ラーメン皇帝のラーメン奴隷3
「おい、ウルリックの大将! あんた、こんなこといつまでほっとく気だよ!? こんなの、おかしいだろ!」
フォクスレイの首都、その外れにある薄汚れた酒場。
そこに、野太い男の声が響き渡りました。
「シャーリィの姉御が帰りたいっつったら、帰すって約束したんだろ!? いくら相手が皇帝陛下でも、こりゃひでえってもんだぜ!」
カウンターに座って仏頂面をしているウルリックを攻め立てているのは、ウルリック傭兵団のメンバー。
彼らがウルリックを取り囲んで、不機嫌そうに騒ぎ立てているのです。
「そうだそうだ! 俺たちゃろくでなしだが、約束は守るろくでなしだ。それが約束を守らなかったら、約束を守らないろくでなしになっちまうぜ!」
「見損なったぜ、ボス! あんたは怖いもの知らずのウルリックじゃねえのかよ! なんでぇ、お兄ちゃんが怖くて仕方ねえってのか!?」
この酒場は、ウルリック傭兵団がフォクスレイにいる時に根城として使っている酒場。
彼らはここで大人しくウルリックたちの帰りを待っていたのですが、ウルリックが帰ってきたと思ったら、「シャーリィは皇帝陛下に取られた」などと言い出したのでございます。
これに、傭兵たちは大激怒。
そんな筋の通らない話があるかと責め立てますが、これにウルリックは心底ムカついた顔で答えました。
「うるせえ、しょうがねえだろうが! 俺だって責任を感じてるし、どうにかしてやりてえよ! けどな、兄上のやつ、俺がなにもできないよう、ガチで対策してやがるんだよ!」
「対策ぅ? なにをしてるってんですか」
「まず、俺に当分国内で大人しくしてるよう命令しやがった。今、この店の外にも見張りが付いてやがる。勝手にエルドリアに行ってあっちの王に告げ口しないよう、見張ってやがるんだ」
それを聞いて、傭兵たちはそっと視線を店の外に向けました。
すると、窓の向こうの路地にはたしかに見知らぬ男がいて、チラチラとこちらの様子をうかがっています。
「それだけじゃねえ。シャーリィには常に護衛が付いてるし、逃げ出せないよう、あいつの部屋は窓に鉄格子までついてやがる。無理に連れ出そうとしても、あいつを危険な目に合わせるだけだ。くそっ、なんでこうなった!?」
「……」
なんでって、そりゃあんたが無理やり連れてきたせいだろ、と傭兵たちは一斉に思いましたが、誰も口にはしませんでした。
なぜなら、彼らもまた共犯なのですから。
なんにしろ、あの城からシャーリィを連れ出すのはかなり難しそうだ。
それに相手があの皇帝陛下では、あきらかに分が悪い。
さてどう手を打つべきか、と一同が頭を悩ませ始めた、その時。
店の入り口のほうから、誰かの声が聞こえてきました。
「あ、あのう……」
「っ!」
その、こちらのご機嫌をうかがうような、か細い声を聴いた瞬間。
ウルリックはそちらめがけ、狼のように俊敏に動きました。
そして、その声の主が知らぬ相手だと確認した瞬間、その首に手をかけ、壁へと叩きつけたのです。
「ぐふっ!?」
「……誰だ、てめぇ。今の話、聞いてやがったか?」
相手をギリギリと締め上げながら、ドスの効いた声で言うウルリック。
今していたのは、皇帝に反逆する密談ともとれる話。
もし誰かに告げ口でもされたら、まずい。そう考えてのことでした。
……もっとも、シャーリィがこの場に居れば。
「そんな危険な話を、こんな場所で迂闊にするほうが悪いのでは?」
と、ツッコミを入れるところでしょうけれども。
「げぼっ……! お、お話!? なっ、何の話ですかぁっ!? わっ、私は今、ここに来たばかりですぅっ! 何も知りませんんっ!」
苦しそうに呼吸しながら、必死に答える相手。
すると、それがだれか気づいた傭兵が、こう声を上げました。
「あっ。ボス、こいつあれですよ。最近、妙な料理や食材でえらく稼いでるとかいう商人です。たしか、名前は……アル、アル……なんとかってやつです」
「ああ、少し前にやってきた流れもんで、大店の娘に気に入られて婿入りしたとかで。うちとも取引があるやつです。身柄は割れてますぜ」
