海とドライブと重箱弁当2
そこにあった、四つのタイヤを持ち、四角いボディをしたそれの中には、座席が置かれ、丸いハンドルのようなものまでついていて。
そう、それはまぎれもなく、私の前世の世界にあった、自動車そのものだったのでございます!
しかも、オープンカー!
……まあもっとも、その車体は金属ではなく、木製でしたが。
「ふっふっふ、その通り。設計と発注を、内緒でずいぶん前からやっていてね。君が帰ってきたら驚かせようと、頑張って作っていたのさ。今日はこいつで、海沿いをドライブといこうじゃないか!」
私の反応に気をよくして、自慢げに言うジョシュア。
確かに、車のことはジョシュアがよく聞きたがったので、何度も話したことがあります。
しかし、私の車に対する知識はかなり曖昧で、細部に至ってはほぼ説明不能。
そんな状況なのに、その少しばかりの情報を元に、車を作り上げてしまうなんて!
「これ、動くのよね? 本当にエンジン、作れちゃったの!?」
「はっはっは! それぐらい、ボクの手にかかれば、造作もないことさ! ほら、見たまえ!」
そう言って、ジョシュアは車のバックドアを開けて、中を見せてくれました。
するとそこには、たしかにストーブのような形をした、金属製の装置が置かれていたのです。
「わっ、なんだかそれっぽい! ……燃料は?」
「木炭にしたよ。木炭が燃える時に出るガスで動くようにできている。まあもっとも、現時点での設計と普通の木炭では期待通りの力が出なかったので、ボクの魔女としての力を使って、あちこちズルしている有様だけどね」
と、どこか残念そうに言うジョシュア。
ジョシュアの魔女としての力は『保存』といって、細工をすることで冷気や熱気を長時間留めておけるようになるものなのです。
冷蔵庫などもその力で作ってくれているのですが、ジョシュアはその力に頼るのがあまり好きではない様子。
いわく、能力に頼った発明なんて虚しいもの、とのことですが。
それでも、今のこの時代に動く車が作れるって、ものすごいことですよこれは。
……でも、これ、本当に動くのかなあ。正直、まだけっこう疑ってます。
まあ木炭車自体は、前世の世界にもあった物ですけれども。
なんて考えていると、そこで、戸惑った様子のアガタが声を言いました。
「ねえ、さっきから二人で何を言い合ってるの? 正直、一つも理解できないんだけど。その、馬につながっていない馬車の荷台が何だって言うの?」
……ああ、そっか。
知らないと、これはそうとしか見えないよね。
「ふっふっふ。アガタ、これは荷台なんかじゃないよ。これは、これだけで動く乗り物なのさ」
「……これが? これだけで、動くですって? ちょっと、いくらなんでも信じないわよそんなこと! ありえないじゃない!」
「それがありえるんだなあ。まあ、説明するより体験する方が早い。さあさあ、お嬢さん方、どうぞお席へ。今から、驚くべきことをお見せしよう!」
そう言って、戸惑う二人を後部座席に無理やり乗り込ませるジョシュア。
更に私を助手席に座らせると、張り切った表情でエンジンに向かい、木炭に火をつけようとします。
しかし、それに、遠巻きに様子を見ていたアリエルが待ったをかけました。
「お待ちください。魔女殿」
「うん? ……誰だい、君?」
「失礼。私はシャーリィ様の護衛を仰せつかっている、アリエルと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って、深々と頭を下げるアリエル。
今日はアリエルも、私服の可愛らしいスカート姿です。
本人はいつもの鎧で来ると言い張ったのですが、それでは悪目立ちして逆に危険だと私が言って聞かせたのでした。
せっかく遊びに行くのに、むさくるしい鎧姿では台無しだしね。
……まあ、腰に剣を下げているせいで、結局はとても目立ってしまうでしょうが。
「へえ、君が噂の護衛殿か。ボクの大事なシャーリィを守ってくれているらしいね。ありがとう、どうぞよろしく頼む。……それで、なにかな?」
「いえ、何をしてらっしゃるのかは、正直理解できかねるのですが。どうやら火を使うご様子で、はたして大丈夫なのかと。私は、今回の見届け役も請け負わせていただいております。皆様に、特にシャーリィ様に万が一があっては、と思いまして」
「ああ、なんだそんなことか! 安心したまえ、ボクだってみんなに怪我なんてさせるつもりはないよ! 何度も何度も安全性についてはテスト済みだ。少なくとも、大爆発を起こして燃え上がったりはしないさ。保証する」
「……左様ですか。ですが……」
「さあ、そんなことより、君も一緒に行くんだろう? ならボケっとしてないで、乗った乗った! 多少窮屈だろうが、後部座席に三人で我慢しておくれ。ボクの助手席は、シャーリィしか乗せないと決めてあるんだ。さあさあ、早く早く!」
まだアリエルは不満そうでしたが、結局は強引なジョシュアに押し切られ、渋々ながら座席に座り。
そして、せっせと作業を進めたジョシュアが、やがてバタンとバックドアを閉め、ニンマリと笑いながら、運転席へと飛び乗ってきたのでした。
「よしっ、準備完了! じゃあさっそく海へと出発するぞ、諸君!」
「えっ、なになに、なにするの!? なんかこれ、後ろでなにかを燃やしてたし、微妙に振動してるしで怖いんだけど!?」
アンが座席にしがみつきながら不安そうに言いますが、ジョシュアはそれを知らんぷりし、ぐいっとアクセルペダルを踏みつけました。
すると。ゆっくりとタイヤが動き出し、ジョシュア特性の車は、見事に走り出してみせたのでした!
「えっ、嘘!? ほんとに動き出した! なんで、なんでぇ!?」
「わっ、わっ、わっ……。ばっ、馬鹿な、なんだこれは!? あっ、ありえない、こんなっ、こんなっ……!」
驚き戸惑い、アガタと抱き合うアンと、剣を握り締め、青い顔で震えだすアリエル。
まあ、車の存在を知らないならば当り前の反応でしょう。
と、冷静に言っていますが、正直私も驚いています。
まさか本当に動くとは!
ああ、ジョシュアが、天才すぎて怖い……!
「はっはっは! どうだい、凄いだろう! これで、馬の力を借りなくても、人間ははるか遠くまで、わずかな労力で辿り着くことができるようになるんだ! ああ、いつかボクはこれに乗って、地の果てまで旅することだろう!」
と、ハンドルを操作しながら、得意満面に語るジョシュア。
その操作に従い、車はガックンガックンと揺れながらも、ちゃんと前へと進んでいきます。
そうして、門番の皆様が驚きの表情で見守る中、車はゆーっくりと街へと出ていき……そこでついに、たまりかねたアガタが、こう叫んだのでした。
「……いや、遅いわねこれ!? 歩くほうが、早くない!?」
そう。ジョシュア特性の車は、見事に動いて見せたのですが、これがもう、遅いのなんの。
おそらく時速1,2キロかそこいらで、ボッスンボッスン言いながら、今にも力尽きそうな様子で進む姿はまさに亀。
そして、みんなの視線が集まる中。ジョシュアは、困った様子で言ったのでした。
「こいつはまいった。ボクとしたことが、五人分の重量を計算に入れてなかった」




