お嬢様に捧げるふわふわスイーツ10
そう、それでいいのです。
そういうことにしておけば、ミア様が処罰されることはないでしょうし、私達も王宮を出ていかなくてすみます。
それに、私達は慣れた環境で、更にメイド総出で挑んだのです。
時間もない中、たった一人のミア様が不利なのはあたりまえのこと。
そんな私を、お嬢様とミア様は呆然と見つめてらっしゃいましたが、やがて気を取り直したミア様がおっしゃいました。
「シャーリィ殿。此度のおやつ、確か名前はプリンセス・パンケーキとおっしゃいましたか」
「ええ、そのとおりですわミア様」
「そうですか。では、あなたはなぜそれをお出ししようと思ったのですか。シャーリィ殿」
「えっ」
一瞬、意図が読めず私は驚いてしまいました。
ですが、ミア様がわずかに微笑んでいることに気づき、私はひとつ深呼吸をした後、はっきりとした声でこうお伝えしたのです。
「もちろん、それはお嬢様を歓迎するためですわ。今日は、アシュリーお嬢様が王宮にお越しくださいました特別な日。おぼっちゃまとともに、素敵なおやつタイムを過ごしていただきたい。その一心で作らせていただきました」
そう、私が目指したのは、勝つためのおやつではありません。
今日を特別に、いつかまたその味を思い出してもらえるよう。
そして、おぼっちゃまとの会話が少しでも盛り上がりますよう。
私はそのために、話題になりそうな要素をすべて入れた、このパンケーキをご用意したのでございます。
どれかひとつが、お二人の、お話のきっかけになることを願いながら。
「……嘘でしょ? あんた、無理難題をふっかけた私のために……?」
私の言葉を聞いたお嬢様が、ひどく驚いた顔で呟きました。
そして、静かに話を聞いてらしたおぼっちゃまは、ふむ、とつぶやいた後、アシュリーお嬢様にこうおっしゃったのです。
「アシュリー。お主、この皿に載っておるものの中で、何が好みだ?」
「えっ……!? あっ、え、ええとっ……」
それにお嬢様はひどく狼狽した様子でしたが、やがて、少し顔を赤くしながらおっしゃいました。
「こっ……この、白くて冷たい品は驚きました……。そ、それに、飾りのティアラも、その……可愛いですわ」
「うむ、たしかにこのアイスとやらは絶品だ! 飴細工も、凝っているのにかじると甘くてちゃんと美味しい。ところで、お主、このチョコはかけてみたか?」
「ま、まだ試しておりません。どのようなお味なのでしょう」
「説明は難しい。チョコは、チョコの味としか言いようがない。試してみるがよい。ほら、余がかけてやる」
「あっ、ウィリアム様、あっ、ありがとうございます……」
戸惑いつつも、おぼっちゃまとあれこれ話ながらまたパンケーキに手を伸ばしてくださったお嬢様。
それを見て、私とミア様は顔を見合わせて笑いあったのです。
こうして、お嬢様は一皿を完食してくださり。
おぼっちゃまは、用意したパンケーキをすべて平らげ、さらにクーイッシュもまた召し上がってくださったのでした。
◆ ◆ ◆
「……悪かったわね。あなた」
その日の夕方。
お嬢様がお帰りの時間。正門前でメイドの皆とお見送りしている時に、お嬢様は私にそう言ってくださいました。
「ウィリアム様に相手にしてもらえなくて、イライラしてあなたに当たっちゃった。反省してるわ」
「とんでもございませんわ、お嬢様。私の方こそ、色々と差し出がましいことをしてしまいまして」
私はそれに深々と頭を下げて答えます。
いろいろありましたが、最後はご機嫌を直してくださったようで本当に良かった。
それに、勝負の件も、なんやかんやでうやむやに出来ましたし。良いことずくめです。
「あなたのおかげで、ウィリアム様とも楽しい時間が過ごせたわ。それに、その……」
そこで、お嬢様は少し赤い顔をし、少しうつむいておっしゃいました。
「あれ……パンケーキ。美味しかったわ……次来るときも、あれを出してくれる?」
「っ! ええ、ええ、それはもちろん! ご所望でしたら、何度でも! アシュリーお嬢様!」
それは、嬉しいお言葉でした。
おいしかった、また出してくれという言葉のなんと嬉しいことでしょう。
これからは、お嬢様とも仲良くやっていけそうです。
……なんて、私が考えていたところ。
「……あっ!? ウィリアム様!」
そこで、おぼっちゃまがいらっしゃったことに気づいたお嬢様が、声を上げました。
「うっ、ウィリアム様っ……。まさか、私を見送りに来てくださったのですかっ!?」
「うむ。まあそんなところだ」
「うっ、嬉しゅうございますわ、ウィリアム様!」
目を輝かせ、感激した様子で言うお嬢様。
まあまあ、おぼっちゃまったらついに女性を喜ばせる事を覚えられたのね、なんて、私が嬉しく思っていますと。
「たいした歓迎も出来なかったが、また来るがよい。また一緒におやつを食べようではないか」
