シャーリィと傭兵団と、素敵なアウトドア料理6
「……揚げ物か。このまま食っていいのか?」
「はい、まずはそのままがおすすめです。それで、味に変化が欲しくなったらお塩でどうぞ」
「ふん。匂いだけは良いけどよ。揚げたからって、こんなもんが美味くなるとは思えねえけどなあ」
なんてまだブツクサ言いつつも、タケノコの天ぷらをフォークでグサッと刺し、ジロジロと見つめるウルリック。
そして、やがて観念したように口に運びます。
すると、まず、ザクッ、と衣の気持ちいい音がして、続いてシャリッとタケノコが噛み切られる素敵な音が。
そのまま、あむあむとタケノコの天ぷらを噛みしめるウルリック。
そして、その表情が、まんまと驚きへと変わってゆきます。
「…………」
黙り込むウルリック。
私がそれをニコニコ笑顔で見つめていると、奴はついに観念したように言いました。
「……くそっ……。ああ、美味えよ、ちくしょう! なんでだ!? なんでこんなもんが美味い!?」
はい勝ち。
ああ弱い弱い。
皆様、またもや、シャーリィは勝利してしまいました。はい余裕。
でも、そのほうが良いのです。
美味しいものには弱いほうが、人生は何百倍も楽しいのですから。
「ああっ、くそっ、なんだよ、本当に滅茶苦茶美味い! サックサクの衣も、中のタケノコとやらもすげえ美味い! なんで地面の中にあった根っこが、こんな美味いんだよ!?」
地面の中から採れる、というのならジャガイモも人参もそうですけども。
まあ確かに、タケノコは知らないと美味しいとは思いにくいかもしれませんね。
それに、タケノコが美味しいタイミングは非常にシビア。
なぜなら、タケノコは竹になって伸びていく過程で固くなり、またどんどんえぐみが増していくからなのでございます。
地面から顔を出しているものは、すでに竹になりかかっているので、強烈なえぐみがある事が多いです。
それも米ぬかなどと一緒に茹でて、あく抜きをすることで、食べられるようになるのですが。
もっと良いのは、成長する前に地中から掘り起こしてしまうことです。
そういった状態のタケノコは、まだえぐみがなく、柔らかく、あく抜きをしなくともただ茹でたり焼いたりするだけで、美味しくいただけるのでございます。
わざわざ早朝に掘りに行ったのは、そのためなのでした。
「美味しいのも当然ですわ。タケノコは、これから大きく強靭な竹に成長するための、エネルギーをため込んでいるのですから。食べるとはつまり、エネルギーを分けていただくこと。なら、エネルギーがたくさん含まれたものは美味しく感じるものです」
と、次を揚げながら、得意満面に言う私。
ですがそれを聞いているのかいないのか、ウルリックは先ほどまでの態度はどこへやら、夢中になってタケノコを貪り食っておりました。
「ああっ、美味え美味え……! シャキシャキとして、甘くて、もっと欲しくて止まらねえ! 嘘だろ、山の土んなかに、こんな珍味があんのかよ……!」
落ちすぎでしょ、この人。
まだ第一陣なのに、もう奴の自尊心という城は崩壊寸前のようです。
ここで満足されてはせっかくの準備が無駄になる、と、私は急いで第二陣を送り出すことにしたのでした。
「はい、こちら次のお料理です!」
そう言って私が次のお皿を差し出すと、それを見たウルリックは、うっと一瞬引きました。
「……なんだこりゃ。ちっちゃいカニが、そのまま揚がってやがる」
そう、次の料理は、極小のカニ、つまり沢ガニの天ぷら。
可愛い小指ほどのサイズのカニさんたちを、ちっとも可愛くない傭兵さんたちに川で集めさせ、水桶に入れて綺麗にし。
そして、哀れにもそのままドバっと丸揚げにした、豪快料理でございます。
ごめんね、みんな。
「なんつうか……いきなりワイルドなのを持ってきたな。タケノコと差がデカすぎる」
「あら、いらないなら皆さんに……」
「いっ、いらねえとは言ってねえだろ!? 食う、食うって!」
と、取られてたまるかとばかりに皿を抱え込み、手づかみで綺麗に揚がったカニを口に放り込むウルリック。
すると、ボリッ、ボリッとスナック菓子をほおばるような音が響き渡り。
そして、またもやウルリックは驚いた表情をしたのでございます。
「うっ、美味えっ……! 嘘だろ、これも滅茶苦茶に美味え!」
そのまま、とりつかれたように沢ガニを口に放り込み続けるウルリック。
うんうん、夢中になるのもわかります。
沢ガニ自体は、少し苦みのある小エビのような味なのですが、何より良いのはその食感!
