シャーリィと傭兵団と、素敵なアウトドア料理2
「ボス! 偵察が戻ってきた! 山賊ども、俺たちの接近に気づきもしないで、砦の門を開け放ってのんびりしてやがるらしいぜ!」
「へっ、間抜けどもめ。となれば、のたくた時間をかける必要もねえ! てめえら、一気に奇襲を仕掛けるぞ!」
馬と馬車で山中を駆け抜ける私たち。
ガタガタと揺れ動く馬車に私が必死にしがみついていると、外からウルリックたちのそんなやり取りが聞こえてきました。
そこでもう辛抱たまらず、私は馬車の中から顔をのぞかせ、馬で駆けているウルリックたちに必死で叫びます。
「ほっ、本当にやるつもり!? さっ、山賊なんかほっとけばいいじゃない! 早くフォクスレイに行きましょうよ!」
「馬鹿野郎! この俺に断りもなく山賊なんぞやってるやつら、ほっとけるかっての!」
「断りもなく、って、ここはあなたの国じゃなくて、エルドリアの領土内じゃないですかぁ!」
「うるせえ、世界全部の道は俺様のためにあるんだ。勝手をするやつは、生かしちゃおけねえ!」
いっ、言ってることが無茶苦茶すぎる!
ああ、この馬鹿をどうにか説得できないものか、と頭をひねる私。
ですが、名案が浮かぶ前に、木々の向こうに、丸太を組んだ壁で囲まれた、小さな砦が見えてきてしまいました。
それを見てニヤリと笑うと、ウルリックは隊列を組んで続いている傭兵さんたちを振り返り、豪快に叫びます。
「野郎ども、門を閉められる前に突入するぞ! シャーリィ、お前は馬車ン中で小さくなってろ! 怪我しやがったら承知しねえぞ! いくぞ、総員突撃!!」
「あっ、ちょっ……!」
止める間もなく、速度を上げて一気に砦へと向かっていくウルリックたち。
そして、すぐに砦の方から叫び声が聞こえてきました。
「てっ、敵襲! 敵襲だ! 迎撃をっ……ぎゃあっ!」
「門を閉めろ! 門をっ……」
「ヒイイイヤッハアアアア! ウルリック傭兵団のご登場だあああ! さあ、剣の錆になりやがれえええええ!!」
金属がぶつかり合う音と、何か固い物が砕け散る音、それに悲鳴や怒号!
それは、激しい戦闘の音。
エルドリアの王宮では絶対に耳にしなかった音が、静かだった山の中に響き渡ります。
「あああっ、私は何も聞いてない、何も聞いてない……!」
速度を落として様子を見ている馬車の中で、私は亀のように丸まり、両耳をふさいで必死につぶやき続けます。
すると、その時、ドスッ!という音と共に、流れ矢が近くに突き立って、私はヒイッと情けない声を上げてしまいました。
「あああああっ、早く終わって、早くぅ!」
戦いが続く中。
私は大事な調味料や料理道具が被害を受けないよう、必死に抱え込みながら、心の底から願ったのでした。
◆ ◆ ◆
「勝ったぞ! てめえら、勝ちどきを上げろおおおおお!」
……私には、無限のように長く感じられましたが。
実際には、三十分も経たずに戦闘は終わったようで。
山賊から奪い取った砦で、ウルリックが勇ましく雄たけびを上げました。
「てめえら! 地上で最強の戦士は誰だ!?」
「ウルリック! ウルリック! ウルリック!」
「じゃあ、最強の戦士たちは!」
「ウルリック傭兵団! ウルリック傭兵団!」
「俺たちの! 勝ちだあああああああああああ!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
なんて、馬鹿みたいに盛り上がっているウルリックたち。
そんな彼らに、私は白けきった視線を向けながら思いました。
(山賊を逆に襲ってボコボコにして、どうしてそんなに盛り上がれるんですかね……)
何がそんなに楽しいのか、私にはさっぱりわかりません。
無意味に戦ったら、自分たちの命が危ないとか思わないんでしょうか。
「もう、けが人が出ないか、こっちはすごく心配だったってのに……!」
ほんの一週間ほどとはいえ、しかも無理やり連れ去られてきたとはいえ。
一緒に旅してきた人たちの体を心配しないほど、私も薄情ではありません。
万が一を考え手当の準備はしていたのですが、どうやらあまりにも一方的に終わったので、こちらに大した被害はなかったようです。
まあ、見事な手際と言っていいでしょう。
なにしろ、相手は武装した山賊たちで、けっして弱いわけではなかったでしょうし。
ああ、この人たち、こんなでもちゃんと強かったのね、なんて私が安堵していると。
「おい、とっとと片付けろって。シャーリィの姉御には刺激が強すぎる」
「あっ、馬鹿、こぼれてるこぼれてる! ちゃんと押し戻しとけ! ぎゅって!」
なんて声が聞こえてきて、私は慌ててしゃがみこんで耳をふさぎ、目を閉じました。
ああ、私は何も見てない、何も聞いてない!