「まあ、ウィリアム様からそう言ってくださるなんてっ……。私、また来てもよろしいのですね!」
「もちろんだ、アシュリー。何度でも来るがよい。なにしろ……」
そう言って、おぼっちゃまは私のそばまで来ますと、そっと私の手を握りながら笑顔でおっしゃったのでございます。
「──お主が来ると、シャーリィが頑張って何かを作ることがわかったからな。次は何を出してくるのか、本当に楽しみだ。のう、シャーリィ」
「っ…………」
……びしり、と空気が凍りつく音が聞こえました。
その一言で、その場にいたほとんど全員……私はもとよりメイド、メイド長、ミア様、そしてアシュリーお嬢様。
おぼっちゃま以外全員の笑顔が固まり、一斉にヒクついたのでございます。
……おぼっちゃま。あなたという人は……。
「それと、今度あのアイスとやらをおやつに出してくれ。余はアレを、思うまま存分に頬張りたいのだ。そう、気のすむまで。味のバリエーションもあると嬉しいぞ。では、よろしく頼むシャーリィ。……ああ、ではなアシュリー」
そう一方的に言うと、おぼっちゃまは軽い足取りで王宮へと戻っていきました。
残されたのは、地獄のような空気と、嵐を覚悟して息を殺す私達。
そして、思ったとおりにアシュリーお嬢様はキッと私を睨みつけ、こうおっしゃったのでございます。
「やっぱり、あんたなんかだいっ嫌い! 覚えてなさい、次こそやっつけてやるんだから! ばーか、ばーか!!」
完全に子供の癇癪でそう言うと、馬車に乗り込んでバタンと扉を閉めてしまうお嬢様。
ああ……おぼっちゃま。どうしてあなたはそうなのですか。
今日一日頑張ったことが、全部水の泡じゃないですかぁ!
「……すまない、シャーリィ殿。私の方から、どうにかお嬢様のご機嫌はなだめておきます」
「い、いえ、ミア様。お気になさらず……」
申し訳無さそうに言ってくださるミア様に、ぐらりと傾いて倒れそうになりながらどうにか答えます。
ミア様も私も、本当に、主君に振り回される一日でした。
そんな事を考えていると、ミア様は何故か私の顔をじっと見つめ、こうおっしゃいます。
「しかし、シャーリィ殿。あなたはやはり大した方だ。主君の命令とはいえ、あなたたちと争った私のことまで気を使い、救おうとしてくださった。それも、勝敗をつけずもっと、大きな心で決着をつけるとは。感服いたしました」
「いいえ、買いかぶりすぎですわミア様。私はただ、美味しいおやつを出して、楽しいひと時を過ごして欲しかっただけです」
「……そうか。本当に、君は素敵な女性だ。見た目だけではなく、心まで美しい」
そう言うと、わずかに瞳をうるませたミア様がすっと近づいてらっしゃいました。
あれ、なんだか距離が近くないです?
なんでしょう……とか思っていると、ミア様は私の腰に手を回し抱き寄せ、そして、スッ、とその唇を私の頬へと触れさせたのでした。
「……っ!?」
「君のことを、もっと知りたいな。次に来た時は、二人での時間が取れたら良いね……シャーリィ」
えっ。えっ。
理解が追いつかず、頭の中が疑問符で一杯になってしまいます。
それを見ていたメイドの皆の間から、きゃあ、と黄色い声が上がりました。
「ちょっと、ミア、なにしてるの! 早くしなさい!」
「はい、お嬢様。……それでは、皆様。またお会いしましょう」
そこでアシュリーお嬢様の声が飛んできて、微笑みとともに乗り込んだミア様を乗せて、馬車は行ってしまいました。
後には、赤い顔で呆然と立ち尽くす私と、きゃあきゃあ騒いでいるメイドの皆が残されます。
「ミア様、男前な方だなーと思ってたら、もしかしてそっちのほうだったの……!? きゃあ、すごい! シャーリィ、あんた、役得ね!」
「なんでしょう、二人のお顔が近づいた瞬間、私の中に得も言われぬ感情が……。やだ、ドキドキしすぎて今晩寝れないかもしれませんわ!」
「嘘、信じられない! 同性が好きだからって、普通シャーリィなんて選ばないと思うわ。理解できない!」
他人事だと思って、好き勝手に騒ぎまくるメイドたち。
ああ、今日は皆のことを頼りになる仲間だと思ったけど。それは大きな間違いでした。
こいつらは……敵だ。ちくしょう。
頬に手を当て、どんどん小さくなっていく馬車を見送りながら、私は思いました。
本当に……本当に、最後まではた迷惑なお嬢様と、その従者だったと。
◆ ◆ ◆
──そして、それから時は経ち。
とある難題を突破し、どうにか一息ついていた私は、そこでメイドの一人がため息を吐いているのを目撃したのでございます。
どうしたのですか、と尋ねると、彼女はこう答えたのでした。
「塔の魔女に、手を焼いている」と。
そして、これをきっかけに、私はついに塔の魔女様と知り合うことになるのですが……それは、次のお話で。
読んでいただいてありがとうございます!
下の☆を押して応援してくださると、その分シャーリィがクッキーを焼きます。




