あなたに届け!あつあつデリバリーピザ1
「よしっ! やるぞー!」
日もまだ出ていない早朝。私は自室で身支度を調え、鏡の前で声を上げました。
気合いは十分。今日からおぼっちゃまにお出しする新しい料理の練習です。
なにがあっても、この料理だけは美味しく作らなければなりません。
俄然、気合いが入ります。
そのままフンフンと鼻を鳴らしながら自室から出ると、ちょうど隣室のアンも出てきたところでした。
「おはよう、シャーリィ! 今日から新しい料理だったわね、期待してるわ!」
「おはよう、アン。ほんとあなたはいつも元気いっぱいね!」
挨拶をして、ニッコリと微笑み合う私達。
今まではひたすら一人で料理をしていましたが、相棒がいるというのはいいものです。
そのまま調理場へ元気に飛び込む私たち。
こんな時間に来るのはさすがに私達ぐらいだろう……と思っていましたが、予想に反して、そこには先客がおりました。
「あっ」
「あっ」
顔を見るなり、お互いに声を上げてしまいます。
調理場の中でコンロに向かい、熱心に何かを作っているその人は……ジャクリーンでございました。
「……お、おはよう」
しばし沈黙が続き、気まずくなった私が挨拶しました。
無視するのも、なんだか神経を逆なでしそうで嫌ですし。
返事は期待していませんでしたが、ジャクリーンはわずかにためらった後、予想外にも挨拶を返してくれました。
「おはよう」
そしてそのまま、顔を背けて自分の料理に戻るジャクリーン。
いろんなこと──どうして返事をする気になったのかしら、とか、こんな時間からお料理なんて随分と頑張ってるわね、とかそんなこと──が頭をよぎりましたが、何食わぬ顔で横を通り過ぎます。
なんにしろ、彼女のご機嫌を損ねるようなことはしたくないです。
普通に、普通に。
アンは、そんな私の後ろに隠れるようにしてついてきました。
そしてそのまま、調理場の奥にある石窯へと向かう私。
この厨房には、年季の入った、立派な石窯が三つ備え付けられています。
今回の料理は、コンロではなくこちらを使うのでした。
「薪をいれるわね、シャーリィ」
「ありがとう、アン。お願いね」
テキパキと準備を進めていく私達。
お姉様方は石窯をよくお使いになるので、人が来ると下っ端の私たちは順番待ちをしなければいけません。
そうなる前に、たっぷりと練習するための早起きなのです。
「そおれ、燃えろー燃えろー」
などと言いながら、コンロで藁に火を移し、石窯に積まれた薪に放ちます。
普段料理をするのならコンロは本当に便利ですが、薪で料理するのも決して嫌いではありません。
こうやって薪を用意して火をおこす面倒を抜きにすれば、ですが。
そして薪がごうごうと燃え盛るのを確認して、冷蔵庫から、昨晩作って寝かせておいた生地を取り出します。
生地は、強力粉に薄力粉を足したものに色々と混ぜて、水とともによく練ったもの。この段階では、特別珍しいものでもありません。
ちなみに、強力粉と薄力粉の違いってわかりますか?
実は、私もよくわかっていません。なんか、小麦の品種が違うらしいとかなんとか。
この世界でもわりと簡単に手に入る物なので、それがなんなのかを深く考えずに今日まで使ってきました。えへへ。
いいんです、私はただ料理がしたいだけなので。
餅は餅屋。小麦のことは生産者さんにお任せしておけばよいのです。
などと言い訳をかましながら、アンが見ている前で、よく膨らんだ生地をぎゅっと押しつぶして空気を抜いていきます。
パンはこの国における主食ですから、もちろん私も今日まで嫌というほど作ってきました。
ただ、お母様には「あんたパンの腕だけはイマイチね」なんて言われたりも。
だって、しょうがないじゃないですか。私、お米派だったんですもの。
朝食はいつだってご飯でしたし、ご飯を食べないと食事をした気がしませんし、なんならお好み焼きだってシチューだってご飯と食べてました。
なお、本件に関するクレームは一切受け付けておりません。
そう、だから私はパンを焼く度にいつもいつも思っているのです。「ああ、米が食いてえなあ……」って。
もう一度、ご飯、味噌汁、魚、海苔、そして納豆の朝食が食べたい。
ああ、お米よ、あなたもきっとこの世界のどこかにいるのでしょう。
なら、今すぐ私のもとに飛んできて。あなたに恋してやまない私の元に!
などとお米への愛を想いつつ、生地をいくつかに分けて、その一つを麺棒で薄く伸ばしていきます。
それを見ていたアンが、驚きの声を上げました。
「なあに、シャーリィ、生地をそんなに薄くして。今日はパイを作るの?」
その質問は、もっともです。
この国では、生地をこんなに薄くして作るお菓子はパイぐらいでしょう。
ですが、今日は違うんだなあこれが。
「うふふ、そうじゃないわアン。まあ見てなさいって」
言いつつ、生地を薄く、だけど破れないように円形に整えていきます。
この時の生地は薄ければ薄いほど良い、なんて言う人もいますが、私は多少厚みのある方が好みです。
丸くなったら円の外側を少し折りたたんで耳を作り、さらに生地の表面にさっとオリーブオイルを塗りたくる。
その上に、細かく刻んだにんにくや香草をケチャップと合わせた特製ソースを、濃くなりすぎないぐらいかけていきます。
ここまできたら、後少し。さらにその上に、刻んだチーズをこれでもかと振りかけます。
そう、もうおわかりですよね?
今回のメニューは……皆様大好き、ピザなのでした!
ケチャップが手に入ったのなら、これを作らないわけにはいきません。
「へえ……。今回のは、チーズパンの一種なのね。あなたの料理にしては常識的だわ」
アンが感心したように言います。
そう、この国でも、パンとチーズの組み合わせはド定番。
パン、チーズ、そしてスープがあれば皆ニコニコのハッピーセットなのです。
「まあね。でも、これは特別よ。ブッ飛ぶ美味さなんだから」
ふふんと自信ありげに言い、チーズの上に、切ったベーコンとソーセージをのせていきます。
今回のピザは、ミートピザ。野菜は基本的にのせません。
だって、お野菜嫌いのおぼっちゃまにお出しするためのものですもの。当然と言えます。
「はい、準備OK! 後は焼くだけね!」
まあ、だけ、と言ってもその焼く作業が難しいのですけれども。
焼きはピザの命。焦げたり、生地やチーズが半ナマだったりしたらがっかりもいいところです。
まあでも、失敗したって何回でも練習すればいいのです。
これは私が、石窯でピザを綺麗に焼けるようになるまでの旅路なのです。
ああ、そう考えればなんて楽しそうなのでしょう。
そしてその旅路の果てに、私は”ピザを石窯で焼ける女”という称号を得るのです。
ああ、なんて素敵な言葉なんでしょう。ピザを石窯で焼ける女。
国家資格に認定してほしいほどの、素晴らしい技術ではありませんか。
いざ……挑戦、開始!
しかしそのとき、ふと私は視線を感じて振り返ったのでした。
すると、その先にいたのは……ジャクリーン!
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