私は、山賊への襲撃になんて、加担していません!
本当に私はなーんにも関わってないんだから、恨んで化けて出てこないでくださいね、山賊さんたちっ!
などと私が砦の隅で現実逃避していると、ドスドスと足音を立てながら、こちらへとウルリックがやってきました。
「おいっ、シャーリィ! シャーリィ!」
うるさいなあ、なんだろうと思っていると。
そこでウルリックが、ぬっと手をこちらに差し出してきたではないですか。
「ほら。やる」
ぶっきらぼうにそう言うウルリックの手には……大きな宝石のついた、ネックレスが握られていました。
他の部分も金でできているようで、うーん、いかにもお高そうな一品です。
「えっ、なにこれ。……これを、私に?」
「ああ、山賊どもが持ってやがった。ここで一番のお宝だ、おまえにやるよ。どうだ、嬉しいだろう?」
そう言うと、ウルリックはニカリと笑い、返事も聞かずに私の首にネックレスをかけました。
うーん、ずっしりと重い。売ったら、いくらぐらいになるんでしょう。
「ええと……。これって、盗品なんじゃ?」
「そりゃ山賊どもが買ったわけねえだろうし、間違いなく誰かから奪ったもんだろうな。だが今は勝者である俺様のもんだ。これは悪党どもを成敗してやった、その正当なる報酬ってやつよ」
ウルリックがそう言うと、同じように砦の中から金品を運び出していた傭兵さんたちが、声を上げました。
「そうさ、姉御。これが俺たちの旅の収入源なのさ。悪党を倒して、その上前をはねる。そうすりゃ、盗品も綺麗になるってもんよ」
「そうそう、正義の名の元に、悪党を倒してお宝を奪う! そして、その金で美味いものを食って良い酒を呑む! くー、良い仕事だねえ! ……あっ、おい、その指輪は俺が目をつけてたんだ! もっていくんじゃねえ!」
なんて、大喜びで金品を分け合っている傭兵さんたち。
……正義……?
悪党を、さらなる悪党が食い物にしているだけのように見えますけれども。
「……はあ。まあ、言いたいことはわかりました。でも、元の持ち主に返してあげたりとかは……」
「馬鹿、んなもん見つかるかよ。第一、証拠がねえし、生きてるかもわかんねえ。だが、お宝を盗みやがった山賊どもを成敗してやったんだ。持ち主が知ったら、大いに喜ぶことだろうぜ」
と、自慢げに笑うウルリック。
うーん、本当に、私とは価値観が違いすぎますっ!
まあ、でもウルリックにとっては、これが普通なのでしょう。
それに、言っていることにも一理あるように感じます。
持ち主も奪われたものが戻ってくるとは思っていないでしょうし、山賊がいなくなったことは喜ぶべきことなのでしょう。
それに、山賊がいなくなったことで、同じような被害者も出なくなりますし。
その結果として、金品が山賊から別の悪党に渡るとしても、まだマシなことなのかもしれません。
……まあ、我がエルドリアは、山賊をいつまでものさばらせておくような国ではないので、遠からず軍が成敗していたと思いますけどね。
「そういうことなら、いただいておきます。ありがとうございます」
「ああん? なんだ、あんまり嬉しそうじゃねえな。こんな豪華な宝飾品をこの俺から貰って、喜ばなかった女なんて見たことねえぞ」
と、私の薄い反応が気に入らない様子のウルリック。
いえ、盗品とはいえ、凄いものをいただいたのはわかっているのです。
ほんとに見事な品で、前世なら銀座とかの一等地に店を構える一流店で、目玉商品として飾られていそうなぐらい。
ですが、私はそういう品をいつも『自分とは関係がない世界の物』として見ていましたので、なんと言いますか。
「……これって、豚に真珠、というやつなのでは?」
「はあ? お前のどこが豚だよ。ほっそりとしてて、綺麗だぜ。ネックレスも似合ってる。俺が言うんだ、間違いねえ」
前世で有名だった言葉を口にすると、ウルリックが呆れた様子で否定してくれました。
ああ、猫に小判のほうがよかったかもしれません。どちらにしろ、私には価値を把握しきれない品ということです。
……いえ、そんなことはどうでもいいんです。
どちらにしろ、これをつけたままではいられません。
だって、ネックレスなんて、料理には一番邪魔な装飾品ですもの。
だらんと垂れ下がって、スープにでも入っちゃったらえらいことですし。
汚いし、料理にも、ネックレスにも失礼です。
そもそも、装飾の類いは料理をするのに邪魔なだけ。
結婚指輪を料理の中に落としてしまった、なんて失敗談もありますし。
大事にしまっておきますね、と断って私がネックレスを外すと、ウルリックは少し不満そうでしたが。
すぐに気を取り直すと、元気にこう言ったのでした。
「まっ、それはともかく。代わりと言っちゃなんだが、腹が減った。シャーリィ、なにか作ってくれ!」
「えっ、もう!?」
嘘でしょ、ほんの少し前に、お昼を食べたばかりじゃないですか!
