お嬢様に捧げるふわふわスイーツ9
「美味しい! 美味しいぞ、シャーリィ! 今までおぬしのいろんなおやつを食べたが、これは特段に凄いな……!」
「光栄ですわ、おぼっちゃま。ですが、今日の一品は私だけの力ではありません。メイド仲間全員で、力を合わせて作ったものでございます」
そう答え、後ろを振り返る私。
するとおぼっちゃまたちの反応に手応えを感じたのか、皆は笑みを浮かべていました。
(やったわね、シャーリィ! あんた、やっぱり天才だわ!)
と、アンが口をパクパクさせて言っているのが見えます。
ありがとう、アン。あなたの熱心なバックアップのおかげで、短時間でこれほどの品を作ることが出来たわ!
他にも、パンケーキは作り方を説明した後に、クリスティーナお姉さまやクラーラお姉さまたちがそれは見事に焼き上げてくれましたし、フルーツなどの仕込みは三班のエイヴリルお姉さまたちが見事にやってくださいました。
そして驚くなかれ、飴細工は四班のジャクリーンがやってくれたものです。
そう、あのジャクリーンが!
彼女、手先がすごく器用で、私が「こういうのを作れないか」と飴細工をイメージだけで伝えたら、あっという間に見事な王冠とティアラを作ってくれたのです。
「私はメイドをクビになんて絶対にならないわ。あんたのためにやるんじゃないから、勘違いしないでよね!」なんて言いながら。
ああ、なんて可愛いんでしょう、ジャクリーン。ツンデレという言葉がこの世界にないのが悔やまれます。
いつもそうなら、私達きっと友達になれるのに。
そんな彼女は、そっぽを向きつつも、今日だけはその口元に笑みが浮かんでいました。
なんにしろ、これだけいろんなものが載ったゴージャスなおやつを沢山用意できたのは皆の協力あってこそ。
本当に、ありがたい限りです。
「あっと、いけない。おぼっちゃま、こういうものもご用意してありますわ」
そこでもう一つサプライズがあったことを思い出して、私は脇に置いていた小さなポットを手に取りました。
そして不思議そうな顔をしているおぼっちゃまのお皿に、私はその中身をかけていったのです。
皿を彩り始める、液状の黒い物体……。それはすなわち。
「おおっ……。これは、チョコか! シャーリィ!」
そう、それはチョコレートシロップでございました。
残っていたチョコを流用したもので、私的にパンケーキにはこれがないといけません。
そして、特に重点的にバナナとアイスにかけると、おぼっちゃまはたまらないとばかりにすぐに口に運ばれました。
「うおおっ、おいしい、余の大好きなチョコがかかることで、またこれほど味が変わるとはっ! シャーリィ、次をどんどん持て!」
「はい、おぼっちゃま!」
エンジンがかかったおぼっちゃまのために、どんどんワゴンでパンケーキを運んでいく私。
むこうでは、メイドの皆が慌てて盛り付けをしてくれています。
なにしろ今回はアイスなどが載っているので、事前に置いてしまうと溶けてしまったり、パンケーキの食感が悪くなったりしてしまう可能性があります。
ですので、直前にすべてを載せてお出しするしかありません。
これも、私達二人だけでは難しかったことでしょう。
それらを、素晴らしい美的センスで素早く飾り付けてくれる皆のバックアップが本当にありがたい!
「うむ、素晴らしいぞ、うむ。さすが余のメイドたちだ、これほどのおやつを出すとは……うむ」
などとお褒めの言葉と共にパンケーキを食べ続けるおぼっちゃま。
本当に気に入ってくださったようで、慈しむように、なくなっていくことが悲しいようにおぼっちゃまは大事そうに食べてくださいます。
それはとても嬉しいことです。
……ですが、それと同時に私はおぼっちゃまの隣に座っているお嬢様のことが気になって仕方がありません。
彼女は、パンケーキを少し食べた後、しゅんと肩を落として、それ以上手を付けてくれなくなってしまいました。
「お、お嬢様、あの……」
私がおずおずと声をかけると、お嬢様は顔を上げ、キッと私を睨みつけました。
その目元には、わずかに涙が光っています。
「なによ。さぞかし、気分がいいことでしょうね……。あんた、こんなの作れたんだ……。こんな珍しいおやつ、私だって一度も見たことがない。あんた、私のほうがクーイッシュなんて平凡なおやつを出したこと、馬鹿にして笑ってたんでしょ!」
「ええっ」
とんでもないことです。
ミア様のクーイッシュは、それはもう見事な品でした。
馬鹿にする要素なんてひとつだってありません。
「ミア、あんたのせいよ! あんたがこんなつまんないもの作るから! よくも私に、恥をかかせたわね!」
「申し訳ありません、お嬢様。私の責任でございます」
ひざまずいて、深々と頭を下げるミア様。
まずい、なんだかきな臭い状況になってきました。
勝負はまだついていませんが、おそらくお嬢様は見た目の時点で負けたと感じられたのでしょう。
「お、お待ち下さいお嬢様。ミア様は……」
「あんたは黙ってなさい、メイド!」
口を挟もうとしましたが、激昂したお嬢様に怒鳴りつけられてしまいました。
そしてお嬢様は机の上のクーイッシュを睨みつけると、そのひとつを握りしめ、思いっきり放り投げたのでございます。
「なによ、こんなつまんないおやつ! いらないわよ、この馬鹿従者!」
「あっ!」
クーイッシュは避けようとしないミア様の顔に当たり、そして跳ね返って宙を舞いました。
あの素敵なクーイッシュが地面に落ちてしまう……! そう思った瞬間、私の体は勝手に走り出し……そして、スライディングの要領でそれに飛びついたのでした。
「ええっ!? ちょっと、シャーリィ、あんたなにしてるの!」
アンが悲鳴のような声をあげて駆け寄ってきてくれましたが、それどころではありません。
体のあちこちが痛みましたが、手のひらの中にクーイッシュが収まっているのを見て、私はニッコリと笑顔を浮かべました。
「なっ、何よ、あんた……? ば、馬鹿じゃないの」
クーイッシュを大事に持ちながら立ち上がった私に、お嬢様が動揺した様子でおっしゃいました。
手の中のクーイッシュは、形が崩れ中身のクリームなども飛び散ってしまっていましたが、私はニッコリと微笑んでこう答えたのです。
「お嬢様。こちらは、ミア様がお嬢様とおぼっちゃまのために慣れない環境、慣れないキッチンで丹精込めてお作りになった極上のおやつですわ。地面に食べさせるのは、勿体のうございます」
「っ……」
お嬢様が、息を呑む音が聞こえました。
おそらく、ご自身でもカッとなって悪いことをしたと考えたでしょう。
色々と難のあるお嬢様ですが、きっと基本的にはお優しいのです。自分の従者が作ったものを無下にして、平気なわけがありません。
そして、私はどさくさに紛れてそのクーイッシュを口に運び、あむあむと味わった後に、にっこり微笑んで言ったのでした。
「ほら、とっても美味しい。心を込めて作られたおやつに、上も下もありませんわ。お嬢様」
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