ボリボリ噛みしめると本当に気持ちよく、ついつい次が食べたくなってしまいます。
こりゃたまらん、とついにお酒を呑み始めるウルリック。
お酒のあてにも良いんでしょうねえ。たぶん。
そして、次はなんだとこちらを見ているので、私はすぐに次を揚げて出してあげました。
の、ですけども。
「……おい、おまえ。いくらなんでも、これは調子に乗りすぎじゃねえか……?」
と、次の品を見て、どんよりとした目でこちらを見つめてくるウルリック。
それに、私は平然と応えました。
「あら、気に食いませんか?」
「気に入るわけねえだろ! お前……これ、ただのはっぱを揚げただけじゃねえか!」
と、お皿に盛られた緑色の揚げ物を見て、文句を言うウルリック。
まったく、いい加減黙って食べられないものでしょうか。
「大丈夫、こちらは食べられる葉っぱですから。その名も、山ウドの天ぷらでございます」
山ウドとは、春ごろに採れる山菜の一種。
シャキシャキとした歯ごたえで美味しい、素敵な野生の食材でございます。
「……いや、食べられるっつっても……」
「あら、そもそも、サラダとかだって野菜の葉っぱを食べるものではありませんか。それと同じことですわ」
「……」
「まあ、お嫌なら無理にとは。ではウルリック様は、こちらの味を知らないまま生きていかれるのですね。ああ、もったいない。でも私は、それでもちっともかまいませんわ」
「……だあっ、くそっ! 食うよ、もちろん食う! ちくしょう!」
そう言って、やけくそ気味に山ウドを口に放り込むウルリック。
まあ、この後を説明する必要はもうありませんね。
採れたて山菜の揚げ物の美味しさなんて、いまさら語る口を持ちませんわ。
「はい、続きましてこちら、ふきのとうの天ぷら」
「……」
「川魚の丸揚げ」
「……」
「初心に帰って、またたけのこの天ぷらにございます」
「ああああっ、もう、ちくしょう! 参った参った、俺の負けだよ! ちくしょう、全部美味え!!」
と、完全に負けを認めるウルリック。
ざまあみろでございます。
こうして、私は見事に、今回の勝負にも勝利してしまったのでございました。
これがドラマなら、いつもの勝利BGMが流れるところでございましょう。
「くそっ、マジかよ。これ、そこらへんに生えてる、どうでもいい草とかだろ。それをこんなに美味くしちまうなんて、お前、本当にすげえな!」
「あら。お褒めいただくのは光栄ですが、別に私の力量だけではなく、この山の食材が美味しいのですわ」
日本人には、なんでも美味しく食べようとする知恵というものがございます。
他の国の方々が食べようと思わない、食材と思わないものでも、美味しく食べようとする知恵と工夫が。
そんな日本人から見れば、山の中は宝の山。
自然には、エネルギーがあふれている。
それを美味しく上手にいただくのもまた、料理の神髄というものなのでございます。
「……けどよぉ。もしかして、これ、揚げたらなんでも美味しいってだけじゃねえのか?」
「あら。なら、そこの地面に落ちている、泥まみれのよくわからない葉っぱを揚げて差し上げましょうか?」
「……い、いや、遠慮しておく……」
まだ未練がましくそんなことを言ってくるウルリックに、綺麗にカウンターを決めて、私はふふんと鼻を鳴らしました。
葉っぱと言っても、なんでも美味しいわけではありません。
ちゃんと美味しいものを選別して見つけ出すのも、調達する者の腕。
私の前世の祖母は田舎に住んでいて、会いに行くと、山の中での食材の探し方をよく教えてくれたのです。
子供の私は、山の中での美味しいもの探しに夢中になり、目を輝かせて「食の宝物庫やー!」などと叫んだものでした。
「うおおおっ、マジだ、うんめぇ! ほっふほふで、しゃきしゃきで、体が喜ぶのを感じるぜぇ!」
「くっ、口の中が、幸せすぎる……。うんめえ、うんめぇよぉ!」
「これ、そこの藪で拾ってきたもんだぞ! それがこんな美味えもんかねえ!?」
と、ウルリックに続いて食べ始めた傭兵さんたちが、嬉しそうな顔で語り合います。
いや、それにしても良き山ですねこちらは。
まさに食材の宝庫。
王宮にいては、こういうところを探索して美味しいものを探すということは、なかなかできません。
そういう意味では、ウルリックたちに感謝……するわけがありませんね。
ああ、なんで私、人さらい相手にご馳走をふるまっているんでしょう。
駄目! やめるのよシャーリィ。今は正気に戻らないほうが得策だわ!
