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生意気な新人

「この者には、自分の班を持たせます」


 メイド長がそうおっしゃった途端、ざわめきが起こりました。

メイドの皆様は驚いた様子で顔を見合わせたり、ひそひそとなにかを(ささや)きあったり大忙し。


 それを見たクレア様がぱんと手を叩いておっしゃいました。


「静かに。誰が無駄口を叩いていいと言いましたか」

「お言葉ですが、メイド長!」


 すると、言葉とともに、メイドさんたちの中から赤い髪をツインテールにした、気の強そうな方が進み出てきます。


「普通、班を持てるのは、どなたかのお姉さまの元で下積みを重ね、技術と努力を認められてからのはずです! なのに、新人がいきなり班を持つなんてどういうことですか!?」


 凄い剣幕(けんまく)です。

ですが、そういうことなのでしょう。料理人というものは、調理を任されるようになるまで長い長い下積み修業が必要なものだと言います。


 彼女たちもそれは同じで、誰かの下について長い間修行して、ようやく班を任されるようになるのでしょう。

なのにいきやりやってきた私を班長に、とか言われてもふざけるなって話なわけですね。なるほど、わかります。


 なんて私が他人事みたいに思っているうちにも、話はどんどん進んでおりました。


「お黙りなさい、ジャクリーン」

「ですがっ……」

「あなたは、私の決定に逆らうのですか?」


 メイド長がすっと目を細めて言うと、ジャクリーンと呼ばれたメイドさんは「うっ」と呻いて、黙り込みました。

うーん、おっかない。行儀指導で散々痛めつけられた私にも、気持ちは痛いほどわかってしまいます。


「シャーリィ・アルブレラは、私が特別にスカウトしてきた者です。この者には、独自におやつを出させます。異論は認めません。いいですね?」

「…………」


 そのかなり上からのお言葉に、メイドさんたちは異論を挟みませんでした。

ですが、その顔にはありありと不満の色が。

そして、私のほうに敵意の籠もった視線を向けてくる人も少なからず。


 特に、ジャクリーンさんとやらは明確に私を睨んでいます。

あのー、メイド長。あなた、この後の私の立場とかって考えてくださってます?


「さて、ではシャーリィに補佐の者をつけねばなりません。誰か、志願したい者はいますか」

「……」


 これに対しても、返ってくるのは沈黙ばかり。

それはそうでしょう。私がどれほどの腕で何を作れるかも知らないわけですし、なにより明らかに歓迎されてないですし。


 ですが、メイド長がそうおっしゃるということは誰か出てこいという意味。

やがてメイドさんたちの視線がある一人の方に向いていき、その方は青い顔でおっしゃいました。


「えっ、私ですか……!?」


 茶色い髪と目をした、私と同年代ぐらいの彼女は狼狽(ろうばい)した様子であたりを見回しています。

するとそんな彼女の肩に、日に焼けた肌をした、男前のメイドさんがぽんと手をおいて語りかけました。


「アン、あんたは私達の中で一番の新人だ。それに、うちの班はもう手が足りてる。あんたも、いつまでもここにいても芽が出ないだろう。挑戦してみちゃどうだい」

「ちょ、挑戦っていうか、これほとんど強制ですよねえっ……!? 私、要らない子ですかぁ……!?」


 アンと呼ばれた彼女が、震え声で言います。

ああ、あの人考えてることがすぐ口に出るタイプだ。うーん親近感。


「要らないなんて言ってないさ。でも、どう考えてもあんたが適任だろ?  大丈夫、戻りたくなったらあんたの席は空けておくからさ」

「うっ、うう、ほんとですよね、戻ってきて良いんですよね……!?」


 目元に涙を浮かべながらそう言って、アンさんは観念した様子で進み出てきました。


「メイド長、では、そのぅ……私が、勤めさせていただきます……」

「よろしい。これはあなたにとっても好機です。励みなさい」


 満足そうに、パワハラ上司のメイド長がそう言い、そして改めてこの場にいる全員を見回しました。


「では、私からは以上です。新しい班も増え、これから皆が刺激を受けて良い方向に向かうことを願います。……シャーリィ、詳しいことはこのアンに教えてもらいなさい。では、解散」


 そう言って、あろうことかメイド長は私を置き去りにして厨房を出ていってしまわれました。

そして私に向く、視線、視線……。

わーい、メイド長本当にありがとうございます。ちくしょう、いつかあの顔面にあつあつピザを叩きつけてやる。


「……あんた、なんなわけ? 有名な料理人かなにか? いきなりやってきて随分とでかい顔するじゃない」


 早速とばかりに、赤い髪のジャクリーンさんが敵意を剥き出しにしてきます。

私自身は、でかい顔なんてした覚えがないのですが。


「いえ、私は趣味で料理をやっていただけの町娘にございます! 一ヶ月ほど前にいきなりメイド長がやってきて、王宮で料理を出さないかと言われたので、のこのこやってきた次第でして、ええ、私には皆様に迷惑をかけようなどという思いは微塵もございません。本当にございます。ええ、ええ、それはもう!」


