お嬢様に捧げるふわふわスイーツ1
「ちょっと、シャーリィ、シャーリィ! あなた、なにしてるの! 呑気におやつ食べてる場合じゃないわよ!」
「ふえ?」
いきなりそう声をかけられて、特製のチーズ蒸しパンを頬張っていた私は間抜けな声を出してしまいました。
場所は王宮のメイドキッチン、時刻は朝と昼の間。
朝のお仕事も終わり、今は私が思う存分おやつを楽しむ……もとい、研究する至福の時間でございます。
この時間を邪魔する者は何人たりとも許さない、と言いたいところでございますが、声をかけてくださったのは先輩メイドであるお姉さまのお一人。
無視するわけにもいかず、私が口内のチーズ蒸しパンを無理やり飲み込むと、お姉さまは焦った様子で続けました。
「今日は大事なお客様がいらっしゃるから、全員、正面入り口でお出迎えするように言われてたでしょ! 遅れると、場合によっては重い罰を食らうわよ!」
ひえっ。そうでしたそうでした、必ずこの時間に集まるように言われてたんでした!
お料理をしていると、すべてのことを忘れてしまうのが私の悪い癖。
ごめんなさい! と言いながら、私は慌ててお姉さまと一緒に廊下を駆け出しました。
「はあっ、はあっ……良かった、間に合ったあ!」
正面入り口に駆けつけると、すでにメイドと執事の皆様は整列済みでしたが、お客様はまだ到着していなかったご様子。
ぜえぜえと荒く呼吸をしながらもしれっと列に並ぶと、横にいたアンが怒った顔で言いました。
「馬鹿、あれほど言ったのになんで忘れてんのよ……! しっかりしてよ、もう!」
「ごめんね。つい、蒸しパンの魅力から逃れられなくて」
謝罪の言葉を述べつつも、でもしょうがないじゃないか、などと思ってしまう私。
だって、チーズ蒸しパンですよ? チーズ蒸しパンから逃げられる人なんています?
今だって、心の中は置いてきたチーズ蒸しパンのことでいっぱい。
ああ、誰かにこっそり食べられてしまわなければいいのですが。
などと私が考えていると、そこで開け放たれた扉の向こうから兵士の方のお声が響いてきました。
「ロスチャイルド家のご令嬢、アシュリー様、ご到着!」
その言葉を受けて、皆が一斉に頭を垂れ、私もそれに倣います。
やがてコツコツと小さな足音が響いてきて、正門から小柄なレディが入ってらっしゃいました。
(あらやだ、可愛い)
少しだけ顔を上げ覗き見て、私は思わずそう思ってしまいました。
それは、金色の髪をくるくると巻いた、貴族チックな髪型の少女。
年齢はおそらく、おぼっちゃまと同じ十歳ぐらいでしょうか。そのお顔は綺麗に整っていて、華麗なドレスもよくお似合いで、もうお人形のような愛くるしさ。
将来は間違いなく美女となることでしょう。
「アシュリーお嬢様、いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
頭を下げたまま、全員で声を張り上げます。
しかしアシュリーお嬢様はそれに特に反応せず、当たり前とばかりにお供の女性を連れて通り過ぎていきました。
「堂々としてらっしゃるわね。そんなに偉いお家のお嬢様なの?」
その背中を見送りながら隣のアンに尋ねると、アンは何を馬鹿なことをという表情を浮かべました。
「偉いも何も、この国で最高位の貴族様よ、ロスチャイルド家は。行商人が盛んに行き交う東部を取り仕切ってらっしゃって、それはもうお金持ちなんだから。それに、あのお嬢様はおぼっちゃまの花嫁候補ナンバーワンってもっぱらの噂よ」
「あらやだ、まだあんなにお若いのにもう結婚のお話……!?」
「王族様貴族様ってのはそういうものよ。国の今後のために、権力者同士で結びつく婚姻を早いうちから決めちゃうの。いわゆる政略結婚ってやつね」
まあまあ、なんともまあ。
まさかおぼっちゃまにすでにお嫁さん候補がいらっしゃったとは。
ということは、あのお嬢様が、将来私のお仕えする相手になる可能性大ってことですか。
それは大変、嫌われないようにしないと。
「お前は気に入らないからクビよ。もちろんギロチンで首を落としちゃうって意味でね」なんてことにもなりかねません。
粗相のないように……いえ、むしろ極力関わらないように過ごすのが吉かもしれません。
何しろ私は、悪目立ちすると常日頃人から言われる人間ですゆえ。
触らぬ神に祟りなし……などと思っていたのですが。
「シャーリィ。お前はキッチンに戻らずついてきなさい。おぼっちゃまとお嬢様にお茶を出す手伝いをしてもらいます」
と、メイド長がおっしゃい、私の願いはさっそく水の泡となったのでした。
ああ、どうか穏便に終わりますように。
……ええ、まあ。穏便には、終わらなかったわけですが。
◆ ◆ ◆
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
紅茶の載ったお盆を持ち、メイド長の後に続いて客間へと入る私。
華やかな調度品に彩られた客間には、おぼっちゃまとお嬢様、それに護衛の兵士の方々とお嬢様のお付きがいらっしゃいました。
その真ん中で、おぼっちゃまとお嬢様が話をしてらっしゃるのが聞こえてきます。
「ウィリアム様、私、ウィリアム様とまたお会いできる日を本当に心待ちにしておりましたのよ! いろんなことがあって、一年もお会いできなかったんですもの!」
と、椅子から跳ね跳びそうなぐらい上機嫌なアシュリーお嬢様。
それに対し、おぼっちゃまはどことなくこわばった表情でお答えしました。
「ああ、まあ、うむ。余も楽しみだった、アシュリー」
「まあ、私たち気が合いますわ! 遠く離れていても同じことを考えているなんて! 運命で繋がれているのですわ、私たち! そう思われますわよね、ウィリアム様!」
「あ、ああ……」
あらあら、まあまあ。
身を乗り出してぐいぐいいくお嬢様と、若干引いてらっしゃるおぼっちゃま。
いけませんわ、そのように感情をおしつけては。
殿方とは、狩人のようなもの。獲物の方から体を擦り寄せに行っては、狩る気を失わせてしまいます。
女は魅力で惹きつけ、追わせなくてはいけないのです。
……まあ、これは私の経験則ではなく、前世で読んだ少女漫画の受け売りですけれども。
「失礼いたします」
あくまで空気のごとく、個性と気配を殺し、テーブルにお紅茶を並べる私。
そして、まもなく昼食のお時間ではありますが、クリスティーナお姉さま特製のサクルもお茶請けとして一つずつお出しします。
すると、そこで私の存在に気づいたおぼっちゃまがニコリと微笑んでおっしゃいました。
「なんだ、誰かと思ったらシャーリィではないか。おやつの時間以外に珍しいな」
「はい、おぼっちゃま。今日はメイドらしくお茶係でございます」
微笑み返して、小さくお辞儀。
おぼっちゃまのお言葉は、遊び友達に向ける小さい好意のようなものが感じられます。
まあ一緒に隠れてドーナツを食べた仲でございますから。悪友のようなもの、と言えるかもしれません。
しかし、それがよくありませんでした。
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