お嬢様に捧げるふわふわスイーツ4
「はあっ……はあっ……!」
おぼっちゃまに広大な庭を引っ張り回され、ようやく止まった木陰で私は荒く呼吸を繰り返しました。
ですが、一方のおぼっちゃまは息一つ切れてらっしゃらないご様子。
「なんだ、少し走っただけで情けないぞシャーリィ」
「も、もうしわけありません……」
そう言われても、子供の体力にはついていけません。と、思いましたが、私の体も十五歳でまだまだ子供でした。
おぼっちゃまは王族ですので、日々、武術の鍛錬などもなさってらっしゃいます。
この差は、鍛えているかどうかの差でございましょう。
「ああ、ですが、お嬢様たちを置き去りにしてしまいました。大変ですわ、おぼっちゃま。すぐに探しに戻りませんと」
周囲を見回しますが、お嬢様たちの姿はどこにも見えません。
ゲストをほったらかしなんて大変な事態だわ、と私は慌てますが、おぼっちゃまはいたずらっ子の顔で平然とおっしゃいました。
「よいのだ。余は、あえて姿を隠したのだから。あやつのことはしばし放っておくがよい」
「ええ……!」
では、急に走り出したのは無邪気さゆえではなく、すべて計算!?
いや、まあおぼっちゃまはこのお歳で国を思うままに操る天才王子ですので、大人より頭がいいのは当たり前。普通のこどもみたいに気分で走り出したりはしないでしょうが、ですが。
「で、ですが、あの方は最有力貴族のお嬢様なのでは……。それに、将来のお妃様予定だとか……」
「うむ。あやつの父はできる奴でな。金も権力も持っておるゆえ、敵に回すと国が分断しかねん。ただでさえ、父上が倒れられた今、若い余が出張っておる事を快く思わぬ輩は多い。それゆえ、結束は固くしていかねばならん、の、だが……」
「……だが、なんでございましょう?」
「……余は……余は、あやつの話が退屈でしょうがないのだ……! 花が綺麗ですねとか、父からもらった宝石ですのとか、二人は運命で繋がれておりますのね、とか。あまりにも、あまりにも退屈すぎて、話を合わせるにしても、限度がある! 余にとって苦痛でしかないのだ、あやつと居るのは!」
ああ……。
なるほど。それがお嫌だったのですね、おぼっちゃま。だから、こんなことを。
まあ、そういうものかもしれません。おぼっちゃまのような年頃には、ふわふわした少女の話はさぞかし退屈なことでしょう。
十歳といえば、前の世界では小学校高学年ぐらい。
それぐらいの歳の子は、女の子とあまり遊びたがらないものです。
だって、会話が噛み合いませんもの。
おぼっちゃまにとって、アシュリー様との時間は女の子のごっこ遊びにつきあわされているようなもの。
だから、私みたいな者を引っ張り出して、話を変えるだしに使おうと考えたわけですか。
……さては、メイド長の奴も、それを知ってて私を引っ張りこんだんだな……。
おのれ。
「ですが、おぼっちゃま。別に、アシュリーお嬢様のことを嫌ってらっしゃるわけではないのでしょう?」
「まあ……嫌いというわけではないかな。家柄的に、王妃候補となるのは妥当であろうし」
と、興味なさげにおっしゃるおぼっちゃま。
それは照れ隠しとかではなく、本当に好きでも嫌いでもないのでしょう。
ああ、お嬢様。どうやら、おぼっちゃまには恋の話はまだまだ早いようでございます。
「まあ、そういうわけで、アシュリーの相手はせねばならぬ。だが、余としては少しぐらいはこうして羽を伸ばさねばやってられぬのだ」
言いつつ、うーんと伸びをして傍にあったベンチに座るおぼっちゃま。
そしてご自分の隣を指差して、私におっしゃいます。
「それよりもシャーリィ、余はお主と話がしたい。お主も腰掛けるがよい」
「うっ、うう……。本当によろしいのですか……」
王族の隣に腰掛けるなど恐れ多いにもほどがありますが、座れと言われては座るしかありません。
私がおっかなびっくり腰掛けると、おぼっちゃまはニッコリと微笑んでおっしゃいました。
「シャーリィ、こうしてのんびり話すのは初めてかもしれぬな。前はドーナツを食べるのに夢中であったし。それにしてもお主の用意するおやつは本当にいつも楽しい。おいしいが、それ以上に楽しいのだ」
「お褒めに預かり、光栄ですわ」
「うむ。して、今日のおやつは何だ。余は、実はそれが気になって仕方ない」
と、ずいっと身を乗り出して尋ねてこられるおぼっちゃま。
ああ、なるほど。私を連れ出したのは、そういう意図もありましたか。
おぼっちゃまは、やはり花より団子。美少女の許嫁より、今日のおやつのようでございます。