「ふん……」
それを聞いたウルリックは、兄のように鼻を鳴らすと、その手を放します。
そしてようやく解放され、ゴホゴホとせき込んでいる商人に、ウルリックは白けた表情で問いかけました。
「それで? その商人が何の用だ」
「え、えと、その。じっ、実は、そのぉ。こちらを、王子であらせられるウルリック様の部下の皆様が使っていると聞きまして。そこで、皆様にお尋ねしたいことがありまして……」
「……馬鹿かてめえは。俺がそのウルリックだよ」
「えっ!? あっ、こっ、これは知らぬこととはいえ、とんでもないご無礼を! 申し訳ありません、申し訳っ……」
「だあっ、いちいち平伏すんな! いいから、とっとと用件を言え!」
慌てて床に額をこすりつけようとした商人に、ウルリックがイライラした声で怒鳴ります。
すると、でっぷりと太った彼は慌てた様子で立ち上がりました。
「ひいっ、すみません! えと、その! じっ、実は、お城に私の知り合いらしき者がいるのが見えまして! メイド服を着ていて、長い銀色の髪をした、女神のように可愛らしい女性なのですがっ!」
「……なに?」
その言葉に、ウルリックは驚いた表情を浮かべました。
銀色の長い髪をしたメイド服の女、と言われて思いつくのはシャーリィしかいません。
フォクスレイのお城に仕える者たちは、誰もメイド服は着ていませんし。
「その女がどうした。どういう関係だ、お前」
「じっ、実は、私、ここに来る前はエルドリアに住んでいまして。彼女とは、そのう。幼なじみなんです」
そう、このでっぷりと太った商人は、かつて借金でエルドリアを逃げ出した、シャーリィの幼なじみアルフレッドなのでした。
彼は各地を転々とした後、この国で所帯を持ち、旅で見た料理や食材を取り扱い、商人として成り上がっていたのでございます。
そしてその中心にあるのが、シャーリィから学んだ料理や香辛料であることは言うまでもありません。
「……幼なじみ、だと? シャーリィのか。こりゃ驚いた。そんな偶然、あるもんかよ」
「わっ、私も驚いているのです。だって、彼女はエルドリアの王宮に仕えていて、とても楽しく過ごしていたはずなので。それがどうしてフォクスレイの王宮にいるのか、どうしても気になってしまいまして。かっ、彼女、一体どうしたんでしょう?」
予想外の話に驚くウルリックと、心配そうな顔のアルフレッド。
それを聞き、ウルリックはさてどうしたものかと一瞬考えました。
(兄上がエルドリアのメイドを無理やり囲っている、なんて迂闊に漏らすわけにはいかねえが……これは、チャンスじゃねえか? こんな偶然、兄上でも見抜けねえ。こいつなら、もしかすると)
そうだ、これはおそらく天運というやつだ。
戦でも、こういう降って湧いた好機を活かせるかどうかが、勝敗を分けるもの。
だがしかし、これはおそらくシャーリィ自身が持っている運によるものだろう。
なるほど、あいつめ、やっぱりただの女じゃない!
(なら……やるしかねえな)
そう決めると、ウルリックはガシリとアルフレッドの肩に手を回し、そしてヒソヒソと小声でささやきかけました。
「いいか、よく聞け商人。これはここだけの話なんだが……ちょいと事情があってな。あのメイド、シャーリィは国に戻りたがってるのに、城から出れねえ状況なんだ」
「えっ!? そっ、それは大変だ! なっ、なんとかしないと」
「ああ、俺もなんとかしたい。そこで、だ」
そしてニヤリと笑うと、ウルリックはこう続けたのでした。
「お前に、ある方に密かに手紙を届けてもらいたい。宛先は……エルドリアの王、ウィリアム」
◆ ◆ ◆
「皇帝陛下。シャーリィにございます」
ある日の深夜。
私が眼鏡皇帝のお部屋のドアをノックしながらそう言うと、中から「入れ」というお声が返ってきました。
失礼します、と言いつつ扉を開けると、夜も遅いというのに皇帝陛下はまだお仕事の最中でした。
「どうした。お前が深夜にやってくるなど、珍しいではないか」