じきに夕飯の時間になりますし、そこまで我慢できないんですかと聞くと、ウルリックはふるふると首を振って言いました。
「馬鹿、戦いってのはすげえエネルギーを使うんだよ! 昼食なんてもう消化しちまった。それに、俺は勝って奪ったこの砦で、気持ちよく飯を食いたいんだ。わかったら、すぐに作ってくれ。簡単なもんでいいからよ!」
と、わがままを言うウルリック。
ああ、ただでさえ寄り道なんだから、日が出ているうちに少しでも移動距離を稼いでほしいのに……。
ですが、私としても、お高いプレゼントをもらったばかりなので断りにくいです。
それに、傭兵さんたちまで、それに同調して騒ぎ出してしまいました。
「ああ、俺も腹減ったー! 今すぐ、なにか口に入れてぇよぉ!」
「おお、夕食まで持たねえぜこいつは。それに、姉御の料理を一回多く食えるなんてラッキーだしな!」
と、腹減ったの大合唱。
しょうがないので、私はこう答えたのでした。
「ああもう、わかりました! 本当に、簡単なものでいいんですね!?」
「おお、もちろんだ! とはいえ、期待してるぜ。お前ほどの料理人なら、簡単っつっても、すげえ美味えもん出してくるってな!」
と、ニヤニヤ笑いながら、重い期待をふっかけてくるウルリック。
ああ……こいつ、さてはまた私を試してやがりますね。
まったくもう!
しょうがないので、私は山賊たちが使っていた焚き火をそのまま利用することにして、急いで準備を始めたのでした。
「助手さん、お手伝いお願い! 綺麗な水がいっぱい必要よ! こうなったら、ぱぱっと片づけちゃいましょう!」
「おうよっ! どっかに井戸か汲み水がないか、見てくらぁ! へへ、今度はなに作るんだ? 楽しみだなぁ!」
なんて言い合いながら、手早く動き回る私たち。
今回のキッチンは山中の砦、風光明媚な自然の中。
静けさの中に、遠くから川のせせらぎや鳥たちの鳴き声が聞こえてきて、先ほどまで戦闘があったとは思えないほどの穏やかさでございます。
こういう場所で食べたいもの。
激しく動き回った後に、パッと食べたいもの。
それに、私は大いに心当たりがございました。
「そうよね、やっぱこれしかない!」
必死に火加減を調整しながら、グツグツとお鍋でアレを炊く私。
そうして、わずか一時間ほどで全ての準備は終わり。
私は、ある食べ物が大量に乗っているお皿を、テーブルの上にドスンと置き、元気いっぱいで言ったのでした。
「はい、できましたよ! お望みの、軽食にございます!」
「……おっ……。おう……」
ですが、それに対するウルリックたちの反応は、微妙なものでございました。
心の底から奇妙がっている視線が集まり、一同を代表するようにウルリックが声を上げます。
「……おい、シャーリィ。なんだこりゃ? この三角形の、白い妙なのは。本当にこれ、料理なのか?」
「ええ、もちろん! こちらは、立派な料理。ズバリ、お米を美味しく食べるために握ったもの。栄光の三角形、軽食の王者。その名も……」
そして、私はその、ふっくらと炊きあがったお米を三角形に握ったものを手に取り。
高々と掲げ、誇りとともにその名を呼んだのでした。
「おにぎりにございます!」




