ラーメン皇帝のラーメン奴隷6
「お妃様。着心地はいかがでしょうか」
フォクスレイのお城にある、とある豪華なお部屋。
そこで私に純白の衣装を着せた側使えの方が、真剣な表情で尋ねてきます。
なので、私は引きつった笑みを浮かべて、こう答えたのでした。
「う、うん、大丈夫よ……」
「そうですか、良かった! 皇帝陛下が初めてお妃様を娶られるのですから、失敗は許されません。もしどこかおかしいところがあったら、すぐに直しますのでお申し付けください!」
と、心底嬉しそうに言う彼女。
ああ、本当に楽しみにしてるようで、その笑顔を見ると私はますます心苦しくなってしまいます。
(なんでよ、なんでっ……なんでこうなった!? なんで私の人生に、皇帝の妃になるなんてルートが出来上がってんですかあ!)
違う。違うんです。
私はそんな人間じゃない。
ただ、毎日友達と面白おかしく過ごして、大好きな料理を作っておぼっちゃまに喜んでもらえれば、それで最高の人生だったのに!
皇帝の妃になりたい人なんて、他にいっぱいいるでしょ!?
その人たちに、代わってあげたいよぉ!
(ああ、失敗した……妃になんかされたら、もう間違いなく逃げられない……)
眼鏡皇帝の妃にされたけど、逃げてきました!なんて言ったら、おぼっちゃまたちに盛大に迷惑をかけてしまいます。
そんなこと、私にはできない。
なんて鬱々と考えていると、そこで部屋に問題の眼鏡皇帝がやってきました。
「どうだ。準備は進んでいるか?」
「これは、皇帝陛下! はい、ただいまお召し物の調整が済んだところでございます!」
それに気づいた側仕えさんがさっと頭を下げ、誇らしげに答えます。
眼鏡皇帝は私の方をじっと見て、フンと鼻を鳴らしました。
「まあ、馬子にも衣裳というやつか。とりあえず、妃には見えるであろう」
「それはどうも……」
とっても嬉しくないお言葉に、とっても嬉しくなさそうに応える私。
ああ。どうせなら、似合ってないから結婚中止!って言ってくれればいいのに。
「なんだ、そう嫌そうな顔をするな。帝国の妃なんて、なろうと思ってなれるものではないぞ。お前は卓越したラーメンの腕で、それを勝ち取ったのだ。少しは誇らしげにしたらどうだ?」
「……」
相変わらず勝手なことを言っている眼鏡に、私は無言で返しました。
好きでもない相手の妻に無理やりされて、喜ぶ人がどこにいるのでしょう。
ていうか、私、この眼鏡の妻にされるの!?
あー、嫌な実感が今ごろ沸いてきたぁ!
なんてもだえていると、そこで、廊下がバタバタと騒がしくなってきて、突如として部屋に兵士の方がやってまいりました。
「こっ、皇帝陛下、失礼いたします! ご報告がございます!」
「なんだ、騒がしい。何事だ、馬鹿者」
慌てた様子のその方に、眼鏡皇帝は煩わしそうに応えます。
すると兵士の方は「もっ、申し訳ありません!」とひるみ、おどおどした様子で続けました。
「じっ、実は、その……。門の方に、エルドリアの王だと名乗る者が来ておりまして! 我が国のメイドを返せと、たいそうご立腹なのでございます!」
「…………え?」
兵士の方の言っていることが一瞬理解できなくて、私は間抜けな声を上げてしまいました。
エルドリアの、王……つまり、おぼっちゃま?
……おぼっちゃまが。
おぼっちゃまが、今、このお城にやって来ていて。
メイド、つまり、私を返せって言っている……!?
(う、嘘でしょ? そんなわけ、ない!)
そう思いつつも、私は心臓がドキドキと激しく脈打つのを、止めることができませんでした。
おぼっちゃまが、すぐ、そこにいるの!?
ほんのすぐそこ、このお城の、入り口に!
会いたい……おぼっちゃまに、会いたい!
その思いが止められず、私は門に向けて駆けだそうとします。
ですが、そんな私の腕を眼鏡皇帝が掴み、引き止めました。
「どこに行くつもりだ? 我が妃よ」
「っ……。まだ、妃じゃありません! 話してください、私、おぼっちゃまとお話がしたいです!」
「馬鹿者。本当にエルドリアの王が、お前一人のためにこんなところまで来ると思っているのか。事前にそのような連絡も受けていない。何者かが名を語っておるに決まっている」
う。うう、それはそう。それはそうです。
一国の王であるおぼっちゃまが、私なんぞのためにこんなところまでやってくるわけがありません。
でも、いいじゃないですか希望ぐらい見せてくれても!
偽物なら、自分の目でそれを確認したいんです!
なんてジタバタしていると、またもや廊下がうるさくなってきました。
「こっ、困ります! 今、皇帝陛下にご判断いただいておりますので、どうかお待ちをっ……!」
「うるせえ、俺がいいって言ってんだ。邪魔すんじゃねえ」
続いて兵士の方のものと思われる、焦った声が聞こえてきました。
それに応えている声は、たぶんウルリックのもの。
えっ、何をしているんだろう、と思っていると、足音はどんどん近づいてきて、そしてこの部屋の扉がドンと激しく開け放たれました。
「おう、邪魔するぜ! 兄上、客人を連れてきたぞ!」
そこから現れたのは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるウルリックの姿。
そして、その後ろに続いているのは……。
そこに、いたのは。
「……おぼっちゃま!」