 などと、若干早口で弁明を繰り広げる私。

立ち位置を間違えれば、待っているのは壮絶ないじめでございましょう。

まずは敵意のないことを伝え、次に皆様を脅かすような気などないとはっきりと伝えねばなりません。


 気分は、大型犬の前で腹を見せる小型犬。

ですから、どうかそんなに睨みつけるのをおやめください、ジャクリーンさん。


「ただの料理好きの町娘ですって? どうしてそんな奴をメイド長がわざわざスカウトするのよ!」

「それは私が聞きたいです」


 それは私が聞きたいです。

あっ、つい心の声と同じことを声に出してしまいました。


「あんた、ふざけんじゃっ……」

「やめなさい、ジャクリーン」


 なおも噛み付いてこようとするジャクリーンさんを、クリスティーナと呼ばれた素敵な美人さんが押し留めてくれました。

そして、モデルのような綺麗な歩き方で私の前に来て、彼女はこうおっしゃったのです。


「メイド長のお考えはわかりません。ですが、礼儀として挨拶はしておきましょう。ようこそ、シャーリィ。私は、クリスティーナ。一班のメイド頭です」


 メイド頭。どうやら班長のことをそう呼ぶようです。

そして一班ということは、クリスティーナ様はやはりこの場にいるメイドの中で一番偉い方なのでしょう。


「メイド長のご命令ですから、あなたには場所を与えましょう。そうですね……あの奥の部分をお使いなさい」


 そう言ってクリスティーナさんが指差した先には、こぢんまりとした調理エリアが。

おそらくサブで使われているものなのでしょう、やや汚れなどが目立つし調理器具も古ぼけて見えます。

いやいや、ですが十分。それでもわが家のキッチンより遥かに恵まれた環境です。


「ありがとうございます、ええと……」

「先輩メイドのことは、お姉さまと呼びなさい」


 お姉さま。お姉さまですか!

なんでしょう、予想していなかった呼び方に気分が高揚(こうよう)してしまいます。

本当にあるんですねえ、こういう感じ! わ、悪くないです……!


「承知いたしました、クリスティーナお姉さま! 不届き者ですが、よろしくお願いいたします!」

「不届き者、ではなく不束者(ふつつかもの)でしょう。……まあ、頑張りなさい。さあ、みんなは調理に戻って!」


 クリスティーナお姉さまがそう言って手を叩くと、メイドさんたちは一斉に作業へと戻っていきました。

そして取り残される私、ともう一人、私のお仲間にされてしまったアンさん。

彼女は、暗い顔で自分を置いていった仲間たちの方を凝視(ぎょうし)しています。


「……えっと……」


 なんと声を掛けていいのやら。

私が困っていると、アンさんはぐっと自分のメイド服を握りしめ、そして驚いたことに両手でいきなり自分の頬を叩きました。


「ええいっ、切り替え切り替え! やってやるわよ! ええと、あなた、シャーリィとか言ったわね! 私、アン! ここに入ってまだ半年よ、よろしく!」


 そう言って、アンさんは私の手をぐっと握ってきました。

わお、なんという切り替えの早さ。


「えと、シャーリィです、よろしくお願いしますアンお姉さま。私は……」

「あーやめやめ、敬語はやめましょうお互い! これから生きるも死ぬも一緒なんだから、ねっ!」


 丁寧に自己紹介しようとした私を、アンさんが遮ります。


「私のことは、アンでいいわ。ただ、私のほうが先輩なんだし同年代みたいだから、あんたがメイド頭でも今後タメ口で話させてもらうわ。いいわよね?」


 それは願ったり叶ったり。私も堅苦しいのは嫌いです。


「もちろん。じゃあ、アン、これから宜しくね! たくさん迷惑かけると思うけど」

「……そこは、嘘でもできるだけ迷惑かけないって言って欲しかったわ……。それで? シャーリィ、あんた、ほんとに料理人じゃないのにここに連れてこられたの?」


「そうなのよ。私は、親のスネを齧りながら自分のための料理を作ってただけなの。そしたら鬼……もといメイド長がやってきて、私のおやつを奪い取って食べちゃったの。酷いと思わない!?」

「いや、そこはどうでもいいから……。じゃあなに、そのおやつの味が良かったから連れてこられたってこと?」


「たぶんね。でもそれだけじゃなくて、ここなら人の金でお料理の研究し放題だっていうから来たの。ねえ、それって本当なのよね? ここなら何してもいいのよね!?」

「何してもはよくないわよ。でも、そうね。あんたも一応メイド頭なら、用意された食材や道具は好きに使っていいはずよ」


 よしっ!

私は思わずガッツポーズをしてしました。

いきなりよくわからない役職につけられても、歓迎されないムードでも、料理の研究ができれば問題なし!


 待ってろよ、ハンバーガーに、丼に、麺類!

この私がすべて完全に再現してあげますからね!


 などと私がよだれを垂らしながら考えていると、若干引いた様子のアンが言いました。


「でも、今からは駄目よ。もうじき、おやつタイムですもの」

「おやつタイム……!? おやつタイムですって!?」


 おやつタイム。なんと甘美な言葉でしょう。

そういえば、お昼を数時間過ぎて、今はばっちり三時のおやつの頃合い。

これから皆で楽しくおやつタイムってわけですか!


「うわあ、凄い! お姉さまたちが作ったおやつをこれから食べられるなんて、ワクワクだわ! 凄い、凄い!」


 思わずはしゃぐ私。

これだけの人数が本気で作っているのですから、それはもう素晴らしいおやつが出てくることでしょう。


 しかし、そんな私にアンが呆れた様子で言いました。


「馬鹿ね、シャーリィ。私達が食べるんじゃないわよ! 私達はお出しする方よ。それも、王子様に。ほら、見なさい」


 そう言って、厨房で忙しそうに働くお姉さまたちを指差すアン。

見てみると、お姉さまたちは全員真剣な表情でお菓子作りに取り組んでいます。

いえ、真剣どころか、その様子はどこか鬼気迫るような……。


「いいこと、私達の使命は、王子様におやつタイムを楽しんで頂くため、全力を尽くすこと。遊びじゃないの、これは真剣勝負なの! そう、私達おやつメイドにとって、おやつタイムとは……戦争なのよ!」

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