シャーリィと傭兵団と、素敵なアウトドア料理7
「うっ、美味そうすぎるっ……! くっ、くれ姉御! 早く食わせてくれ!」
「あっ、馬鹿野郎、俺が先だ! お前ら、誰がこの傭兵団のボスだと思ってんだ!?」
辛抱たまらんとばかりに、押し合いへし合い、スペアリブサンドに群がってくる皆さん。
さっきまでの、山の幸を心穏やかに楽しむ風情はどこへやら。
その姿は、完全に餌に群がるワンちゃんです。
ええ、ええ、そうでしょうとも。
いくら穏やかなふりをしても、あなたたちの本性は、こちら。
よーくわかっていますとも。
「はいはい、順番です、順番! 順番を守らない人にはないですよ! 助手さん、パンのあぶり作業をお願いします!」
「アイアイサー! へへっ、さあ並んだ並んだ!」
そんなことを言いあいつつ、どんどんスペアリブサンドを量産していく私たち。
それを受け取って、ガブッ!と噛みついた皆さんは、全員目を丸くして叫びます。
「うっ……うんめえええええええええ!!」
「なんだこりゃ、なんだこりゃ! こいつは、罪の味だ! あああっ、こんなもん食っていいのかよぉ~!」
「堕落しちまうぅ~っ! だが、これが食えるなら地獄に落ちてもいい!」
なんて、大げさに騒ぎ立てる傭兵さんたち。
ええ、まあそりゃね。
美味しいに決まってますよ。
だって、パンにバターにポテトにスペアリブですよ?
そんなの、美味しくない方がどうかしてます!
人間の脳は、これが美味しく感じるようにできているのです。
特に、スペアリブは私的に入魂の作。
多数の香辛料がまぶされ、じっくりじっくり火が通ったそれは、もはやただのお肉ではありません。
肉の美味しさや甘みが大量の香辛料と交ざりあい、口の中ではじけ飛ぶ、まさに味の爆弾なのでございます。
これを研究のためと称して王宮の庭で作って、匂いが建物まで来ていると、よくメイド長に怒られたものです。
でも、しょうがないじゃないですか。
どデカいスペアリブを、おっきなグリルで焼くのは前世の私の夢だったのですから!
そう、あれは前世でのこと。
豪快料理系動画で、見事なひげのおじさまが、とてつもないスペアリブを作っているのを見て、私はどうしようもなく思ってしまったのです。
ああ……私もやりたい、こんなすごいお肉を、思うままに焼きたい、と……!
ですが、私の生活環境的に、大きなグリルで料理をするのがまず無理で、さらに大きなスペアリブも手に入らないし、そもそもお金がないときていました。
だけど、今生ならそれが可能。
私が王宮のお金をじゃぶじゃぶ使って身に着けた最高のスペアリブ、こんな人たちに食べさせるのはもったいないぐらいです!
「肉もパンも最高だが、ああ、このソースが本当にうめえ! やべえ、こんな美味いソース初めてたぞ!」
「ほんと、別世界の食い物みたいだぁ……。美味すぎる! おかわり!」
なんて、巨大イノシシのスペアリブをあっという間に胃袋に収めていくみなさん。
私特製の甘辛ソースも大人気のようで、いやあ、さすがにここまで食べてくれると気持ちが良いですね!
スペアリブができなかったもう一つの理由として、作っても私一人では食べきれないというものがありましたが。
ここまで豪快に食べてくれるなら、とっても満たされた気分です。
動画でも、最後はむけつくき男性方が、豪快にスペアリブを食して終わっていましたし。
前世の未練 (スペアリブ)も、これで晴れて成仏してくれることでしょう。
未練(満漢全席)とか、未練(懐石料理)とか、残り数百個の未練も、早く成仏してくれるといいのですが。
なんてことを考えていると、そこでウルリックが複雑な表情で言いました。
「ああっ、くそっ。美味え、こいつは美味えよたしかに。だけど……さっきまでの感動が、消えちまった! 舌が完全に香辛料とソースで上書きされちまったよ! タケノコの感動を返してくれっ、ちくしょう!」
と言いつつ、スペアリブサンドに夢中でかぶりつくウルリック。
ふふ、良い終わり方なんてさせませんよ、ウルリック。
これは私の美味しい復讐なのです。あなたの舌を翻弄して、混乱させてやる、というね!
