氷の皇帝陛下VS最強麺類4
「シャーリィ。おい、シャーリィ!」
フォクスレイの城にある、巨大な厨房。
そこで私が料理に没頭していると、背後から知っている声が聞こえてきました。
振り返ると、そこにいたのは予想通りのウルリック。
奴はいつも通りの鎧姿で、むっつりとした顔でこちらを睨んでいます。
「これはこれは、ウルリック様。気高きお方が、厨房などにおいでになられるとは。どういう風の吹き回しでしょう?」
「お前、それ嫌味で言ってるだろ……。つーか、どうなさったもなにもねえ。お前がとんでもねえ悪臭を出してるって、あちこちから苦情が上がってんぞ!」
「悪臭……? なんでしょう、心当たりがありません」
「あるだろうが! お前が今、まさに煮込んでるそれだよ! なんなんだよ、このきっつい臭いは! 何を煮込んでんだ、お前!?」
そう言ってウルリックが指さす先には、グツグツと煮えて湯気を立てている巨大な寸胴鍋が。
それをグルグルかき回しながら、私はその質問に答えてあげました。
「豚の骨です」
「豚の骨ぇ……? なんでそんなもんを煮込んでる?」
「それはもちろん、料理のためです。三日三晩煮込んで、次に皇帝陛下にお出しする料理で使うのですよ」
「こっ……この悪臭のするスープを、兄上に出すだと!? お前、正気か……!?」
と、ウルリックが驚愕の表情で言いますが、もちろん私は正気です。
あの方には、並みの料理では通用しません。
ならば……私の、とっておきの料理を、とっておきの味で出すしかないのです!
「てかよ。お前、遠くの変な湖の水なんてものまで、わざわざ汲んでこさせたらしいじゃねえか。そんなもんどうするんだ?」
「もちろん、料理に使うのです。次の料理には、あの水が重要なのです」
「……ぜんっぜん理解できねえ……。お前の料理は基本的に理解できねえが、今回は特に理解できねえ。城の奴らも、魔女がやってきて奇妙なことをしているって怖がってたぞ」
なるほど、私はこのお城にとって魔女ですか。
それもまたよし。私にとって魔女とは、いまやとても好意的な言葉。
アガタにジョシュアに、森の大魔女様。みんなと一緒だなんて、むしろ誇らしいわ。
「とにかく、臭いなどはもう間もなく問題なくなりますわ。なにしろ、ほぼ料理の研究は終わりましたから」
そう、眼鏡皇帝に屈辱の敗北を味わってから、半月余り。
今や、準備は完全に整いました。
いよいよ、出陣の時なのです!
「見てなさい、皇帝陛下! 私が、とっても寂しいあなたの舌を、たっぷりと満足させてあげますからね……!」
◆ ◆ ◆
「皇帝陛下の、おなーりー!」
衛兵さんが声を上げ、ダイニングの扉を大きく開け放ちます。
そして、あいかわらずつまらなさそうな顔の皇帝陛下がウルリックを連れてやってきて、私は頭を下げてお出迎え。
ここまでは、前と完全に同じ流れ。
ただ、一つ違うのは。
食卓の上にあるのが、たくさんの料理ではなく。
たった一品だけ、という点でございます。
「む……?」
席に着いた皇帝陛下が、不思議そうな声を上げました。
皇帝という身分の方にとって、食卓とは食いきれないほどの料理が所狭しと並んでいて当り前。
それが、たった一品。
湯気を立てているそれだけしか置いていないという光景は、さぞかし異様なものに見えることでございましょう。
「……ウルリック。今日は、お前の土産がもう一度料理を出すと聞いていたが。なんだこれは。妙な料理が、一つだけか?」
「いえ、兄上。それが、俺もなんとも……。あやつが全部任せて欲しいと言うもので」
と、首をひねって言うウルリック。
そう、今回の料理はインパクトも大事。
ウルリックが余計な事を言わないよう、先に試食もさせなかったのでございます。
「しかも、なんだこれは。妙な器の中に、所狭しと違う種類の料理が並んでいるではないか。なんと下品な」
と、それを見ながら不愉快そうにおっしゃる皇帝陛下。
そう、その料理は、底の深い陶器……つまり、どんぶりに入っているのでございます。
さらに、その中には皇帝陛下の言うとおり、いくつもの具材が詰め込まれています。
上品な料理は一皿一品が普通ですので、皇帝陛下が不審に思うのも仕方ないことかと。
だって、それは私の大好きな、庶民料理のスタイルなのですから!
「それに、その下にある茶色いものはなんだ。これは、スープなのか? しかし、この色ときたら……まるで、泥のようではないか。ありえん……!」
と、その具材たちの下にある茶色い液体を見て、しかめっ面をする皇帝陛下。
どうやら第一印象は最悪のようでございます。
「おい。本当にこれを、この俺に食えというのか? 正気か、貴様」
と、私をにらみつけるようにしておっしゃる皇帝陛下。
なので、私はすまし顔でお応えいたしました。
「皇帝陛下。もしお好みでないようでしたら、申し訳ありません。すぐにお下げいたしますわ。ですが」
そして、ニッコリ笑い、私はこう続けたのでございます。
「そちら、はるか彼方の国に伝わる、最高に濃ゆく最高に美味の、伝説の料理にございます。一度食べれば、天にも昇る心地になれること請け合い。よろしければ、どうか一口だけでもお試しいただけませんでしょうか」
「伝説の料理、だと? これがか?」
そう言うと、皇帝陛下はどんぶりに顔を近づけて、クンクンと匂いを嗅ぎました。
そして、湯気で眼鏡を曇らせながら、戸惑った様子でおっしゃいます。
「……なんとも嗅ぎなれぬ、奇妙な匂い。だが、どことなく食欲をくすぐられるような……。……この料理の、名は?」
そう、それです。
その質問を待っていました。
この料理の名をお伝えする、この瞬間を!
そして私は、全世界に宣戦布告するように、いと素晴らしきその名を、高らかに告げたのでした。
「はい。これこそは、世界最強の料理。麺類の王様、全世界の希望。その名も……ラーメンにございます!!」




