あなたに届け!あつあつデリバリーピザ2
(……ジャクリーンが、こっちを見てる?)
そう、赤毛の彼女が、向こうから私のピザをじっと見つめているのでした。
しかし彼女は、私に見られていることに気づくとさっと目を逸します。
(……あ、しまった。もしかして、見せちゃったらレシピを盗まれる……?)
と、一瞬ピザを隠すべきか考えてしまい、しかしすぐに冷静になって、私は自分が恥ずかしくなってしまいました。
ジャクリーンは、私の真似なんてしません。だって、彼女は私を叩き潰すって言ってたんですから。
そんな人が、レシピを盗むなんてするわけがないです。
彼女はただ単に、私が何を作っているのかが気になった。それだけでしょう。
(我ながら、なんて心が貧しい……。堂々としていればいいのよ。堂々と)
そう決めて、ピザを大きなヘラで掬い、そっと石窯の中に投入します。
石窯自体は、家にもございました。ただ、その使い慣れた石窯はこれよりずっと小さかったのです。
大きさが変わると、どの辺りがどれぐらいの温度なのかがぱっとはわかりません。
薪の火の勢いも様子を見て調整が必要です。
どうにかこうにか、石窯から吹き出てくる熱気に耐えながら中の温度を探り、ピザを回しながら焼き具合を見ていきます。
「思い出すのよ、シャーリィ……。テレビや動画で見たピザ職人がどうしていたのかを……! そうよ、ピザ職人の霊を降ろすのよ! 私はピザ職人、三十年間毎日ピザを焼いていた達人ピザ職人のボブ。けどボブはある日、海で泳いでいる時に、サメに襲われて帰らぬ人になったのよ……!」
などとブツブツ呟きながらピザを凝視している私を、アンが「こいつ大丈夫かな……」みたいな生暖かい目で見守ってくれています。
世界を超えて連れてこられるボブもいい迷惑でしょうが、ボブをインストールした私は何度も何度もピザの位置を変え、そしてここぞというタイミングでぐっと引き出したのでした。
「かんせーい! うわあああ、美味しそおおおお!」
私の目の前にホカホカのピザが現れ、条件反射で叫んでしまいます。
だって、ピザですよ。ピザ。
目の前に焼きたてのピザが現れるのなんて、それはもう凄いことじゃないですか。
今日はお料理してる時間がないからピザでも取りましょうか、とか。
今日はお誕生日だからピザを取りましょうか、とか。
ピザはそういうサプライズとともに現れ、子供の心を熱狂で包んでくれる最高のエンターテイナーなのです。
そんな、スターみたいな料理のピザが目の前に現れて、興奮しないほうがどうかしています。
ええ、たとえそれが、自分が作ったものだとしても。
「へえ……。いいわね、美味しそうな見た目してる。なんて名前の料理なの?」
「ピザよ。ミートピザ。うふふふふ」
アンに答え、辛抱たまらずまな板の上にピザを置き、包丁でざくざくと八等分にしていきます。
ああ、たまらない感触。どうやら生地はちゃんと焼けたようです。
「ピザ? 変わった名前ねえ。聞いたこともないわ」
「でしょうね。はい、試食。熱いから気をつけて」
アンと言い合いながらピザを一切れずつ取り、その断面を確認します。
厚くのせたチーズもちゃんと溶けていて、生地もしっかり。
具材もいい具合に焼けていて、もうたまりません。わたしはそのまま、ピザにかぶりついたのでした。
「ううううーんっ……美味しい!」
久しぶりに……いいえ、前世ぶりに食べるピザは、それはもう美味しゅうございました。
ほかほかでトロットロのチーズと、沢山のお肉や生地、それにピザソースが混じり合って口の中で暴れまくります。
あらゆる味わいが渾然一体となり、とにかくこちらの幸福感をぶち上げてきます。
炭水化物、油、肉。人が大好きな要素が大集合。
それらを、人類の英知、発酵食品の代表格であるチーズが取りまとめるピザ。美味しくないわけがありません。
「うわあ、これ、すっごいわね……! なんだか……凄いわ!」
アンも興奮した様子でピザをむしゃむしゃと食べ進めていきます。
まあ当然でしょう。初めてピザを食べたら、大体の人はこうなります。
私達は奪い合うようにピザ一枚を貪り喰らい、はあ、と幸せに包まれたのでした。
ですが。
(……でも、ベストな味ではないかも)
ふと、そう考えてしまいました。
このピザ、たしかに美味しかったです。ですがそれは、ピザなら大体なんでも美味しい、という意味でです。
手作りだから、自分が食べる分には大満足です、それはまあ。
ですが、はたしてこれは、人にお出しできる味わいなのでしょうか。
たしかにちゃんと火は通っていました。ですが、ところどころムラがあり、焼きすぎなところと焼きが足りないところがあった気がします。
チーズも、生地の厚みに対して多すぎたかも。具材も入れ過ぎだったかもしれません。
そしてなにより……旨味が足りない。
その理由は、おそらく二つ。
一つは、野菜を使っていないから。
本来のピザは、もっと玉ねぎを入れたりトマトやパプリカをトッピングしたりして旨味を足しています。
お坊ちゃまウケを考えて野菜を入れてないせいで、味わいが薄くなってしまっているのでしょう。
そしてもう一つは……生地が、いまいち美味しくないせいかも。
生地の旨味が、他の具材に負けてしまっている気がします。
「ねえ、シャーリィ、どうしたの? これじゃ駄目なわけ?」
私が両腕を組んでウンウン唸っていると、アンが心配そうな顔で尋ねてきました。
「うん、まだまだだなって。これじゃおぼっちゃまにお出しできないわ」
「そうなの? 私はこれでも十分美味しいと思うけど……」
アンはそう言ってくれますが、私的には許せません。
そう、これはピザという高い高い山の、その裾野に手が届くかどうかのレベルです。
これでは、私の中のボブが許してくれるわけがありません。
「オープリティーベイビー、君はこれを本当に『ピザだ』って言って人前に出せるのかい? これじゃ、近所のボケた爺だって怒って窓から投げ捨てるぜ」と、ボブが失望した顔で言っているのが聞こえてきます。
ごめんねボブ。
「駄目ね、もっともーっと工夫しないと。生地はとりあえずある分を使って、次の分はいろいろ考えましょう。チーズの量を減らして、旨味を引き出すため何を入れればいいか、色々試していきましょう」
「オッケー、作業の指示をどんどん出して。下処理は私が頑張るから!」
元気に返事をしてくれるアン。
こうして私達の、最高のピザを求める挑戦が始まったのでした。
……の、ですが。
それは、実に苦難の旅路だったのでございます。
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