あなたに届け!あつあつデリバリーピザ8
「ふう……夢のような時間だった……」
ピザを綺麗に平らげて、おぼっちゃまが幸せそうに呟かれます。
本当に、お見事な食べっぷり。出した私も、満足感でいっぱいです。
そっとお茶をお入れすると、おぼっちゃまはそれを口になさって、そしておっしゃいました。
「素晴らしいな、このピザというものは。シャーリィ、美味しかったよ」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます、おぼっちゃま……!」
おぼっちゃまのお言葉に背筋を感動が駆け上り、私は深々と頭を下げました。
やっぱり、おぼっちゃまもピザが好きになってくださった……。そのことが、嬉しくてしょうがありません。
本当は。本当は、トマトやアスパラガス、その他たくさんのお野菜も使えたらもっともっとバリエーションがあるのですが。
それでも、今日も美味しいというお言葉をいただけた。
それだけで、私は満足です。
隣で同じように頭を下げるアンも、嬉しそう。
そうだよね、二人で頑張ってきたんだから。
私達の今回の挑戦は、大成功。なんの悔いもございません。
そして、そこでおぼっちゃまがおっしゃいました。
「ところで、ピザはもうないのか? 余はまだ食べられるぞ」
それは心得ておりました。
おぼっちゃまなら、十枚以上でも平気で召し上がってくださるであろうと。
ですが、今回はあえて数をセーブいたしました。何故ならば。
「申し訳ありません、おぼっちゃま。ピザはこれで全部でございます。ですが」
そして、そっと後ろを振り返りながら、私は言ったのでございます。
「こってりとしたピザを食べた後に、甘いものはより美味しく感じるものでございます。いかがでしょう、最高のお菓子が待っておりますけれども」
そう、他の班のお姉さま方がお作りになった、素敵な甘いものが後に控えているのですから。
私達のピザだけでお腹を一杯にしてしまうのは、勿体のうございます。
「そうであったな。たしかに、甘いものが欲しい。ピザはまたの楽しみにして、次を頼む」
おぼっちゃまは小さく微笑まれて、そうおっしゃいました。
すると、「はい、ただいま!」と、元気よく次のお菓子が運ばれていきました。
それを楽しそうに口に運ばれるおぼっちゃま。それを見ながら、私達は笑顔で自分たちの定位置に下がります。
こうすれば、メイドの班の中でも役割を分担できます。
そうすれば、変に競い合うことなく皆でおぼっちゃまを喜ばせることができる。
狙い通りでございます。
そこで、ふとこちらを見てらっしゃったクリスティーナお姉さまと目が合いました。
そっと微笑みかけてくださるお姉さま。私も、微笑みを返します。
順番を繰り上げてもらうという横紙破りをした私を、笑顔で許してくださるお姉さま。
本当にお優しい方。
お姉さまのご指導にも応えることができて、本当に、最高のおやつタイムでした。
ただ。私達の横に並んでいたジャクリーンだけは。
「気遣いのできるアンタは、私達にも出番を回してくださるってわけ? 随分とお優しいのね」
と、こちらを見ることなく無表情に呟きました。
……いつか、彼女とも仲良くできる日が来るでしょうか。
◆ ◆ ◆
「ふんふーん……」
おぼっちゃまにピザをお出しした日の、夜。
私は、キッチンで鼻息混じりに自分のためのピザを作っていました。
それは半ば成功のお祝い、そして半ばピザとのお別れの儀式です。
ピザは、たしかにうまくいきました。
おぼっちゃまにも大好評。でも、もう一度私の方からお出しすることはないでしょう。
だって、何度もおやつとしてお出しするにはやはり重すぎるんですもの。
それに、今回は順番を繰り上げてもらうという、あまり褒められたことではない対応までしていただきました。
そんなものを調子に乗って何回も出していたら、申し訳がたちません。
おぼっちゃまが出すように言ってくださるなら別ですが、当分は忘れておいたほうがいいでしょう。
私も次のおやつに注力しなければいけません。
だから、ピザは今回でおしまい。たった一回きりの挑戦は、こうして幕を閉じたのでした。
「いろんなことがあったわね……ボブ」
ピザを石窯に放り込みながら、後ろのボブに話しかけます。
すると、ゆったりと椅子に腰掛けて葉巻の煙を揺らしているボブが、感慨深げに言いました。
「ああ……初めてお前さんと出会った時は、こんなお嬢さんに良いピザなんて焼けっこないって思ったよ。ピザの名人ってのは、ごつい男かばあさんって相場が決まってるもんだからな」
「あら、偏見だわ。ピザを愛する心があれば、老若男女問わずきっと美味しいピザは焼けるわよ」
「ああ、そうだな……そのとおりだ。ピザってのは、みんなのもんだ。ピザがありゃ、そこには笑顔がある。まったくそのとおりだよ、お嬢さん」
言って、ボブは嬉しそうに笑いました。
そして、名残惜しそうに葉巻を置いて、ゆっくりと立ち上がります。
「さて、と。んじゃあ、俺もそろそろ戻るとするか。自分の窯に、な」
「お別れなのね、ボブ」
「ああ。人生に別れはつきものさ、お嬢さん。だが、気に病むことはない。俺たちは、ピザでつながってる。あんたがピザを楽しむ時、俺はそこにいるのさ。だから、な」
笑顔のまま世界に薄く溶けていきながら、ボブは最後に言いました。
「精進しなよ、お嬢さん。またいつか、石窯の前で会おう」
「ええ、ボブ。またいつか、石窯の前で。……ごきげんよう」
そして、これが私とボブの、今生の別れとなったのでした。
さようなら、ボブ。私、あなたとの日々を、忘れない。
……そして。一人で盛り上がっているそんな私をキッチンの入り口から見守りながら、アンがつぶやいたのでした。
「シャーリィ、あなたは凄い料理人だと心の底から思うけど、私、いまだにあなたのことが理解できないの……。だから、ボブって誰なの……」
◆ ◆ ◆
さて、場面は変わって、ピザをお出しした翌日。
王宮の正門前に、けたたましい音を立てながら一台の馬車が止まりました。
美しい装飾のなされた、シンデレラでも乗っていそうな豪華な馬車。
その扉が開き、中から、小柄な少女が降りてまいります。
年若い彼女は、花のような笑顔を浮かべ、こう呟きました。
「おまたせしました、王子様。あなた様の、未来の花嫁が参りましたわ!」
おぼっちゃまとの結婚を夢見る、この少女。
彼女の登場によって、私は過去最大のピンチを迎えることとなるのですが……それは、次のお話で。
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