ただいま、愛しのエルドリア! 2
(……待てよ? メイドとしての立場を考えると、私、結構ヤバいのでは……?)
いよいよエルドリアに帰ってきたというタイミングで、私はつい、そんなことを考えてしまったのでした。
だってだって、私はさらわれたとはいえ、ある日急にいなくなり、仕事に穴をあけてしまったのです。
しかも、私の立場は、おやつメイド一班のメイド長。
それは、おやつメイドの中でも特に重要なポジションで。
そんな私が急にいなくなって、仕事はどうなったのでしょう。
さらわれた日の翌日には、大きな食事会の予定がありましたし、その後もお偉方をおもてなしする大事なイベントが目白押し。
なのに。なのに、それら全部に、私は穴をあけてしまったのです……!
(うっ、うわあああああっ……! みっ、みんなが怒ってたらどうしよう……!)
そんな考えが浮かんできて、私は、急に帰るのが怖くなってきてしまいました。
「信じられない! シャーリィのやつ、急にいなくなるなんて!」
「メイド長という責任ある立場を、どう考えているのかしら!」
「あんなやつは、クビよ、クビ! この臭いツケモノとかも全部捨てちゃいましょう!」
なんて皆が言っているのを想像して、顔からサーっと血の気が引いていきます。
それに、なにより気になるのは、我が相棒アンのこと。
私は彼女のことを誰より信頼しているので、見捨てられたりはしないと信じています。
ですが、たとえば。
「アン、いつまでいなくなった奴のことを待ってるつもり? それより、私と組みましょうよ」
「で、でも私、シャーリィのことを待たないと……」
「いい加減にしなさい。あんな無責任な奴のこと、忘れなさいよ! いいえ、私が忘れさせてあげるわ!」
「ううっ、ごめん、シャーリィ……。あんたが悪いのよ……!」
なんて、違うメイドに誘われ、新コンビを結成するアン。
それを想像すると、私はカッと頭に血が上ってしまいます。
(キーッ! なによその女! アンは私だけの相棒なのよ、気安く触るんじゃないわよ! この泥棒猫!)
と、架空の相手に最大限の怒りを向けてしまう私。
ああっ、他のなによりも、アンを奪われることの方が悔しいわ、私っ!!
「……どうした、シャーリィ? 先ほどから、なにやら百面相をしておるが」
「えっ? あっ! お、オホホ、なんでもありませんわおぼっちゃま」
と、心配そうなおぼっちゃまに言われ、私は慌ててごまかします。
しかし、その間にも馬車はどんどん進み、やがて王宮が見えてまいりました。
(ああっ、お願い。最悪降格でもいいから、私の居場所残っていてぇ!)
私、まだまだ王宮のメイドでいたいの!
と、祈るような気持ちの私を乗せて、馬車はいよいよ王宮の門をくぐります。
今回の旅はお忍びでしたので、そこに、おぼっちゃまを出迎える歓迎の列などはありませんでした。
ただ……正門前には、それとは違う、人だかりができていたのです。
「えっ、あれって……!」
それを、私が見間違うわけがありません。
そう、そこにいて、心配そうな顔でこちらを見ているのは……間違いなく、メイドの皆!
「あっ、来た、来たわ! きっと、あの馬車よ!」
その先頭で、誰かが叫んでいるのが聞こえてきます。
そして、泣きべそをかきながら、こちらに手を振っているのは……アン!
そして、その側にいるのは、宮廷魔女のアガタとジョシュアです!
