ただいま、愛しのエルドリア! 3
さて、こうして皆と感動の再開を果たした私ですが。
次には、大きな問題が待っておりました。
そう、ティボー様のことです。
おぼっちゃまが玉座にお戻りになると、ティボー様は膝を突いてそれを出迎えてくれて。
そして、うやうやしく一礼しながら、こんなことをおっしゃったのでした。
「陛下。無事にお戻りになられ、このティボー、心より安堵いたしました。陛下がお留守の間、それを隠し、かつ責務を代行することはそれはもう大変でございました。ですが、なに、私は誰にも負けぬ陛下の忠臣。見事やってのけましたとも。ええ、それはもう、寝る間も惜しんで」
……怒ってるううう!
言い方は丁寧だけど、めっちゃ怒ってるぅ!
ここは私が謝るべきところなのでしょうが、メイドである私が勝手に口を挟むのは、とても無礼なこと。
ああ、どうしましょう! と慌てていると、おぼっちゃまが困った顔で口を開かれました。
「ティボー、そう嫌味を言わないでくれ。余とて、とても反省しているのだ。すまなかった。だが……余が余であるために、これはどうしても必要な事だったのだ。こんなことは、これっきりにする。だから、どうか許してはくれぬか」
それは、王ではなく、一人の人間としての謝罪でございました。
こう言われては、ティボー様もさすがに怒ったままではいられなかったようです。
ふう、とため息を吐くと、表情を緩め、こんなことをおっしゃいました。
「やれやれ、大事な人の事となると見境がなくなるのは、先王様にそっくりでございますな。まったく、今回ばかりは肝を冷やしましたぞ。……ですが」
そして、私たちの顔を順番に見つめ。
こう、続けられたのでございます。
「そのような、人を思いやる心を持つ偉大なる王に、二代続けて仕えられていること。それが実は、この私の自慢でして。……シャーリィ。君が無事で、私も嬉しいよ」
そして、ティボー様はニッコリと、魅力的に微笑んで見せたのでした。
ああ。やっぱりこの人には、まだまだ度量でかないません。
なんて素敵な人なのでしょう。私も、歳をとったらこうありたいものです!
こうして、私たちの旅は無事に終わりを迎え。
ようやく、王宮で平穏な時を迎えることができたのでした。
その日のうちに両親とも再会し、涙を流す二人に無事を喜ばれ。
そして、私は可愛い仕込み途中の漬物や、調味料たちとも再会したのでした。
もしかして、全部だめになってるかも……なんて、覚悟を決めていたのですが。
「うそっ、全部完璧に出来上がってる!?」
そう、地下室で作っていたそれらは、それはもう見事に完成していたのでした。
そんな私を見て、アンがふふっと笑いながら言います。
「アンタが戻ってきた時に悲しまないようにって、みんなで手分けして面倒見ていたの。さすがに毎年アンタのやることを見てたからね、引き継ぐぐらいはどうにかなったわ」
「ああ、アン! あなたって、本当になーんて良い奴なの! もう、大好きっ!」
「あっ、ちょっともう、何回抱き着くのよ! こういうのって、一回ぐらいでいいと思うわ私!」
なんて言いながらも、嬉しそうに私に抱きしめられているアン。
ああ、我が相棒が腕の中にいる喜び!
こうしていると、本当に戻ってきたんだなっていう実感が沸いてきます。
そしてその後、私はメイド長にお部屋へと呼び出されたのですが。
いない間の出来事などを教えていただいただけで、私は降格などなく、そのままメイド頭に戻っていいとのこと。
本当にいいのですか、と確認したところ、彼女はふうとため息を吐いて、こう言ったのでした。
「いいに決まっているでしょう。おまえの料理を待っているお客様が、山ほどいるのですよ。あのメイドはいつ戻るのかと、何度も何度も聞かれたものです。もしおまえを降ろしたりしたら、私が皆様に責められてしまいます。……それにね。ここだけの話ですが。私は、私の後継者はおまえしかいないと思っているのですよ」
……メイド長、そんな風に思っててくれたんだ!
ええ、まあ、私の方は勝手にそのつもりでしたが、改めて相手に言われるとこみあげてくるものがあります。
なので、私は泣かないようぐっとこらえながら、こう応えたのでした。
「ええ、もちろんです。お任せください、メイド長! 後は私に任せて、いつでも引退してくださって大丈夫ですよ!」
「……調子にのるんじゃありません。どうやらお前には、もう一度行儀を仕込む必要がありそうですね」
ひえっ。やぶ蛇でした!
などと。メイドの皆と再会を喜んだ後には、城の皆との再会が待っていました。
「おいっ、シャーリィ! 戻ってきおったか! そうか、そうか! まったくもう、お前は急にいなくなりおって! お兄ちゃんと二人して、心配しておったのだぞ!」
なんてメイドキッチンに飛び込んできたのは、ヒゲのランチシェフ、ローマンさん。
ニコニコ笑顔で私の無事を喜んでくれて、以前からは考えられないぐらいです。
そして、その後ろには、彼の兄であるディナーシェフのマルセルさん。
マルセルさんはいつも通りの穏やかな笑みで、何度もうなずきながら言ってくださいました。
「シャーリィ、おかえり。君がいないと、厨房から明かりが消えたみたいだと二人でずっと言っておったのだ。無事で、本当に良かった」
ああ、このお二人とは、いろいろとありましたが。
今では、こうして心からの言葉を交わせるようになったのです。
これもまた、料理が繋いでくれた縁ですねっ。
そして、ひとしきり無事を祝い終わると。
やがて二人はシェフの顔になって、真剣な表情でこう言ったのでした。
「それで? お前のことだから、どうせタダでさらわれていたわけではあるまい。異国の料理、その秘密を盗んできたんじゃろ? ワシらにも教えい!」
「うむ、実に興味がある。なんとなく、君の佇まいにも風格が出ているしな。実りある旅だったようだ。良ければ、異国の味について話してくれんか」
と、グイグイ迫ってくる二人。
ああ、この二人は本当に、骨の髄まで料理人で困ります!
とはいえ、私だってそういう反応を予想していなかったわけではありません。
なにしろ、フォクスレイという大帝国の厨房で、学びたい放題でしたから。
料理のみやげ話なら、一晩中でもできますとも!
「ええ、それはもう! バッチリ、フォクスレイの味を盗んできたわ! 宮廷料理の秘密もね!」
と、私がにっこり微笑んで答えると。
二人は、満面の笑みで歓声を上げたのでした。




