アイス・アイス・ドリーミン1
「うーん、まいった、まいったわ。ああ、どうしたらいいのかしら……」
などと。
ある日、私は深刻な声で呟いたのでした……広い湯船に浸かりながら。
「なによシャーリィ、また言ってるの~? おぼっちゃまの命令なんだから、やるしかないじゃない。悩むだけ損よぉ」
とは、私の右に並び、ぼへーっとした顔でお湯を楽しんでいるアンの言葉です。
ここは、王宮内にあるメイド用の大浴場。
そう、なんとエルドリア王宮では、私たち下々の者のために浴場まで用意してくれているのでした。
エルドリアは水の豊かな国なので、街にも庶民用の公衆浴場がありますが、家にお風呂があるのは流石に珍しいです。……私は無理を言って、自宅に用意してもらっていましたが。
話が逸れました。それには、王宮に仕える者が臭いなど許されない、という理由もありますが、なんにしろ毎日大きなお風呂に入れるのはありがたい。
まあ、流石に立派なものではなく、ところどころ汚れの目立つ石造りの浴室ですけれども。
「そうは言うけど、ほんと大変なのよ……。おぼっちゃまのことだから、アイスを山ほど出したらきっと全部お召し上がりになるわ。そして、間違いなくお腹を壊す。ええ、それはもう、間違いなく!」
そう、目下私の頭を悩ませているのは、おぼっちゃまの「思いっきりアイスだけを食べたい」というオーダーなのでした。
しかし、もしそんなことをすればおぼっちゃまのお腹は下りまくり、私がその責任を問われることとなるでしょう。それはもう確実に。
なぜそう言い切れるのかと言いますと、それはこの私も同じことを一度やってみたことがあるからなのでした。
そう、アイスの、バカ食いを。
あれは忘れもしない、前世で中学生の時のこと。
夏に両親が温泉旅行に行くことになり、その間の食費として私はまとまったお金をいただいたのでございます。
それを見て、愚かにも私はこう決意してしまったのです……ああ、この金で、アイスをバカ食いするという夢を叶えよう、と。
そう、あの頃は私も若かった。
暑い日のアイスが本当に好きで、心ゆくまで食べられたら人生に悔いはなくなるだろうと。そんな、あまりにも浅はかなことを考えてしまったのです。
そして、私は本来お弁当にでも使うべきお金を大量のアイスに変え、スキップしながら家に帰り、始めてしまったのでした……愚かな、あまりにも愚かな夏のアイスフェスティバルを。
テーブルの上に並べられた、パキッと割れるソーダアイスに、二つついてる可愛らしいパピコ、ホームランバーにシャーベットアイス。色とりどり、いつもは一度に一つしか口にできない宝物たち。
そしてその極めつけに、ハーゲンダッツの大きいやつ!
これを一人で、容器を抱え思いっきり頬張ることこそ、私にとっての富の象徴。
金と暇を持て余した、貴族の戯れそのものだったのでございます。
そして始まったそれは、夢のような時間でした。
夢中になって甘いアイスたちを頬張り、至福の表情を浮かべ天国へと至る私。
ですが、幸福の時とは儚いもの。案の定、その後に私は真っ逆さまに地獄へと落ちていったのでございます。
ええ、それはもう、地獄の苦しみでございました。
内臓を引き抜きたいぐらいの苦しみに急かされ、花も恥じらう乙女の私は大急ぎでお手洗いへとお花摘みに出かけ、そしてそのまま花に埋もれて帰らぬ人となったのでした。
乙女的比喩表現。
「あの失敗を、あの苦しみを、断じておぼっちゃまにまで味合わせるわけにはいかないのっ……! ええ、ええ断じて!」
よよ、と泣き真似をしながら私が言うと、今度は左に並んで湯を楽しんでいた彼女……宮廷魔女のアガタが言いました。
「ご大層ねえ。それならそうと、お出しする時におぼっちゃまに言えばいいじゃない」
「駄目よ、おぼっちゃまは聡明な方だから、言葉の意味は理解してくださるかもしれないわ。でもアイスを前にしたら、理性なんて消し飛ぶに決まってる。我慢できるわけがないのよ!」
そう、アイスの前で人は獣。
言葉など忘れて、食らいつくことしか出来ないのだから!
「はー、シャーリィ、あなたは真面目すぎるわ。一日の労働から解放されてお風呂に浸かってる時ぐらい、仕事の悩みは忘れなさいよ」
力説する私に、蕩けきった顔のアンが言います。
こやつ、前はどうしようどうしようと不安がってることが多かったのに、最近は(私が起こす)日々のトラブルに慣れきったのか、貫禄がついてきました。
「そうそう。あんたってほんと、おやつおやつ、おぼっちゃまおぼっちゃまでせわしないんだから。ちょっとは今を楽しみなさい、今を」
アガタまでそう言い、湯船で体を浮かせます。
それと同時に、アガタのお胸についている大きめな浮き袋がプカプカと浮きあがり、私はそっと目を逸らしました。
しかし、逸らした先にはアンの女性らしい良きサイズの浮き袋が。
……ああ、どうして私には浮き袋が搭載されていないのでしょう。
いえ、別に必要はないんです。私はお料理一筋なので。
ですが、ふとした瞬間に、どうしても世の不条理というやつについて考えずにはいられません。
「そもそも、そのアイスってやつはそんなに美味しいわけ? 今までだって色んなものを出して、良い評価を頂いてきてるじゃないの。この期に及んで、我を忘れるほどってのが理解できないわ」
「そーそー。杞憂じゃない? 他の班も出すんでしょ、きっと平気よ」
と、口々に言うアンとアガタ。
ですので、私はざばっと風呂から上がり、脱衣所でタオルを巻いた姿で二人にこう言ったのでした。
「実はそう言うと思って、二人の分のアイスを用意しておいたわ」
「あんた、妙なところで手回しがいいわね!?」
氷を敷き詰めた桶から瓶に詰まったアイスを取り、すっと差し出した私に、二人が驚きの表情で言います。
ええ、この展開は読んでました。お風呂に入る前にすべてを仕込み、ちゃんとスプーンまで用意しておいたのです私は。
「風呂上りのアイスは、まさに麻薬……。二人をアイス沼に引きずり込むための準備は万端よ。食べたが最後、二人は一生アイスを忘れられなくなることでしょう」
「なんか、そう言われると食べたくなくなるわね……。ん、ありがと」
などと不安そうに言いながら、私が差し出したアイスとスプーンを受け取るアガタ。
味はすべて、基本のバニラアイスです。
やはり、アイスという魔界に落ちる入り口は、善意のバニラで敷き詰められているべきでしょう。
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