ですが、問われて種明かしをしてしまうマジシャンは三流以下でございます。
私はニッコリと微笑み返して、こう言いました。
「それは、おやつの時間になってからのお楽しみでございます」
「むう、教えてくれぬのか。シャーリィは、ケチだ」
ぷうっと頬をふくらませるおぼっちゃま。可愛い。
でもそんな顔をしたって駄目です。何を出すのかは、時間になるまで絶対秘密です。
だって、そのほうが楽しいですから。
殿方には、獲物を追わせたほうがいい。それは、なにも恋愛だけではありません。
胃袋を掴む作業においても真理なのでございましょう。
「なら、別の話だ。シャーリィよ、あのチョコレートとやらはどうやって作っておるのだ? まったくあれは珍妙にして摩訶不思議な食べ物、なのに極上の味わいだ」
「はい、おぼっちゃま。チョコレート作りは、カカオという食材をゴリゴリと摩り下ろす作業が要でして……」
そして、私はしばしおぼっちゃまとおやつに関するお話で盛り上がったのでした。
その陰で……大変なことが、起きているとも知らずに。
◆ ◆ ◆
「なんなのよ、あのメイドは! ほんっとうに信じられない!」
シャーリィとウィリアム王子が飛び出していってしまったすぐ後。
中庭に、アシュリーのヒステリックな声が響きわたりました。
まんまと王子にほったらかしにされた彼女は、その怒りの矛先をシャーリィへと向けていたのです。
「今日は、私が主役なの! やっと、本当にやっとお会いできたのに、素敵なウィリアム様と夢のような時間を過ごせると思ったのに! 許せない、許せないわ、あのメイド! それにミア、あんたもほんっとうに役に立たない!」
「申し訳ありません、お嬢様」
その怒りはお付きのミアにまで向かい、彼女は深々と頭を下げて叱責を受けいれています。
プライドが高く、自分がその場の主役でないと気がすまない性格のアシュリーにとって、この状況は屈辱以外の何物でもなかったのです。
「あのメイド、私の家の者なら、すぐにでもクビにしておっぱらってやるのに……! どうやってウィリアム様に取り入ったのかしら、ああもう!」
「それなのですが、お嬢様」
地団駄を踏みながら言うアシュリーに、頭を上げたミアが言いました。
「あのメイド、シャーリィ殿は菓子作りの腕を買われてメイドとなったそうです」
「へえ……。そうか、そうだったわね。お城のメイドは、お料理メイド。おぼっちゃまにおやつをお出ししているんだったわ。そうか、それでウィリアム様に可愛がってもらっているのだわ。なんて小狡い女狐なのかしら!」
アシュリーは憎々しげに吠えましたが、そこで何かに気づいた表情を浮かべます。
「まてよ……。そうだわ、おぼっちゃまは美食家であらせられる。特に甘いものには目がないんだったわね。つまり」
「ええ、そうですお嬢様。ですから私共のほうから、美味しいお菓子を出」
「あいつを、お菓子で負かして追っ払えばいいってわけね!」
「…………」
話が予想外の方向に進み、ミアは思わず固まってしまいました。
争うのではなく、こちらもおやつを出し、一緒に楽しむことで王子様と親睦を深めてはどうか、と提案するはずだったのです。
すぐにカッとなってしまうのがアシュリー様の悪いところ……。
ミアはそう心の中で呟きましたが、どうすることもできません。
「ミア、あんた、お菓子の腕も一流だったわよねたしか」
「はい、お嬢様」
ミアは、代々ロスチャイルド家に使える執事の家系の者です。
主人のあらゆる要求に応えるため、学問や武術を修め、さらには家事全般も当然のごとく教え込まれていました。
「いいわ。あんた、あの生意気メイドを料理で徹底的に負かして鼻をあかしてやりなさい。どうせ、あんなやつ物珍しいだけの大したことないお菓子を出してるはずよ。ボコボコにして、王子様の目を覚ましてさしあげるの。いいわね!?」
「……」
その命令に、ミアはしばしためらいます。
シャーリィは、少し変わっていますが良い人に思えました。
それに、王子様に取り入ろうなどというさもしい考えを抱いているようには見えませんでした……どことなく、連れ回されて迷惑そうでしたし。
しかし、主人の命令には逆らえません。
すぐに気持ちを切り替え、
「はい、お嬢様。全ては、お嬢様のお望みのままに」
主人の命に応えるべく、行動を開始したのでした。
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