お嬢様に捧げるふわふわスイーツ5
「ふー、食べた食べた! あーおいしかった!」
食べ過ぎで大きくなったお腹を撫でながら、満足げに言う私、シャーリィ。
いやあ、おぼっちゃまに連れ回された時はどうなることかと思いましたが、ひと仕事終えてからのご飯はまさに格別でした。
あの後、昼食前のお仕事に向かったおぼっちゃまをお見送りし、私はようやく解放されて自分の時間を持てたのでございます。
そしてキッチンに戻って、私を待っていたチーズ蒸しパンと感動の再会を果たし、喜ぶ彼を一片も余すことなく胃袋に保護してあげたのでした。
やはり、ふかふかのパンはいい……ふかふかパンは、人類の作り出した叡智の結晶です。
などと私がキッチンで幸せを噛み締めていると、苦い顔をしたアンが言いました。
「ちょっとシャーリィ、大変なお役目が終わった直後で悪いけど、すぐにおやつの準備に入らなくて大丈夫なの? 今日は何を出すか決まってる?」
ああ、いけない。そうでしたそうでした。
午前中が潰れてしまい、アンと打ち合わせする時間もなかったので、おやつ作りは一切進んでいません。
周りでは、他の班が忙しそうにおやつ作りに精を出しています。私達は、完全に出遅れ状態。
とはいえ、出すものはすでに決めてあります。
下ごしらえも終えているし、今から取りかかれば十分間に合う……などと私が思っていた、その時でした。
突如として、キッチンの入り口から少女の声が響いてきたのでございます。
「ふうん、ここがメイド用のキッチンなの。さすが王宮のキッチンね、見たこともない物が揃ってるわ。あんたたち端女にはもったいないわね」
傲慢ちきなその声に、メイド全員の目がそちらに向かいます。
するとそこには、キッチンの入り口で両腕を組んで立つお嬢様……アシュリー様のお姿があったのでした。
「こっ……これは、アシュリーお嬢様! このような場所まで足を運んでいただき、恐れ多い……!」
一班の班長であるクリスティーナお姉さまが慌てた様子で言い、周囲に目配せします。するとメイドの皆が小走りで部屋の隅に整列しようとしますが、それをお嬢様が手で合図して止めました。
「やめて。いちいち面倒くさいわ。あんたたちに用はないの、作業を続けてなさい」
「はっ、はい、では恐れながら……」
深々と頭を下げるクリスティーナお姉さま。
お姉さまも貴族の出のはずですが、格としてアシュリーお嬢様の家のほうがずっと上なので上下関係的にこうなるのでしょう。
そして、緊張の走るキッチン内を、お供のミアさんを連れて悠々と歩いてくるお嬢様。
まさか、と思っていると、不安は的中し、彼女は私の前で止まったのでした。
「…………」
「こ、これはお嬢様、いかがなさいましたか……?」
黙ってこちらを睨みつけているお嬢様に、震える声で尋ねる私。
すると彼女はフンと鼻を鳴らして、あろうことか、こうおっしゃったのです。
「あんた、さっきはよくも私に恥をかかせてくれたわね。この、下民」
「っ……」
やばい。やばいやばいやばい。
ガッツリ恨まれてます! 完全に私をターゲットにしてるじゃないですか!
「と、とんでもございません、私はただおぼっちゃまに従っていただけでっ」
「うるさい、誰があんたに喋っていいって言った!?」
ひええええっ。完全に切れてらっしゃる!
おっ、おちついて私、私はおぼっちゃまに仕えるお城のメイドよ。
いくら上級貴族様とはいえ、簡単にこう、首をちょんぎったりはできないはず!
ええ、そうですとも。そうに違いありません。そうであって、お願い!
などと私が震えながら願っていると、そこでお嬢様が予想外のことを言いだしました。
「ふん。あんた、なんでも珍しいお菓子を作るらしいわね。でも、どうせウィリアム様が普段お口になさらないような下品な物をお出ししてるんでしょう。物珍しいだけの貧相なお菓子をお出しして、恥ずかしくないわけ?」
「えっ……」
なんと。まさかそこまでリサーチ済みでしたか。
そういえば、さきほど私はミアさんにそのことを伝えたのでした。
お嬢様の背後に控えている彼女に目を向けると、彼女は感情の読み取れない顔でまっすぐにこちらを見つめていました。
そして私がそうしている間にも、アシュリーお嬢様は一方的にこう告げてきたのです。
「あんたみたいな下民の作ったものが、ウィリアム様のお腹を汚染するなんて許せないことだわ! 今日のおやつタイムには、私も出席させていただくことになったわ。だから、あんたその場でうちのミアと勝負しなさい」
「ええっ!? で、でも、私、喧嘩もしたことないですし、剣とかは持ったことすらないです!」
「誰がそんな勝負をしなさいって言った!? 下民に殴り合いさせながら食事をする趣味なんてないわよ! お菓子でって意味よ!」
私の言葉に、アシュリーお嬢様が顔を怒らせてツッコんできます。
あらやだ、このお嬢様、意外とツッコミもお出来になるのね。
「ミアは、私の家に仕える執事。お菓子の腕も一級品よ。あんたの下民お菓子なんか相手にもならないんだから! それでどちらが美味しかったかおぼっちゃまに聞いて、負けたらあんたはすぐに王宮を去りなさい! いいわねっ!」
「ええっ!?」
そんな、一方的な!
やっと王宮にも馴染んできて、好き勝手に料理を研究できるところまできたのに、ここで追放なんてあんまりです!
というか、お菓子で負けたら追放とはどういう理屈なんでしょう。
全然筋が通っていませんし、そんな権限がお嬢様にあるとは思えないのですが。
しかし、万が一このことをおぼっちゃまに訴えでたりしたら、お嬢様をますます怒らせてしまうことは容易に想像できます。
その場合、次はお菓子勝負なんていう穏便なものではすまなくなっちゃう恐れも。
ああ、どうすればいいのでしょう。何が正解なのでしょうか、この場合。
などと私が困り果てていると、そこでクリスティーナお姉さまが助け舟を出してくださいました。
「お、お待ち下さい、アシュリーお嬢様。私達は、いずれも王宮に直接仕える身。いくらアシュリーお嬢様といえど、そのようなこと……」
「黙りなさい。あんたたちはお菓子作りの腕だけを見込まれてここにいるのでしょう。それで負けるようなら、あんたたちに価値はないわ。お払い箱よ」
ですが、あくまで強気なお嬢様には効きません。
傲慢にそう言い返し、そして邪悪な笑顔でこう続けられたのでございます。
「そもそも、ウィリアム様の貴重なおやつタイムをあんたたちなんかが占拠してるのが問題だわ。これでうちのミアが勝ったら、お料理メイドは我がロスチャイルド家で仕込まれた優秀な人材と入れ替えさせていただくわ。そのほうがウィリアム様のためになるもの」
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