あなたに届け!あつあつデリバリーピザ3
「……ねえ、シャーリィ。石窯を使いたいのだけれど……いいかしら?」
「えっ?」
いきなり背後から声がかけられて、私は間抜けな声をあげてしまいました。
振り返ると、そこには困り顔のクリスティーナお姉様が。
そう、必死にピザを作るうちに私は時を忘れ、いつのまにか調理場はたくさんのメイドで溢れかえっていたのでした。
「あ、申し訳ありませんお姉様! 今、どきます!」
「ああ、いえ、そんなに慌てなくていいのだけれども……」
没頭していた私が慌てて場所をあけようとすると、クリスティーナお姉様はそっと私達五班のエリアに目を向けておっしゃいました。
「……ものすごい量ね。これ、全部あなたが焼いたの?」
その視線の先には、大量の、試作品のピザたち。
その側では、私とともに試食を繰り返していたアンが気持ち悪そうな顔でしゃがみこんでいました。
「駄目、もう食べられない……。チーズ、お腹にたまりすぎ……」
そう。ピザは、お腹にたまるのです。
しかも味が濃ゆいので、たくさん食べるのは本当に苦しい。
最初は喜んで試食していた私達でしたが、だんだんピザを見るのも嫌になってきていました。
(それでも、どうしても味が決まらないのよね……。焼きはよくなってきたんだけど)
そう、どうしても味が物足りない。
多分そこらへんのお店には負けない味にはなってるのですが、それでも私の中のボブは頷いてくれません。
おぼっちゃまに大好きになってもらうためのピザは、まだまだ遠いです。
「そうなんです、お姉様。新作なんですけれども、なかなか思うような味にならなくて」
素直にそう答えると、クリスティーナお姉様は私の焼いたピザを見つめ、おっしゃいました。
「あなたにしては、常識的な料理ね。……うーん……そうね、少し私も味見してみていいかしら?」
「えっ、見てくださるのですか!?」
意外な申し出に、思わず驚いてしまいました。
クリスティーナお姉様は私に興味がないと思っていたので。
するとお姉様は頬に手を添えて、困り顔でおっしゃいました。
「……あなたが来た時には、随分と冷たい態度を取ってしまったけれど、本来新しい子の面倒は見てあげるべきだしね。それに、この間も力になれなかったし」
この間、とはジャクリーンと揉めた時のことでしょう。
たしかにあの時はミジンコほどの役にもたちませんでしたが、一応止めようとしてくださってたので私は気にしておりません。
それに、私が来た時の皆様の反応は、今でならわかります。
サクルばかり出されたおぼっちゃまが、おやつタイムであまりにも楽しくなさそうなので、皆様、大いに焦っておられたのでしょう。
そこに、なんだか平和ボケした小娘が特別扱いでやってきて、のほほん面を晒しているのですからそれはもう気に障ったことでしょう。
だから、冷たかった反応もしょうがないことだと理解しております。
ですが、料理を見てくださるというのなら大歓迎。
是非お願いします、と応えるとお姉さまは頷いて、ピザを一切れ取って口になさいます。
「……まあ。美味しいわね、これ」
そして、その小さなお口でよく噛み締めた後、驚いた様子でおっしゃいました。
しかし私が、やったぜ、と思ったところで顔を曇らせて続けます。
「でも、これ、おやつになるかしら? 甘くもないし、かなりお腹にこたえるし、通るかしら」
「いえいえ、大丈夫にございます! ピザはおやつにもなります、間違いありません!」
慌てて言い返す私。
正直私も、ピザをおやつに出すのってどうなのという疑念と戦いながらここまで来ました。
ですが、もう止まれないのです。おぼっちゃまに極上のピザを出すまでは、ボブだって成仏できないですし!
