ラーメン皇帝のラーメン奴隷1
「フン。今日も、良い朝だ」
フォクスレイの帝都を見下ろす、荘厳なる城。
その中にある皇帝の寝室で、フォクスレイの皇帝であるアレクシス三世は、穏やかな表情で目を覚ましました。
窓から差し込む、美しい朝日。
そこから見下ろす街は、活気に満ち、人々はすでに精力的に動き始めています。
それを見て、アレクシスはニヤリと笑みを浮かべました。
国が、効率的に、そして正しく運営されていること。
それが、アレクシスにとっての喜びなのでございます。
「さて。では、朝食に行くとするか」
そう言うと、アレクシスは自分の手で服を着替えだしました。
大国の皇帝なのですから、本来こういうことは召使いにやらせるのが普通です。
ですが、アレクシスはそういうことを、効率が悪く無駄な行為として嫌っているのでした。
そして、ビシリと高級な服を着こなすと、颯爽と寝室を出るアレクシス。
すると、扉の前では大勢の部下たちが床に伏して、偉大なる皇帝の目覚めを待っていたのでした。
「皇帝陛下、おはようございます!」
「おはようございます!」
「うむ」
頭を下げたまま、口々に挨拶をする人々。
彼らは、帝国内でも重要な地位にいる大臣や貴族たちでした。
彼らは手にした紙を差し出すと、真剣な顔で口々にしゃべり始めます。
「陛下。早朝から、失礼いたします。こちらの、北部における治水に関する案件なのですが」
「いえ、ぜひ先にこちらを。東部の農地について……」
「いえいえ、まずはこの航路における権利について……」
押し合いへし合い、自分の案件を優先してもらおうと必死の彼ら。
なにしろフォクスレイ帝国は、皇帝アレクシスによるワンマン運営。
いろんなことの決定権が皇帝へと集中し、彼の一言で、とてつもない額の金が動くのでございます。
大臣や貴族たちの今後も、いわば皇帝陛下のさじ加減一つ。
なので、日も出ないうちからアレクシスが起きてくるのを待ち、自分が得をする案件をねじ込もうというのでした。
ですが、そのすべてを、アレクシスはさっと手を振って黙らせます。
「うるさいぞ。俺はこれから朝食なのだ。邪魔をするのは許さん、用件は後にしろ」
「はっ……はい!? もっ、申し訳ありません!」
その一言に、取り巻いていたお偉方は一斉に手を引っ込め、再び平伏しました。
アレクシスに嫌われたら、人生終わる……そんな恐怖の表情を浮かべる彼ら。
ですが、そのうちの一人が、平伏しながらも探るように尋ねます。
「こ、皇帝陛下が、仕事よりお食事を優先なさるとは……。そ、その、失礼ながら、珍しゅうございますな」
「フン。まあな。俺は最近、食に目覚めたのだ。食とは、素晴らしい。まさか、食べるという行為が俺にこれほどの喜びを与えてくれるなど、夢にも思わなんだわ」
そう言うと、まだ夢を見ているように、トロンとした表情をするアレクシス。
それに、部下たちはビックリした顔で目を見合わせます。
全員思うことは同じでした……すなわち、『こんな皇帝陛下、見たことがない』!
「そ、それは喜ばしいことでございますな。で、ではよろしければ、私もお食事の末席に加わらせていただくわけには……」
と、アレクシスの機嫌が良いと見て、貴族の一人がそう切り込みます。
それは、上手くいけば、その場で自分の案件をねじ込もうという、あさましい下心によるもの。
ですが、そんな彼を、アレクシスがギロリと睨みつけました。
「……貴様。食事の時間は、俺にとっての聖域であるぞ。それを、汚すつもりか?」
「えっ!? あっ、いえっ、めっ、滅相もございません! 余計なことを申しました! 申し訳ありませぬ、申し訳ありませぬ……!」
慌てて額を床にこすりつけ、必死に謝罪を繰り返す貴族。
アレクシスは、しばらくその後頭部をにらみつけていましたが、やがて、フンと鼻を鳴らして言ったのでした。
「まあいい。俺は今、機嫌が良いからな。お前たちの申し立ては、後で聞いてやる。執務室の前で待機しておれ」
「はっ、はいいっ! 失礼いたしました!」
情けない声でそう応えると、アレクシスの部下たちは一斉に散っていきました。
それを白けた様子で見送りながら、アレクシスは襟元を正すと、やがてニヤリと笑ってダイニングに向かいます。
そして、部下が大きく開いた扉をくぐると、豪華な椅子に座り。
テーブルの上に置かれた呼び鈴を鳴らすと、大きな声で命じました。
「朝食の時間だ! ラーメンを……俺のラーメンを、持てい!」
すると、奥の扉が勢いよく開き。
そこから、首に首輪をつけた、メイド服姿の美女が飛び出してきました。
「はいぃっ! お待たせいたしました、本日のラーメンにございます!」
銀色の長い髪をしたその女は、もちろんシャーリィ。
彼女はどんぶりを持ってきて、そっとアレクシスの前に起きました。
そのどんぶりの中身は、もちろんラーメン。
匂いを放つその茶色いスープを見て、アレクシスは、ワクワクした表情で鼻を鳴らします。
「フン、今日も今日とて、何とも美味そうな……! 夜はお前のことを考えながら穏やかに眠りにつき、朝は、今からお前が食えると最高の気分になれる。まったく、とんでもないやつだお前は……!」
と、ラーメンのどんぶりをさすりながら、怪しい笑みで言うアレクシス。
それを、シャーリィはドン引きの表情で見守っています。
そして、アレクシスはレンゲと、その隣に置かれた木製の棒へと手を伸ばしました。
そう、それはお箸。
ラーメンを食べるにはお箸が最適だ、とシャーリィが教えると、アレクシスはそれの使い方をあっという間に身に着けてしまったのでした。
「ああ、かぐわしきこの匂い。この匂いを嗅ぐたびに、俺は、地獄から生き返る気分だ!」
と、ラーメンの匂いを嗅ぎながら、ひたすら美辞麗句を並べ立てるアレクシス。
そして、もう我慢できんとばかりにレンゲでスープをすくうと、大事そうに口元に運びます。
ですが、それを口にしたとたん。
アレクシスの表情はこわばり、眉根を寄せ、こんな声を上げたのでした。
「むうっ……!」
そして、ピタリと動きを止めるアレクシス。
それを見ていたシャーリィが、心配そうに尋ねます。
「ど、どうかなさいました、皇帝陛下? なにか、不手際でも……きゃっ!?」
最後に悲鳴が上がったのは、彼女の腕をアレクシスが掴み、グイッと引き寄せたからです。
何事かと驚きの表情を浮かべるシャーリィに、アレクシスは至近距離で、こんなことを言ったのでした。
「貴様……スープを薄くしたな!? 誰が薄くしてよいと言った!!」




