お嬢様に捧げるふわふわスイーツ2
「むっ……」
小さな声が上がり、ふと視線を向けると、アシュリーお嬢様が僅かに頬を膨らませて不満げな顔をしてらっしゃいました。
いけない。この場の主役はお嬢様なのです。ここは、将来の王妃を狙うお嬢様が全力で自分をアピールするための場。
つまり、脇役たる私が目立つなんてありえない状況なのです。
私は慌てて笑顔を引っ込めると、精一杯頭を低くしつつ脇に下がりました。
すると、邪魔者が消えて機嫌を直したらしいお嬢様がサクルを見て嬉しそうにおっしゃいました。
「まあ、サクルですか。お懐かしい、王妃様がとてもお好きなお菓子でしたわね。私も何度も一緒にいただいたものです。ウィリアム様もお好きなお菓子ですよね!」
キラキラ笑顔のアシュリーお嬢様。
相手の好物を覚えているというのは大きなセールスポイント……となるところなんですが。
(違いますわ、アシュリーお嬢様……。おぼっちゃまは、サクルはあまりお好きじゃないの。付き合いで食べていただけなのよ!)
と、事実を知るがゆえに歯がゆく心の中で叫ぶ私。
おぼっちゃまは、王妃様が大好きだから一緒に食べていただけで、サクルには飽き飽きしてらっしゃるのです。
その証拠に、食いしん坊のおぼっちゃまがいまだにサクルには手をつけてらっしゃいません。
お嬢様のお言葉にも、「う、うむ」と返事を濁してらっしゃいます。
ですがやがて、おぼっちゃまはサクルの横に添えられた黒い何かに気づいて、こちらを振り向かれました。
「おい、シャーリィ。この黒い物はなんだ?」
黒くて四角いそれを指で摘みながらおっしゃるおぼっちゃま。
ですので、私は深々と頭を下げながらお答えしました。
「はい、おぼっちゃま。それはチョコレートにございます」
チョコレート。
カカオと砂糖などを混ぜ合わせ、型に入れて冷やし固めた物でございます。
私はチョコクリームをよくおぼっちゃまにお出ししていましたが、固めた基本的なチョコをお出しするのは初めてのことです。
いつかお出ししようと思ってはいたのですが、おやつの時間にチョコレートだけを出すのはかなり抵抗があり、今日まで機会がありませんでした。
だって、大量に召しあがるおぼっちゃまですもの。チョコばっかり食べるのは体に悪いですし、鼻血でもお出しになったらとんでもないことです。
ですが合間のお茶請けとして出すのならありかと思い、今日、冷蔵庫に取っておいた秘蔵のそれをお出しすることにしたのでございます。
なお、カカオは宮廷魔女であるアガタが「少しだけ採れたわ」と言って持ってきてくれたものを使っています。
アガタ、本当にありがとう。大好き。
「チョコレート……? 前食べたものとは違うものか?」
「基本的には同じですわ。でも柔らかく仕上げたあれとは違い、固めてございますので違う食感が楽しめます。ただ、溶けやすく、指の熱でも崩れてしまいますので、お気をつけくださいまし」
私がそう言うと、お坊ちゃまはつまんでいるチョコを見て、なくなってはたまらないとばかりに慌ててお口に放り込まれました。
そしてそれを口の中でじっくり味わった後、目を輝かせ、こうおっしゃったのです。
「おいしい!」
うふふ。また、おぼっちゃまのおいしいが聞けました。
そうでしょうそうでしょう、チョコはお子様の大好物ですもの。
本来はチョコを楽しむのならこちらが正道。私も子供の時分、親におやつを買ってもらえる時は、チョコの棚に真っ先に向かったものです。
そのうち、おぼっちゃまにもジャイアントカプリコあたりを真似して作りお出ししたいところですね。
私も子供の頃は、あれにかぶりつくのが大好きでございました。……まあ、大人になってからもよくかぶりついてましたけども。
「うむ、おいしい、実においしい。……もうなくなってしまった。シャーリィ、もっとないのか」
「え、ええと……」
三粒だけのチョコをぺろりと平らげたおぼっちゃまがそうおっしゃって、私は返事に困ってしまいます。
冷蔵庫の中にはチョコがまだありますが、今はおやつの時間ではございませんので、あまりお出しするわけにも。
などと考えていると、メイド長がいつものむっつり顔で言いました。
「おぼっちゃま、まもなくお昼です。その前にお菓子を食べすぎてはいけませんわ」
「むう、わかっておる」
それに少し不満げにこたえるおぼっちゃま。
こういうところは、ちゃんと子供ですね。
ですが、気になるのはお嬢様のほうです。
この場の主役であるはずが、すっかりおいてけぼりにされてしまっている彼女。
そんな彼女が、こう……ギロリと、こちらを睨んでいるのです。なんだこいつは、と。
主役である私を差し置いて、何だこのメイドは。
なにやら王子様に気に入られている様子。気に食わない。実に気に食わない。
その視線がそう物語り、これでもかと憎しみの感情を伝えてきています。あわわ……。
すると、そこでお嬢様の背後に控えていたお付きの方……背が高く、執事服を身にまとった方が場の空気を入れ替えるように言いました。
「お嬢様。本日は良い陽気でございます、お散歩などいかがでございましょうか」
私はその方のことを男性だと思っていたのですが、その声は驚いたことに美しい女性のものでした。
彼女は、短い髪にスラリとした体型をした男装の麗人だったのでございます。
「そっ、そうね、いい考えだわ! ウィリアム様、前みたいに庭を案内してくださいませんか!?」
その提案に気を良くしたのか、健気に笑みを浮かべて提案なさるお嬢様。
これは実に良い案にございます! それならば二人きりで話せる時間も持てるでしょうし、何より私がついていかなくてすみます。
これぞ、邪魔なメイドを追っ払い、親密度を上げる最良の一手ですわ。
ああ、そして私はようやく愛しいチーズ蒸しパンのところに戻ることができるという寸法なわけです。
まさに全員がハッピーになれる最良の手。なんて優秀なお付き様なのでしょうか!
──などと胸中で喝采をあげる私をよそに、おぼっちゃまは少し考えるような顔をなさった後。
なんともはや、こんなことをおっしゃったのです。
「そうだな、この一年で王宮の庭もあれこれ変わったしな。少し歩くのもよかろう。ではクレアよ、シャーリィを借りるぞ。さあ、ついてくるがよい、シャーリィ」
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