「それでですね、どうしても旨味が足りない気がしまして。どこが問題かなあって」
「……ウマミ……? 謎の言葉を使うわね、あなた。でも、そうね。足りないものがあるとしたら」
言って、お姉様はピザの上の具材をそっと落として、生地だけを口になさいました。
そしてじっくり噛み締めた後、大きく頷いておっしゃいます。
「やっぱりそうね。生地がいまいちだわ。上の具材の強さに生地が負けているからバランスが悪いのよ」
「うっ……。やはり、そうですか……」
それは、自分でもなんとなく気づいていたことでした。
具材やチーズに良いものを使い、ソースも私特製のケチャップから作っているので上は申し分ないのです。
ですが、ベースとなる生地の美味しさがどうしても足りない。
良い具材を受け止める力が足りていないのです。
いえ、もちろん下手なパン屋さんより上手い自信はありますが、理想的とまではどうしても至りません。
ですが、今でもかなり頑張って作ってるつもりなので、これ以上どうすればいいのか。
そう考えていると、お姉様が少し考えるような顔をした後、自分たちの作業場所からロールパンを持ってきました。
「シャーリィ、これ、昨日だけど私が焼いたものよ。食べてみて」
「えっ、良いのですか!?」
クリスティーナお姉様のパン。
お姉様は、パン焼き名人で有名です。
実際、おぼっちゃまも、私達のおやつをたくさん食べてくださる時にも、クリスティーナお姉様の分はきっちり手を付けてらっしゃいました。
貴族の皆様の中にも、お姉様のパンを楽しみにしている方もいらっしゃるとか。
そんなお姉様のパン。私はごくりと喉を鳴らし、そのパンにかぶりつき……そして次の瞬間、精神が宇宙へとぶっ飛んだのでした。
「……おいっ……しいっ……!」
嘘でしょ。ほんとに美味しい!
作ってから時間が経っているのにちゃんと歯ごたえのある外と、もっちりの中。歯でそれらを断ち割ると得も言われぬ美味しさが広がり、そこで止まると無限に美味しいが溢れ出してきそうです。
とにかく、小麦。小麦の美味しさが爆発していて、無限に食べていたい。
ああ、これでっ……これで、シチューを食べたい!
アツアツのシチューを、このパンで食べられたのなら……きっと、人生観が変わることでしょう。
「あなた、ほんと美味しそうに食べるわねえ」
誰にも取られまいと、たった一つのロールパンを抱え込むようにして食べる私を見てお姉様がおっしゃいます。
その口元には、微笑みが。お姉様もきっと、自分が作ったものを美味しく食べてもらえるのが嬉しいタイプなのでしょう。
「実際、美味しいですから! 凄い、ここまで美味しく作れるものなんですねっ……! 凄い、凄い!」
語彙を完全に失った私が凄い凄いとオウムのように繰り返していると、お姉様が続けておっしゃいました。
「良ければ、パンの焼き方を教えてあげましょうか?」
「いいんですか!?」
その申し出に、思わず大声を上げてしまいます。
それは、嬉しい……嬉しすぎます。このパンを、自分で焼けるようになったなら。
それは、どんなに素敵なことでしょう!
「ええ。繰り返すけど、あなた達には悪いことをしたしね。一班の班長として、指導の一つもしてあげないと申し訳が立たないわ。アン、あなたも一緒にね」
「いいんですかっ!?」
いつの間にかそばに来ていて、心配そうに手をわきわきしていたアンが声を上げます。
彼女だって、パン焼き名人のお姉様に教わりたかったのでしょう。
「ええ、もちろん。あなたたち、基本はできているのだからすぐに上達できるわよ。数日ほど、一緒に頑張りましょう」
にこやかな笑顔とともにお姉様がおっしゃり、私達は両手をつないでわっと歓声を上げました。
これは完全にパワーアップイベントです。これを乗り越えれば、私達はきっと髪の毛が金色に逆立つことでしょう。
……などと。その時は、喜んだのですが……しかしクリスティーナお姉様の指導は、実に苛烈を極めたのでございます。
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