氷の皇帝陛下VS最強麺類5
「ラーメン、だと?」
目の前の、それ。
すなわち、どんぶりから湯気を立てているラーメンを見ながら、眼鏡皇帝が不思議そうに言いました。
「見た目通りの、奇妙奇天烈な名だ。どこの国の言葉か、見当もつかぬわ」
そう言いつつ、そっとレンゲに手を伸ばす皇帝陛下。
それを見て、ウルリックが驚きの声を上げます。
「なにっ!? 兄上、まさかこれを食うつもりですか!?」
「なんだ、いかんのか。お前の連れてきた料理人が作ったものだろうに」
「そ、それはそうですが……」
と、戸惑いを隠せないウルリック。
なんだか立場が逆転していますが、どうやら皇帝陛下の興味は引けたようです。
「これも、なんとも奇妙な形のスプーンだ。これでスープをすくって飲めということか?」
「はい、皇帝陛下。まずはそれでスープをお試しください」
と、私が持ち込んだ(勝手に持ってこられたともいう)レンゲを見ながら言う、皇帝陛下。
そして、恐る恐るといった様子で、ラーメンスープをレンゲですくい上げます。
「やはり、いまだかつて見たこともない色のスープだ。匂いもひどい。これが、伝説だと……馬鹿な、こんなものが、美味いわけはない。だが……なぜだ、なぜか惹かれるものがある……」
そのままそっとレンゲを口へと運ぶ皇帝陛下。
そしてスープが口の中へと入り、喉を通過した、その瞬間。
……皇帝陛下は、くわっと目を見開くと、がくがくと震えだしたのでした。
「なっ、なっ……。馬鹿な、こんな馬鹿なっ……!」
「あっ、兄上!? そ、そんなにまずいのですか!? しっかりなさってください!」
慌てた様子のウルリックが声をかけますが、皇帝陛下の耳にはまるで届いていないようです。
そして、次に彼は信じられないといった様子でラーメンを覗き込むと。
狂気を含んだ声で、こうつぶやいたのでした。
「こんな、馬鹿なっ……。なんだ、これはっ……。うっ、美味すぎる……!!」
「うぇっ!?」
その言葉が、あまりにも予想外だったのでしょう。
ウルリックは驚いた様子でのけぞり、変な声を上げました。
ですが、眼鏡皇帝はそれどころではありません。
なんと彼は、レンゲを握りしめ、もう一度ラーメンスープをすくい上げると、狂ったように飲み始めたのでした。
「馬鹿な、馬鹿なっ! なんだ、これは! 本当にこの世のものなのか!? ドロドロの液体に無限の味わいが詰まっていて、一口飲むごとに自分が生き返っていくような気分だ! 唇が、舌が、喉が、そして胃袋が! かつてないほどの喜びを感じてる! 一滴ごとに、俺の空虚な中が、満たされていく! ああ、美味し……美味し、美味し、美味しいいい!」
「ええ……」
ドロッドロの、お箸が立つほど濃ゆいそれ。
徹底的に煮込んだスープを、夢中になって飲む皇帝陛下。
そう、このラーメンは、ただのラーメンにあらず。
ラーメンの中で最も濃ゆいとされる、とんこつラーメンなのでございます!
とんこつラーメンとは、その名の通り、豚の骨でだしを取ったラーメンのこと。
豚の骨や各種野菜を混ぜたものを、数日に渡り煮込んで煮込んで、徹底的に仕上げたスープ。
その味わいはかなり強烈で、お腹の弱い人にはおすすめしませんし、スープはできれば飲まないほうがいいってぐらい。
ですが……これがまた、うんめえのでございます!
そこまでやってこそ、開ける道がある。それこそが、濃厚とんこつスープ!
それは、味覚のその先を目指す味の冒険者たちの、ある種の到達点と言っていいでしょう!
「ああ、美味い、美味い……! 止まらん!」
と、すっかりとんこつスープに取りつかれた様子の皇帝陛下。
ですが、どんどんスープばかり飲まれるので、こりゃまずいと私は慌てて忠告いたします。
「皇帝陛下、お待ちください! こちらの料理のメインは、あくまで中にある麺でございます! そちらもぜひお楽しみください」
「なに? ……ああ、本当だ。なにか、細いものが入っておるな……」
と、一瞬正気に戻った様子でつぶやく皇帝陛下。
そして麺をフォークですくい上げますが、そこで困った様子でつぶやきました。
「……長いな……。どう食えばいいんだ……」
「皇帝陛下。それは、こう、お口に端を入れて、ズズッとすすって食べるのが正解にございます」
「す、すするだと!? この、フォクスレイの皇帝である俺に、そんなマナーのなっていないことをしろというのか……!?」
と、私がすする動作をして見せると、ひどく動揺する皇帝陛下。
王族の方々はマナーについて徹底的に叩き込まれるので、それを破ることに強い抵抗を感じるのでございましょう。
なので、私はその壁を破りやすいよう、ニッコリ笑ってお手伝いいたしました。
「それが、このラーメンを食べる時のマナー。一番美味しく食べられるやり方ですわ」
「っ……!」
私が一番美味しい、と言ったあたりで、皇帝陛下は目の色を変え、そのまま麺にかぶりつくと、ズゾゾゾゾッとおすすりになられました。
ウルリックが驚愕の表情で見守る中、私特製のウェーブのかかった中太麺が、スープをからませて皇帝陛下のお口の中に。
そして、あむあむと噛みしめた後。
──皇帝陛下は、それはもう目をキラキラさせながら。
おもいっきり、叫んだのでございました。
「うまああああああああああああいいい!!!!」




