あなたに届け!あつあつデリバリーピザ5
「じゃあ、とりだすわよ、アン……!」
そう宣言して、木ベラに乗せたピザを石窯から引き出します。
そうして現れたピザをまな板の上に載せて、アンと二人してごくりと喉を鳴らす。
今回のピザは、自信があります。なにしろあれほど生地の勉強をし、ついにたどり着いた状態なのですから。
正直、これが美味しくなかったら絶望する。それぐらい気合いの入った一品でございました。
「じゃあ、試食するわよ……!」
ざくざくとピザを切り分け、手にとって断面を確認します。
生地の厚み、チーズのとろけ、具材の焼き加減、ヨシッ!
すべてが美しく整ったそれは、黄金比すら感じる出来栄え。
そしてなにより、クリスティーナお姉さまに仕込まれた生地が見事に輝いています。
「っ…………!」
そして、それをそっと口に挟んだ瞬間、絶句してしまいました。
あまりにも……あまりにも、美味しい!
生地は外側がカリッとしつつも、中はふわっとした甘みが際立ち、噛むと芳醇な小麦の美味しさが飛び出してきます!
もちろんただ美味しいだけではなく、いくつかの種類をブレンドしたトロトロチーズに、ピザソースや具材と見事に溶け合っており。
渾然一体の幸福感が怒涛のごとく押し寄せてきます。
しかも噛めば噛むほど味わい深くなっていって、口を離すと、とろけたチーズがにゅいんと伸びて付いてくる。
ああ……最高。これだわ、これこそがピザ!
アンのほうに目を向けると、彼女は蕩けきった表情で呆けているし、ボブのほうを見ると、彼はニカッと白い歯を見せて親指を立てながら言いました。
「まったく、若い子の成長にはいつでも驚かされるぜ」、と。
「凄い、凄いわシャーリィ! もう、抜群に美味しい! これでおぼっちゃまにお出しする準備は整ったわね!」
ピザをばくばく食べながら言うアン。
ですが、私は小さく首を振って答えました。
「いいえ、アン。まだよ。まだ、準備は残っているわ」
「え、そうなの? これでも十分だと思うけど……まだピザになにか乗せるの?」
「ピザになにかをするわけじゃないわ、アン。でも、ピザの味をよりお伝えするために必要なものがあるの」
そう言って、私はニヤリと笑みを浮かべるのでした。
◆ ◆ ◆
「それでは、本日のおやつタイムを始めます」
いつもの中庭に、メイド長のお声が響きます。
そしておぼっちゃまがワクワク顔で席につく……まではいつもどおりなのですが、今日はなんだか様子が違いました。
なぜかはわかりませんが、なんと他のメイドやメイド長、さらにはおぼっちゃまの視線までもが私達五班に向けられているのです。
そして、皆を代表するようにメイド長がおっしゃいました。
「……シャーリィ。始める前に一つ聞きたいのですが。……おまえたち、メイド服はどうしたのですか」
そう問われて、ようやく理由が判明しました。
私達がいつもと違う服装なので驚いていたのでしょう。
ですので、私は、今日着ている服……Pというワンポイント文字の入った赤い制服と、赤い帽子を見せつけるようにしてお返事いたしました。
「はい、今日のおやつはこの格好でお出ししなければいけない決まりですので、着替えました!」
「……決まり、ですか」
「はい、メイド長!」
なにか信じられないものを見るような目でおっしゃるメイド長に、元気いっぱいでお返事します。
すると、隣で同じ赤い制服を着ているアンが顔を真っ赤にしながら言いました。
「ねえ、シャーリィ。あなたがどうしてもというからこの格好をしたけれど、本当に必要なのこれ……!」
「もちろんよ、アン。この格好でお出しすれば、普通の何倍もおいしくなるの。二人で仕立てたこの服を信じて!」
そう、この赤い制服は私達の手作りでした。
針仕事が得意なアンに習いながら、二人で一生懸命仕立てたのです。
残念ながらピザ屋の制服そのものとはいきませんでしたが、なあに、遠目で見れば十分それっぽく見えることでしょう。
「……まあいいでしょう。ただし、おやつタイムが終わったらすぐにメイド服に戻すように。では、おぼっちゃま。始めましょう」
「う、うむ」
なにかを諦めた表情でメイド長がおっしゃって、まだこちらに目が釘付けのおぼっちゃまが生返事を一つ。
そして本日のおやつタイムが始まったのですが……私的に、今日はどうしてもおやつが暖かいうちに順番が回ってきて欲しいところです。
ああ早く回ってきて、とそんなことを願いつつチラチラおぼっちゃまの方を見ていると、おぼっちゃまの視線も私たちの方に向いてきているのを感じます。
それは、たぶん今日のおやつを全部個別に入れ物に入れているせいでしょう。
なにか美味しそうな匂いがするのに、その正体がわからない。
それが気になってしょうがないご様子。
なので、ついにメイド長がため息とともにおっしゃってくれました。
「おぼっちゃま。どうやらおぼっちゃまはアレが気になっておやつに集中できないご様子。今日だけ特別に、順番を入れ替えてはいかがでしょうか」
「う、うむ、そうだな。では、今日はシャーリィの物から食べるとしよう」
何たる僥倖!
そして、メイド長が苦虫を噛み潰したようなお顔で私に命じてくださいました。
「シャーリィ。今日だけは特別に、優先して出すことを許します。持ってきなさい」
「はい、ただいま!」
そして、大きく笑みを浮かべた私は……そのまま中庭を、おぼっちゃまとは逆方向に向かって駆け出したのでした。
「…………」
そして、皆様が見守る中、広い中庭を大回りで回っていく私。
完全に狂人を見る目が向けられているのはさすがに感づいていましたが、仕方ありません。
だって、今日のおやつは遠くから届くことに意味があるんですもの。
そして、中庭をぐるりと周りきって、ついにおぼっちゃまの前までたどり着いた私。
ぜえぜえと肩で息をしながら底の浅い網カゴを開き、その中身をお見せしながら、私は全力の笑顔でお伝えしたのでした。
「お待たせしました、おぼっちゃま! あつあつピザ、お届けにあがりました!」
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