お嬢様に捧げるふわふわスイーツ8
「おおっ」
と、驚きの声を上げたのはおぼっちゃまでした。
ですが、もうひとつ。
「わあっ……」
と、アシュリーお嬢様までもが可愛らしい声をお上げになりました。
いえ、それも仕方がないことでしょう。
だって、私がお出ししたものは……最高にデコられた、現代風のパンケーキなのですもの。
そんなものがいきなり目の前に飛び出してきて、喜びの声を上げない女子なんてそうはいません。
「これは……なんとも。実に美しい見た目をしたおやつだ」
目の前のパンケーキに目を吸い寄せられながら、おぼっちゃまがおっしゃいます。
それはそうでございましょう。今回、ビジュアルにも最高に力をいれましたから!
この、プリンセス・パンケーキ。その土台は、もちろんパンケーキでございます。
メレンゲをふんだんに使った、ふわっふわパンケーキ。ぷっくらと膨らみ、ひと目見てその食感に思いを馳せずにはいられません。
その上には粉砂糖がまぶされ、更にバターとはちみつがとろけております。
横には、くるくる巻かれた純白のクリーム。見ただけで甘さを予感させるその天辺には、アガタが育てた輝くばかりのイチゴが鎮座しております。
さらにその隣には白くて丸いアレが輝き、その上では飴細工のデコレーションが存在感を放ちまくり。
おぼっちゃまのものには、王冠を。お嬢様には、ティアラを。
中庭に差し込む光に照らされて輝く飴細工は、パンケーキの特別感を強く演出してくれていました。
さらにはベリーのシロップ漬けに、飾り切りしたバナナ、そしてミントが添えられて皿に彩りを。
まさしく美味しいもの全部のせ、見た目のパワー盛り盛りのゴージャス・パンケーキ。
それが、プリンセス・パンケーキなのです!
「凄い……綺麗……。……はっ!?」
うっとりとそれを見つめていたお嬢様が、そこで目を見開きぶんぶんと首を振りました。
どうやら、『なに敵の作ったものに見とれてるんだ私は』と正気に戻られたご様子。
素直に、楽しんでくださればいいのに。
「ふ、ふん、見た目はまあ、見たこともない感じね。でも味はどうかしら。どうせ見掛け倒しよ! ……で、どう食べればいいの、これは」
「お嬢様。ナイフとフォークで切りわけて、後はお好きなように召し上がってください。ですが、最初の一口でしたら生クリームをパンケーキに少しだけつけて召し上がるのが私のおすすめですわ」
「ふん、いいわ。試してやろうじゃない」
そう言って、ナイフとフォークを手にするお嬢様。
パンケーキをざくざくと切り取り、そのふかふか断面を見てごくりとつばを飲み込み、そして生クリームと共に口に運び、大きく一口。
そしてあむあむとじっくり味わった後……お嬢様のお顔は、ゆるゆるととろけていったのでございます。
「おっ……おいっ……おいしっ……」
どうやら、美味しいと言うのを我慢している様子ですが、すでに顔で語ってしまっています。その目はぼんやりとパンケーキを見つめ、口元はにへらと緩みきってらっしゃる。まさにヘブン状態。
そしてそんなお嬢様の隣で、おぼっちゃまもまた声を上げられました。
「おおおっ……。なんと、このパンケーキの甘くて美味しいこと……。ふわっふわの食感がたまらん! これだけでも美味いが、横に添えられているものと一緒に食べると、また味が変わって、すごく良い! シャーリィ、これは一口ごとに違う楽しみが味わえるおやつというわけか!」
「はい、おぼっちゃま。このパンケーキのテーマは、めくるめくワンダーランド体験でございます!」
そう。この一皿のテーマは、テーマパークなのでございます。
でかいネズミに導かれ、回るメリーゴーランド、冒険が待ち受ける山脈、そして無職のクマとはちみつ探し。
色とりどりの皿の中で、少年少女にそんな夢のような冒険を味わって欲しい。
これは、そういう思いがこもった一皿なのでございます。
「うむ、どれもこれも素晴らしく美味しい……。だがシャーリィよ、これはなんなのだ?」
そう言っておぼっちゃまが真っ直ぐに見つめる先。
そこには、白くて甘いアレ……すなわち。
「おぼっちゃま。そちらは、アイスクリームにございます!」
そう、それはアイスクリーム。
冷たくて、甘くて、私達のお口を涼やかにしてくれる夏の救世主。
そしてその種類一つ、それはバニラアイスでございました。
「アイス……? どう食べればよい」
「スプーンで掬って、そのままでも、パンケーキと一緒にでもお召し上がりくださいまし」
私がそう言うと、おぼっちゃまは不思議そうな顔でバニラアイスにスプーンを突き刺しました。そして思ったよりずっとかたい感触に驚き、顔の前まで持ってきてじっくりと観察した後、ぱくりと一口。
「……冷たい!? なんと、驚いたぞ。だが、美味しい!」
そして、次の瞬間、そう声を上げられたのです。
バニラアイス。それは他のスイーツとほとんど同じ、砂糖、牛乳、そして卵というオーソドックスな材料で作られております。
ですが、この世界でそれを作るには一つ大きな難題が。
そう、冷やす手段が限られているという、大きな障壁があるのでございます。
プリン程度なら井戸水でも冷やせますが、アイスともなると、雪国にでも行かなければ普通は難しゅうございます。
しかし、しかしです。この王宮はまさかまさかの冷凍庫完備。
と、なれば……つくるでしょう、アイスを!
そういうわけで、私は折を見てはアイス作りに没頭し、今では極上の品を作れるようになっていたのでした。
おかげで私は毎日、寝る前にアイスを食べられるという至高の権利を獲得していたのですが、おぼっちゃまにお出しするのはこれがなかなか難しい。
だって、お腹が冷えてしまいますもの。おぼっちゃまのペースでぱかぱかアイスを食べてしまっては。
そういうわけで、アイスもお出しできないおやつの一つだったのですが……今日、この時、こうして皿の上で輝く機会が得られました。
「これはなんとも不思議な……! 氷のようで、氷でない。甘く、口の中でとろけて、そして爽やかだ! シャーリィ、おぬし、またとんでもないものを出してきたな!」
どうやら、おぼっちゃまにとってアイスはかなりの衝撃作だったようでございます。
おぼっちゃまのお飲み物に氷はよく使われておりましたが、冷たいスイーツという考え方はまだ王宮で深く研究されていませんでした。
そもそも、冷凍庫自体が宮廷魔女の作品という規格外のオーバーテクノロジーでございますから。
それを存分に活かすとなると、これがなかなか難しいのも当然でございましょう。
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