あなたに届け!あつあつデリバリーピザ4
「シャーリィ駄目よ、生地の練りが下手すぎるわ。もっと全体の繋ぎを意識して粘り気を出さないと」
「はい、お姉さま!」
「アン、それじゃ水が多すぎるわ。加える水の量は、毎日の空気を感じ取って変えないと駄目よ。湿度と温度をね。いつも同じように漠然と入れてちゃ駄目」
「はい、お姉さま!」
「駄目駄目、石窯の温度が高すぎよ。もっと細かく調整して。薪の位置も工夫して。それと……」
「は、はい、お姉さま……」
「シャーリィ、そこはこうよ」
「シャーリィ、そこは大事にして」
「シャーリィ」
「…………」
微に入り細に入り、淡々と駄目出しをしてくださるクリスティーナお姉さま。
それこそ無限に駄目な点が出てきて、実力差というやつを嫌でも思い知らされる私達なのでした。
生地一つとっても、お姉さまの仕上げた生地は金色に輝き、伸ばすとゴムのように薄く広がります。
同じもので同じように作っているはずなのに、私達のこねたものとは雲泥の差があるのでした。
そんなお姉様の熱のこもった指導は連日深夜にまで及び、負けない気持ちで私達は必死に食い下がり続けたのでございます。
「うううっ……生地が……生地がぁ……」
時間は、深夜。調理台にもたれ掛かって、うめくように寝言を言うアン。
連日睡眠時間を削って頑張ったアンは、ついにダウンしてうたた寝を始めてしまいました。
「流石に疲れが溜まっているようね。もう少し、寝かせてあげなさいな」
起こしてあげるべきか、と生地をこねながら私が思っていると、クリスティーナお姉さまがそうおっしゃいました。
では、お言葉に甘えてそっとしておいてあげましょう。
そして私が必死でこねている生地を見て、お姉さまは満足げにおっしゃいました。
「上達したわね、シャーリィ。よくやれていると思う。元から素養はあったけど、自己流だったせいで足りないところがあったのね。後はあなたの努力次第ね」
「本当ですか!? ありがとうございます、お姉さま!」
こねる手は止めないまま、感動して言う私。
恐ろしく大変な日々でしたが、お姉さまの指導は本当にためになりました。
家庭の味の延長線上にいた私のパンは、以前より確実にパワーアップしているはず。今なら、三食パンやチョココロネだって前よりずっと美味しく作れる自信があります。
と考えたところで、私はハッとあることに気づいて、そっとクリスティーナお姉さまに尋ねました。
「でも、本当によかったんですか? 私達にこんなにたくさん指導してくださって」
さすがに口にはできませんでしたが、現状、おやつメイドの班はそれぞれがライバル関係にあります。
おぼっちゃまにどの班が一番食べてもらえるかをみんな気にしていて、お互いの手の内は極力晒さないようにしています。
なのに、クリスティーナお姉さまは惜しげもなく自分のパン技術を伝授してくださいました。
一班が一番技術が高いがゆえの行為なのでしょうか、と思っていると、お姉さまは少し微笑んでおっしゃいました。
「いいのよ。みんな忘れてしまっているかもしれないけど。私達は、ライバルだけど同時に仲間でもあるのよ。私達は、全員でおぼっちゃまに楽しい時間を過ごしていただくことが第一なの」
なるほど。それはたしかにそうです。
それに、人気のない班は取り潰しますなんて誰も言っていません。
あのおぼっちゃまが、そのようなことをなさるとも思えませんし。
「でもね。やっぱりみんな、自分の居場所がなくなることには不安を抱いているから。皆、人生をかけて王宮にやってきているからね」
それは私も知っている話です。
お姉さま方は、ほとんどが貴族や豪商の子で、ご自身の価値を高めるためにメイドをやっているのだと。
「ここでしっかり結果を出して、王族であるおぼっちゃまを喜ばせるほど料理の腕があって、覚えもいいっていう箔をつけたいの、みんな。もちろん私もそうよ」
「はい。嫁ぐ先や、今後の人生に影響してくるから皆様一生懸命なんですよね」
ふんふんと頷きながら応える私。
すると、お姉様はパンをこねる手を止めて、じっと私の目を見ながらおっしゃいました。
「あの子……ジャクリーンもそうよ。あの子は、おやつメイドの中では新しいほうなのだけれど、その腕を買われて早々に四班のメイド頭になったの。なんでもおやつメイドとして活躍することを期待されて、小さい頃から料理を仕込まれたらしいわ」
それは……知りませんでした。
ジャクリーンは、そんな子供の時から頑張っていたのね。
「だから、プレッシャーも大きいだろうしプライドも高いの。時々それが暴発して、荒れちゃうときもあるけど……本当は悪い子じゃないのよ。わかってあげて」
「……」
その真剣なお顔を見て、私は気づきました。
クリスティーナお姉さまは、私にそれを伝えたかったのだと。
おそらく、ジャクリーンが私に挨拶を返すようになったのも、お姉さまが口添えしてくださったからなのでしょう。
お姉さまはお姉さまで、メイド同士の溝を埋めるために、頑張ってくださっていたのです。
ちょっと頼りない、なんて思ってごめんなさい。
お姉さまは、私達のリーダーとしてちゃんと責務をまっとうしていてくださったのですね。
「ええ、もちろんです。私、元からジャクリーンが悪い人だなんて思っていませんわ。ただ、ツンデレなだけだってちゃんと気づいています」
「ツン……なに?」
ツンデレという言葉はこの世界にないので以下略。
とにかく、お姉さまの心配を少しでも和らげないと。
「でも、私は遠慮するつもりはないですよ。だってお姉さまもおっしゃったとおり、一番はおぼっちゃまに喜んで頂くことですもの。なら、私達は互いに切磋琢磨しあったほうがきっといい。そうですわよね、お姉さま?」
すると、お姉さまはしばらく黙った後、にこりと可憐な笑みでおっしゃいました。
「ええ、もちろん。私も、負けないわよ。シャーリィ」
そして、二人して微笑み合います。
夜の静かな調理場に、私達の笑い声と、アンの寝言だけが響いていきました。
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