お嬢様に捧げるふわふわスイーツ7
「これより、おぼっちゃま並びにアシュリーお嬢様のおやつタイムを始めます」
時間は流れ、おやつ時。中庭に、メイド長の声が響きます。
いつもと違う開始宣言。そこには、ちょっとばかりの戸惑いと僅かな苛立ちのようなものがあるように聞こえました。
その理由は明白。
アシュリーお嬢様が、勝手におやつタイムのルールを変えてしまったからでしょう。
「ウィリアム様、今日はウィリアム様のおやつタイムにご一緒できて光栄ですわ! お礼に、私の方からサプライズがございますのよ」
とは、おぼっちゃまの隣に座ったアシュリーお嬢様の弁。
ニコニコ笑顔で言う彼女に、おぼっちゃまはわずかに戸惑った様子で「ほう」とだけお返事なさいました。
「私に仕える者が、おぼっちゃまのためにおやつを作りましたの。腕は保証いたしますわ。そちらと、お城のメイドが作ったおやつを食べ比べていただこうと思いますの」
「ほう……なるほど、それは面白そうだな」
食べ比べ、という言葉が出た瞬間、おぼっちゃまの目が輝きました。
とにかく食べることには余念がないおぼっちゃまのことです。こうしてイベント風に言われれば、悪い気はしないでしょう。
「ええ、それはもう面白いに決まってますわ! それで、当家の者の品が気に入っていただけた暁には、当家自慢の料理人たちをウィリアム様のおやつ係としてご用意させていただきますわ! きっと、今よりもっと満足できるおやつタイムをご提供できます、ええ間違いなく!」
それに気を良くしたお嬢様が、ここぞとばかりに自分の都合をねじ込みます。
やるなあ……外交上手です、あのお嬢様。
と、中庭にずらりと整列したメイドの列の中で私は考えてしまいます。
すると、そこでメイド長が私に鋭い視線を向けているのに気づきました。
その目が「お前、勝つ自信はあるんだろうな?」と告げておりましたので、私はニッコリと笑顔を返しました。
そんなもの、あるわけないじゃないですか。相手は大貴族に仕える、とんでもない手練です。
こうなったら、やぶれかぶれの当たって砕けろ精神でいくしかないのです。
「そういうことだから。あなたもそれでいいわね、メイド長?」
お嬢様が威圧するような目で言うと、メイド長は少し考える顔をした後、こう答えました。
「王宮に仕える者は、いずれもその道のスペシャリスト。メイドたちもまた、最高級の腕を誇っております。おやつ作りで後れをとるなど、ありえません」
「そう。良い返事ね。つまり、負けるようなやつはいらないということね」
お嬢様が満足気にうなずきます。
そして、おぼっちゃまに向けてこう言いました。
「ウィリアム様、ではそういうことで評価をお願いいたしますわ。 きっと、当家の者の作ったおやつを選んで……」
ですが、それをおぼっちゃまが苦い顔で遮ります。
「アシュリー、もうよい。おやつを前に、長話など。余は舌に嘘をつかぬ。早く始めよ」
そしてこちらをチラチラと見るおぼっちゃま。もう我慢できないといったご様子です。
まあ、それはそうでしょう。先程から、中庭には色んな種類の甘~い匂いが立ち込めているのですから。
こうしている私だって、さっきからよだれを止めるのに必死です。
意識を強く持っていなければ、獣のごとく目の前のおやつに飛びついてしまいそうなぐらいです。
だから、早く始めてください。私が人間でいられるうちに……!
「ええ、ウィリアム様! では、まず当家の者が作ったものをお出ししますわ。ミア!」
「はい、お嬢様」
ちゃっかり勝手に先手を取ったお嬢様が声をかけ、ミア様が料理の載ったワゴンを押していきます。
そこからは、よく焼けたおやつの甘い甘い匂いが。
ああ……何度嗅いでも、素敵な香り!
「こちら、クーイッシュでございます」
そう言ってミア様が並べたおやつは、手のひらサイズの、パイのような形をしたお菓子でした。
砂糖などを練り込んだ生地を型にはめて焼き上げ、中に卵や砂糖を合わせて作ったクリームと共に各種果物を詰めた、貴族様御用達のお菓子です。
「ほう、クーイッシュか。余は嫌いではないぞ」
そう言って、さっそくクーイッシュを口に運ばれるおぼっちゃま。
そしてあむあむと咀嚼した後、驚いた顔をなさいました。
「これは……美味しい!」
あまりの美味しさに、思わず声を上げるおぼっちゃま。
それに、メイドの間から動揺のざわめきが起こりました。
クーイッシュは特段珍しいお菓子ではなく、作りも簡素で、生地やクリームの出来が味に直結するので、作り手の腕がモロに出ます。
その点、ミアさんが作ったアレは間違いなく極上品。
生地はさっくりとしており、中身は柔らかいながらべちゃべちゃしない神調整。
中身と生地とのバランスもパーフェクトで、それはもう実に美味しゅうございます。
え、なんで私が知っているか、ですか?
それはもちろん、盗み食いしたからでございます。
「これはいい、実によいぞ。やるな、お主。うちのメイドに負けておらぬぞ」
「お褒めに預かり、光栄の至りでございます。ウィリアム殿下」
賛辞に対する対応もパーフェクト。
膝を折ってエレガントな礼をするミアさんの姿は、中庭に降り注ぐ光に照らされて神々しくすらありました。
「ど、どうしましょう、おぼっちゃまがお気に召してらっしゃるわ……。か、勝てるかしら」
次から次へとクーイッシュを口に運ばれるおぼっちゃまを見て、メイドの中から不安の声が上がります。
確かに、相手は強敵です。でも、今日はお姉さま方のお力を存分にお借りできたのですもの。
ならば、私は自信を持ってお出しするだけです。
王宮のメイドは、お菓子作りに関してどこの誰にだって負けない。
それを、証明しなければいけません。
「うふふ、ウィリアム様。うちの者が作ったおやつ、随分お気に召してくださったのですね!」
「うむ、後引く美味さだ。かじった時にバランス良く美味しさを感じるよう、実に繊細な心配りを感じる。もっと食べたい……いや、だが、今はほどほどにしておこう。次があるゆえ」
そう言って、ほどほどどころか十個以上もクーイッシュを平らげたおぼっちゃまがこちらを向きます。
クーイッシュもいいが、私達の用意したおやつも大層気になるといったところでしょうか。
それもそのはず、私たちのほうからも、ずっと焼きたてスイーツの甘ーい香りが漂っているのですから、気にならないほうがどうかしているでしょう。
ですが、まだそれはクローシュ(レストランで料理が運ばれてくる時に被せてある、銀色の蓋のことです)で隠されているのです。
なんで隠しているのだ、早くその正体を見せろ、とばかりに目で合図なさるおぼっちゃま。
申し訳ありません、おぼっちゃま。今日のおやつに関しましては、見た目も大事な要素なのです。
それに、温度もできるだけ保ちたい。ですので、目の前で開帳することに大きな意味があるのでございます。
「では、お出ししてきますね」
私がそう告げると、メイドの皆は真面目な表情で一斉にうなずきました。
ここまで来たら、一蓮托生。私達の力を、見せつけるだけです。
ガラガラとワゴンを押していき、隠したまま、おぼっちゃまとお嬢様の前に皿を置く私。
それを、おぼっちゃまはワクワク顔で、そしてお嬢様は小馬鹿にしたような笑みで出迎えました。
「おまたせしました。では、こちら本日のおやつ……」
そして、クローシュを勢いよく開け……私は、それの名前をお伝えしたのです。
「プリンセス・パンケーキでございます!」
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