ただいま、愛しのエルドリア! 4
「シャーリィ、おかえり! きっと無事に帰ってくると信じてたよ!」
「もう、どこ行ってたのよ! 変なメイドがいないと、張り合いがなくて困ったわ」
「おかえり、シャーリィ。君がさらわれたと聞いたときは、胸が張り裂ける思いだったよ。助けに行けなかった、私を許してくれ」
なんてなんて。その後もいろんな方が私の無事を祝いに来てくださって、まさに千客万来。
鍛冶屋のアントンさんに、アシュリーお嬢様、それにそのお付きのミア様。
他にも、執事さんやお城に仕える皆様が次々とやってきて。
やだ、私ったらこんなに人気者だったかしら! なんて、ちょっと嬉しくなってしまいました。
それに、私が戻ったという話が広まると、すぐにいろんな方が食事会のご予定をいれてくださったのです。
貴族の皆様に、騎士の皆様。それに聖職者様や、お父様のお知り合いな商人様たち。
いずれも、いない間、私の料理が恋しくて仕方なかったと言ってくださったのでした。
ああ、なんとありがたいことでしょう。こうしてみると、今まで頑張ってきて良かったなあ、なんて思っちゃいますね!
そして少しだけ不安だった、仕事への復帰も特に滞りなく。
メイドキッチンに戻ると、みんなが笑顔で迎えてくれ、すぐにまた馴染むことができたのでした。
こうして全部、元通り。
長い苦難の日々を乗り越え、私はエルドリア王宮での、とっても幸せで楽しい毎日へと戻ったのでした。
……と。そこまでは、良かったのですが。
実は、一つだけ前と変わったことがあり。
これがまた、なかなか頭の痛い問題なのでした。
「……」
メイドキッチンで、おやつの仕込みをする私。
しっかりと集中して作業しなくてはいけないところですが、どうにもうまくいきません。
なぜかというと……それは、私の背後に、べったりと張り付くようにして、人が立っているからなのでした。
「……」
「……あのぅ……アリエル様?」
鼻息が当たるぐらいの距離に立ち、じっと私を見つめている、その人物。
野暮ったい鉄製の鎧を着て腰に剣を下げた、スレンダーなその女性に、ついに私は我慢できず声をかけてしまいました。
「なんでしょうか、シャーリィ様」
「えと、なんていうか……そんなに近くで見られていると、集中できないと言いますか……。もう少し、離れいただいてもよろしいでしょうか……?」
おずおずとお願いする私。
ですが彼女は、私の側で直立不動のまま繭一つ動かさず、感情の籠っていない声でこう答えたのでした。
「離れていては、いざという時にお守りできません。自分の任務は、護衛として、あなたをなんとしても守り抜くこと。自分のことは、どうぞ空気とでもお思いください」
そう、彼女は護衛。
私にまた何かあったら一大事だと、宰相のティボー様がつけてくださった方なのでした。
お名前はアリエル様といい、なんでも騎士団長であるローレンス様の遠縁にあたる方らしく。
身元がしっかりしていて、しかもめっぽうお強いのだとか。
年齢は17歳らしいのですが、これがもう、鎧を着せておくには勿体ない美女でございます。
ウェーブがかかった、栗色の美しいショートヘアーに、猫のように大きく綺麗な瞳。
整った顔立ちに、ぎゅっと鍛え抜かれた細い体。
実に身目麗しく、さすがローレンス様のご親戚だと感心してしまいますが、これがどうにもこうにも。
彼女は、あまりにも……あまりにも、堅物すぎるのでございます!
「メイドキッチンにいる間は、危険なことなんてないですよ! それに、ずっと直立不動でいられるのも気を使ってしまいます。どうか、そこらへんで座っていてくださいまし!」
「護衛の身でそのようなこと、ありえません。それに、以前隣国のクズ王子に、まんまとここに侵入されたと聞いております。それが誘拐の発端だったとも。もし同じことがあったら、即座に自分が斬り殺しますのでご安心を」
それ、ちっとも安心できないですねぇ!?
真顔でなんてこと言うの、この人ぉ!
「王宮で、ましてやキッチンでそういう荒っぽいのは困りますアリエル様……いや、どこでも困りますけども!?」
「では、できるだけ半殺しで無力化できるよう、善処します。できるだけ」
と、どこか不満そうに言うアリエル様。
ですがすぐに表情を消し、こんなことを言ったのでした。
「あと、自分に敬語は不要です。名前もどうぞ呼び捨てになさってください。自分はあくまで、あなたをお守りする身。アリエルと、犬のように呼んでくだされば結構」
「いや、犬のようには呼びませんけども」
はあ。この方、真面目なのはいいのですが、どことなく変わり者で困ってしまいます。
どうにも絡みにくく、また、私と打ち解ける気もない様子。
彼女から見て、私はただの護衛対象。
主人はあくまでティボー様で、その命令だけを忠実に守るつもりのようです。
そんな彼女を見つめながら、私はティボー様がこっそり教えてくださったお話を思い出していました。
『アリエルはな、本当は騎士になりたがっているのだ。彼女は昔からローレンスにあこがれていてな。いつか彼の片腕として活躍したいと願っていた。だが、我が国は、女性を騎士には任じられない決まりなのだ』
それは、何とも切ないお話でした。
この時代、女性が就ける職業は限られております。
私はたまたま好きなことが料理で助かりましたが、別の仕事であった場合、その障害は多かったことでしょう。
『しかし彼女の剣の腕は本物だ。腐らせておくのはもったいない。彼女も、君がローレンスの友人であると聞いて、ようやく役に立てると張り切っている。どうか、仲良くしてやって欲しい。……あと、どうにも堅物すぎるので、ついでに女性らしさも教えてやってくれると嬉しい』
と、いい機会だとばかりに、私にいろいろ放り投げてくるティボー様。
好き勝手言いおって、さてはちょっとした復讐も兼ねてますねこれは……。
しかし、困りました。何しろ彼女、四六時中私に張り付いてくるのでございます。
料理をしていても、友達と遊んでいても、夜寝る時ですらすぐ側にいる始末。
ああ、これではフォクスレイで衛兵に監視されていた生活と、大差ありません!
(うう、せっかく自由になれたのに、これじゃたまらないわ! どうにかしなきゃ)
必要な時だけ守ってくれればいいのよ、と言っても彼女は聞いてくれないでしょう。
なら、せめて、もう少し楽に付き合えるようにしたい。
となると、どうするか。
(うん、そうね。ここは、どうにか友達になっちゃうのが手っ取り早いわ。友達となら、ずっといてもそんなに辛くないし!)
そう、それが一番の解決策でしょう。
そうと決まれば、やることは決まっています。
私が友達を増やす方法なんて、一つしかありません!