「ほんと、うめえなあ。山ン中にこんな美味しいものがあるなんて、一度も考えたことがなかったぜ」
「ふふ、でも料理だけの力ではありませんよ。この豊かな山の中で、朝の美味しい空気を吸いながら料理をいただく。そういう行為自体が、美味しいのでございます」
そう、この素晴らしき環境で、朝っぱらから直火で揚げ物をいただく。
遠くから響いてくる鳥や獣の声を聞き、穏やかさに身を浸しながら心健やかに食事の時を過ごす。
そういう贅沢さもまた、料理の魅力の内なのでございます。
「ああ……。山と言えば、動物の肉ぐらいしか美味いものはないと思ってたけどよ。これは、肉より美味いかもしれねえ。なんだか、世界が広がった気分だぜ」
「ええ、ボス。この山の恵みに、感謝ですね……」
なんて、豊かな山の景色を見ながら、なんだか悟ったようなことを言う男ども。
なので、私はニッコリ笑顔のまま、こう言ったのでした。
「あら。じゃあ、肉はいらないんですか?」
「えっ?」
きょとんとした顔で、間の抜けた声を出すウルリックたち。
そんな彼らの目の前で、私はトコトコと歩き、砦の隅に置いてあった大きなバーベキューグリルのところに行きました。
蓋が付いていて、中に炭火を入れてじっくり焼くことができる、とっても素晴らしいグリル。
その蓋をグイッと開けると……もわっと、肉の焼ける最強の匂いが広がり。
そして、茶色く華麗に焼けた、超巨大なスペアリブが姿を現わしたのでした。
「……うおおおおおおおおおおおおおおっ……!!」
それを見たウルリックたちが、目の色を変えて歓声を上げます。
スペアリブとは、つまり肋骨まわりのお肉のこと。
骨の周りのお肉は美味しいのが常識ですが、スペアリブという部位はとても柔らかく、煮込み料理に向いているとよく言われます。
「こっ、これ、どうしたんだ? シャーリィ」
「こちらは昨日、元猟師さんだという方が仕留めてきてくれた、イノシシのお肉です。勝負は私が見つけた食材のみ、ということでしたが、足りないことも考えて、私と助手さんで一晩かけて焼いておきました」
そんなスペアリブですが、もう一つ最高の食し方がございます。
それは、そう、バーベキュー!
骨がついた塊のまま、表面にたっっぷり香辛料をまぶし、煙でいぶすようにして、ながーい時間をかけて徹底的に火を通すのです。
そうすると、どうなるのか。
スペアリブをそっとグリルから降ろして、お皿に載せる私。
そして、包丁でお肉を骨からそぎ落とそうとすると……それは、ホロリ、と崩れてしまったのでした。
「うおおおっ、やっべえ、肉が崩れるぐらいホロホロになってやがる……!」
こちらを凝視している傭兵さんたちが、たまらないとばかりに声を漏らします。
そうしてお肉を落とし、ほぐした後、私は焼いておいた細長いホットドッグパンを真ん中から開いて、火であぶり始めました。
そして綺麗に焼き目が付いたところで取り上げ、間にしっかりバターを塗ると、レタスと胡椒を効かせたポテトサラダを詰め込む。
そこに先ほどのスペアリブを加え、さらにとどめとばかりに上から特製の甘辛ソースをかけて、完成!
皆がものすごい目つきで見守る中、私は自慢するようにそれの名前を告げたのでした。
「お待たせしました! こちら、シャーリィ特製、超ジャンク・スペアリブサンドにございます!!」
書籍のほう、今日発売です。
よろしくお願いします!




