかアイデアはないの?」
「あることにはあるわ。小麦粉とかを使って、食べられる入れ物を作ってアイスを入れたらどうかと思うの」
「へえ、面白いじゃない! 料理をしない私にはさっぱりだけど、そんなものも作れるのね」
アガタが感心した様子で言いました。
彼女は食物を栽培することに関してはまさにエキスパートですが、それを調理するのは苦手のようです。
作ってみようとは思わないの、と聞いたところ、「我が子のようなものだし、自分で切り刻むのはちょっと抵抗があって……」との答えでした。
「うん、まあ。だけど、それも道具がないとバリエーションがね……。こう、型を作る専用のフライパンみたいなのがあればいいんだけど」
そう、たとえばワッフルメイカーのような、生地を流し込んで焼けばその形にできるプレート。
ああいうのがあれば、いろいろとバリエーションが作れるはず。
だけど異世界にamazonはありません。通販で取り寄せるわけにも行かず、街に売ってるわけもなく。
まさしくそれはないものねだり。しかし前と同じくアイスにホットケーキをつけたりしたら、アイスのみという縛りからは外れてしまいます。
さてどうしたものか、と私が頭を悩ませていると、そこでアガタがにやりと笑いました。
「なんだ、それをはやく言いなさいよ。つまり、専用のフライパンを特注できればいいんでしょ?」
えっ、と私が驚いた顔をすると、アガタはすっと立ち上がって言います。
「丁度いいやつがいるわ。そういうのが得意で、暇してるやつが。このアガタ様が、特別に紹介してあげる!」
◆ ◆ ◆
そして、その次の日。
私は仕事の合間を縫い、アガタに連れられて、王宮内のとある場所へと足を踏み入れたのでした。
「ね、ねえアガタ。本当に入っても大丈夫なの?」
あたりをきょろきょろと見回しながら、不安の声を上げる私。
その広い部屋の中には、火の入った高温の窯と工具が立ち並んでいます。
そして、屈強な職人様たちが焼けた鉄をハンマーで叩く、大きな音が響き渡っていました。
そう、ここは鍛冶職人様たちが働く鍛冶工房なのでございます。
ここは日夜、騎士や兵士の皆様のための装備が生み出されている、いわば男の聖地。
そのようなところに、魔女っ子とメイドがずかずかと乗り込んで許されるものなのでしょうか。
「いいっていいって。私、いつもここで農園用の農具やら支柱やら頼んでるから、常連みたいなもんよ。おーい、親方、いるー?」
アガタが大声で工房の奥に声をかけると、白い髪と髭の、屈強な肉体のおじさまがのっそりとこちらを振り返りました。
「なんじゃ、またお前か。武具を作るのが仕事のワシらの手を毎度毎度煩わせおって。宮廷魔女でなければ、首根っこひっつかんで放り出すとこじゃい」
「あはは、相変わらずご挨拶ねえ。そう言わないでよ。この平和な時代に、あんたたちの出番なんてたいしてないでしょ。仕事を持ってくるだけマシだと思ってほしいわねえ」
ひっじょーに嫌そうな顔で言い捨てる親方さんと、笑いながら言い返すアガタ。
うわあ、あんな怖そうな人によく平然とあんなこと言えるなあ……。
アガタは本当に肝っ玉が据わっています。
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