ええ、私、無理やり連れてこられたのバッチリ恨んでますから。
おぼっちゃまには絶対にできないようなことをしてやりました。
もう、香辛料で舌が馬鹿になって、今日の思い出の味をどこに置けばいいのか、わからなくなっていることでしょう。
ふっふっふ、せいぜい味の濁流にのみ込まれて苦しむがいいっ。
なんて、良い気持ちになってる間に、スペアリブサンドは綺麗に吹っ飛び。
「あー美味しかったぁ」「ねー美味しかったねー」「幸せだねー」なんて言い合ってる傭兵さんたちに、私はニッコリ笑顔で言ったのでした。
「はいっ。じゃ、もう皆さん美味しいものたくさん食べて、パワー満タンですよね? 夜まで大丈夫ですよね? なら……出発しましょうか! フォクスレイに、今すぐに!」
「えっ!?」
お腹いっぱい、幸せそうに横になろうとしていたところでそう言われ、びっくりした顔をする傭兵さんたち。
そして、顔を見合わせ、困り顔で言います。
「いっ、今すぐじゃなくてもよくないですかい? お腹いっぱいだし、急に動くのは、ちょっと」
「お、おう、馬に乗るのも結構つかれるしよぉ。それに、なんだか眠くなってきちまって」
「そうそう、昼寝してから行こうぜ、姉御! 姉御も、頑張って疲れただろうしよっ!」
なんて、ふざけたことを言う傭兵ども。
そんな奴らに私は、くわっと目を吊り上げて言ったのでした。
「だーめーでーすー! ただでさえ寄り道で、時間を無駄にしてるんだから! 取り戻すために、これから毎日大急ぎで移動してもらいますから!!」
「まっ、待てよシャーリィ。まだデザートも食ってねえしさ。なんか甘い物作ってくれよ、それからでもいいだろ、なっ!?」
なんて、なだめるような顔で、ふざけたことを言ってくるウルリック。
それを私がギロリと睨みつけてやると、奴はうっとつぶやいて、後ずさりました。
「ウルリック様。お約束しましたよね? 私が勝ったら、全力でフォクスレイに向かってくれると。あれは、嘘だったのですか? 偉大なるフォクスレイの第二王子ともあろうお方が、約束を違えると?」
「ばっ、馬鹿言うな! 俺は嘘なんて言わねえ! 約束したことは守る!」
「でしたら! 今すぐ! 出発してください! そして、フォクスレイの皇帝様をとっとと満足させましょう! それが最初の目的なんですから! いいですね!?」
「わっ、わかったって! くそっ、おい野郎ども、出発だ! 準備しろ!」
「へ、へーい……」
私から逃げるように背を向けて、ウルリックが叫ぶと、ようやく傭兵さんたちはのそのそ動き出してくれました。
やたっ、やっと進める! ああっ、お料理頑張って、良かった!
なんて、私がウッキウキで調理道具を片付け、馬車に積み込んでいると、傭兵さんたちがヒソヒソ話をしているのが聞こえてきました。
「うへえ、シャーリィの姉御、おっかねー……。ウルリックの大将があんなにビビッてんの、戦場でも見たことねえぞ」
「もし姉御が本当の姉御になったら、俺たち全員まとめて尻に引かれちまうぞ、おい。まあ飯が美味いなら、文句ねーけど」
しまった、ちょっとやりすぎてしまったかもしれません。
いよいよ遠慮を忘れてきてしまいました。
いくらあんなでも、相手は王子。気をつけないと。
まあ、とにもかくにも、こうして私はフォクスレイへの直行という権利を勝ち取ったのでございます。
もし負けていたら、これからもどれぐらい寄り道されたやら。
私は、一刻も早く、エルドリアの王宮へ帰りたいのです。
そのためには、早く皇帝様にお会いして、料理で満足させないと!
「飛ばしてくださいよ、傭兵さん! のんびり旅行気分は困りますからね!」
「わっ、わかってるって! けどよ、急いでもまだ一週間はかかるんだ。慌てんなって姉御!」
操縦担当の傭兵さんとそんなことを言いあいつつ、私を乗せた馬車はようやく走り出しました。
そうして安心すると、とたんに私は眠くなってきてしまいます。
(そういえば、料理の下ごしらえでほとんど徹夜だったわね……)
ちょっと頑張りすぎてしまいました。
移動中に眠らせてもらおう、と私は毛布にくるまります。
瞳をそっと閉じて、瞼の裏で思い出すのは、王宮での日々。
アンやメイドの皆と楽しく仕事に励み、アガタの農園で一緒にお茶をし、ジョシュアの軽快なおしゃべりを聞きながらランチを食べて。
そして、おやつタイムに、おぼっちゃまから最高の笑顔をいただく。そんな当り前で、とっても幸せだった頃のこと。
ああ、アンは私の代わりにやってくれているかしら。
アガタとは、一緒に春野菜を植える約束をしていたのに、ごめんね。
ジョシュアは、私以外の作ったものでも、ちゃんと食べてくれているかしら。
それに、おぼっちゃま。
おぼっちゃまには、どうか元気でいらしてほしい。
ああ、早く、帰らなくちゃ。
「みんな……もう少しです……。シャーリィは、まもなく戻りますから……」
そんなことをつぶやいて、緩やかに眠りへと落ちていく私を乗せて。
馬車はいよいよ、フォクスレイの領土へと入っていくのでした。
年内の更新はこれが最後になります。
本年中は当作をお読みいただき、ありがとうございました!
また、コミックのほうを見ていただいたり、書籍を買ってくださったりした方、本当にありがとうございます!
皆様のおかげで、書籍化、漫画化という望外の喜びをいただきました。
感謝してもしきれません。
来年もどうぞよろしくお願いいたします!