「みんなっ……!」
やがて馬車が止まり、私はお伺いをたてるように、おぼっちゃまに視線を向けました。
すると、おぼっちゃまは優しく微笑んで、こう言ってくださったのです。
「行ってくるといい。皆に、無事を知らせてくるのだ」
「……はいっ!」
おぼっちゃまにそうお応えし、私は馬車の扉を開け、慌てて皆の方へと駆けだしました。
すると、向こうからアンも駆けてきて、そして。
数カ月ぶりに再会した私たちは、強く、強く抱き合ったのでした。
「馬鹿っ、シャーリィ、心配したじゃない……! アンタがさらわれたって聞いて、生きた心地がしなかったわよぉ!」
「ごめんっ……ごめんね、アン!」
ボロボロと涙をこぼしながら、そこに確かにお互いがいるのを確認するように、ぎゅっと抱き合う私たち。
すると、そこで他の皆も駆け寄ってきてくれました。
「シャーリィ! 良かった、無事で本当に良かった……!」
「あなたならきっと大丈夫って信じてたわ! でも、もう、本当に危なっかしい子ね!」
「ほんと、あんたの人生は波乱万丈すぎる! なんで隣国なんかに連れ去られてんのさ、もう!」
クラーラお姉さまやエイヴリルお姉さまを始めとした、メイドのお姉さま方が、目元をぬぐいながらそう声をかけてくださいます。
そして、メイドの中から、少し背の伸びたお子様メイド、クロエとサラが飛び出してきて、私の腰のあたりに抱き着きました。
「お姉さま! お姉さま! きっと、戻ってらっしゃるって信じてました!」
「うわああん、シャーリィお姉さま、寂しかったですぅ!」
「ああっ、クロエ、サラ! ごめん、ごめんねっ!」
子供らしく泣きじゃくる二人を、必死に抱きしめる私。
そういえば、まだまだ見習いメイドだった二人のことも、置き去りにしてしまっていたのでした。
きっと不安だったことでしょう。
ああ、どうしようと慌てていると、そこで、別の誰かが抱き着いてきました。
「うっ、ううっ……。遅いわよ、馬鹿シャーリィ! 何カ月待たせるのよ……!」
「あっ、アガタ!?」
そう、その相手は、予想外にもあのアガタだったのです。
いつも気丈な彼女が、今だけは子供のように涙を流し、私にすがりついてくれているのでした。
アガタがこんなに泣くぐらい、私は不安にさせてしまったのね。
そう申し訳なく思っていると、少し遠巻きにこちらを見ていたジョシュアが、目元の涙を隠すように、そっぽを向きながら言いました。
「やれやれ、なんだいアガタ、みっともない。シャーリィは無事だって何度も言っただろ? ボクはそう確信していたよ。なのに、シャーリィになにかあったらどうしようと、彼女は不安ばかり口にしていたんだ。まったく、情けない!」
「うっさい、ジョシュア! もう二度とシャーリィと会えなかったらどうしよう、シャーリィに会いたいってボロボロ泣いてたのはアンタでしょ! 忘れたとは言わせないわよ!」
「なっ……!? そっ、それは言わない約束だろう! 酷いぞ、アガタ!」
動揺した様子で、慌てて言い返すジョシュア。
皆、そんなに心配してくれてたんだ……!
そう感動していると、輪の後方から、ハンカチで上品に目元をぬぐっているメイド長が声をかけてくれました。
「シャーリィ、アンに礼を言いなさい。おまえがいない間、その穴は自分が埋めるといって、それは凄い頑張り様でしたから。おまえが返ってきた時、居場所が無かったら悲しむからと」
「アン……! そうだったのね、ありがとう!」
「え、えへへ。いいわよ、だって、私たち相棒じゃない。でもね、アンタがいないからって、誰も代わりのメイド頭を立てようなんてしなかったのよ。それに、引退したクリスティーナお姉さまやジャクリーンが、アンタが戻ってくるまではって手伝ってくださったの。だから、平気よ」
そう言われて視線を向けると、そこには、たしかにメイド服姿のクリスティーナお姉さまとジャクリーンが。
二人は涙を流しながら笑うと、こう声をかけてくれました。
「おかえり、シャーリィ。あなたの無事を、信じていたわ」
「ふふ。アンタがいないと、張り合いがないもんね。やっぱり、おやつメイドにはアンタが必要だわ」
ああ。不安になっていた自分が、馬鹿みたいです。
みんな、こんなに私のことを待っていてくれたんだ……!
胸がいっぱいになって、大泣きしそうになっていると。
そこで、先に王宮に戻っていたローレンス様がお出でになって、こう声をかけてくださいました。
「シャーリィ。ご両親にも、すでに君の無事は伝えてある。たいそうお喜びだったよ。後で、顔を見せてあげるといい。それにもちろん、私だって、君の帰りがなにより嬉しいよ……おかえり、シャーリィ」
ああ。さすがローレンス様、なんて行き届いた気配りなのでしょう。
メイドの皆が出迎えてくれたのも、ローレンス様の計らいなのでしょう。
そして、そんなローレンス様に続いて、メイドの皆が口々に言ってくれました。
「おかえり!」
「おかえりなさい、お姉さま!」
「おかえり、シャーリィ!」
そんな皆の気持ちに、私はもう胸いっぱい。
ぐっと涙を我慢しながら、できる限りの笑顔で。
私は、精いっぱい元気に、こう応えたのでした。
「ただいま……みんな!」




